人面烏奇譚(仮)

キコリノ イズミ

望月小夜子は信じない③


「でも、どんなところから調べればいいですかね?」

少し考えてから、『この街の怪異のウワサ』と言われても一つも思い浮かばなかった小夜子は、独り言のようにつぶやいた。

「そうだな、まぁよくあるものだと学校の七不思議とかかな」

そう言って黒木は店の奥の椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「七不思議ですか・・・
トイレの花子さんとかそういうのですよね?
ウチの学校じゃそんなの一度も聞いたことないですよ」

「ん~、時代が時代だからねぇ。
SNS全盛の時代じゃそういうのは流行らないか」

「流行とかそういう問題じゃないんじゃないですか?」

「いやいや、流行っていうのはこういうウワサ話の大事な要素だよ。
それこそ俺が学生のころなんかはそこそこインターネットは普及してたけど、今みたいなSNSはそこまで流行ってなかったしね」

「へぇ、インターネットも割と最近なんですね。
ネットとスマホのない生活なんて考えられないですけど」

「ははっ、ガラケーとかPHSも知らない世代か。
技術の進歩は目覚ましいねぇ」

そう言って黒木は、自分のスマートフォンをズボンの右前ポケットから取りだし、何を見るでもなく無造作に机の上に置いた。

「SNSが普及する前は匿名での情報交換が主流だった時期があって、あの頃のネットは楽しかったな。
良くも悪くも節度がなくて、無責任で、何より自由だった。
そんな背景もあって今までに聞いたことのないような怪談の名作が数多く誕生した。
あの頃の怪談はなんていうか、ワクワクしたな。
知らないものを知る喜びはインターネット普及の最大の恩恵だよ」

「怪談でワクワク、ですか?」

「それまではテレビやラジオ、出版物が発信する一方通行な創作怪談や体験談を共有するのが主流だったけど、
ネットが普及してからは正体不明の怪異の謎を解いたり、リアルタイムで怪異が進行する様を見守ったり、みんなが参加してやりとりができる、まったく新しい一種のエンターテイメントが生まれたんだよ」

(ジュン兄がこんな顔をしてたのは何をしていた時だっただろう?)

まるで子供のように目を輝かせて話す黒木に、小夜子は懐かしさを覚えていたが、幼少期の記憶など思い出せるはずもなかった。
小夜子が小学生になると同時に黒木は大学に通うために地元を離れたため、しばらく疎遠になっていた。
月日は流れ、彼が地元に戻ってリサイクルショップを始めたのは半年前のことだった。

「もっと昔の怪談は神話や伝承みたいなものをベースにした教訓みたいなものが多かったからね。
怪談の性質が大きく変化したわけだ」

「教訓?」

「何か悪いことをすると良くないことが起こる、みたいな」

「あ、あぁ、なるほど。
確かに怖い昔話はそんな感じがしますね。
・・・それがどう変わったんですか?」

それまでとは一変、急に鋭くなった黒木の目つきに小夜子は一瞬戸惑うもなんとか平静を装い続けた。

「う~ん・・・、簡単にいうと刺激かな?
最近の人はもうすっかり恐怖に慣らされてしまったんだと思うよ。
漫画やテレビで子供の頃からもっと怖い物をたくさん見ているだろうしね。
今は聞き古した怖い話なんかより、今までにない新しい斬新な怖さが刺激として求められているんだろうな。
恐怖という刺激を感じることで生きてると実感したい人が増えている」

「・・・刺激、ですか」

「あとはSNSの普及で個人の体験した非現実的なことや、非日常を見聞きする機会も増えたな」

「非日常・・・」

「今は共有の時代を経て共感の時代だからね。
一時期のデジタル加工のインチキ心霊も減ってきて、代わりに今はちょっとした個人の不思議な体験談が共感されやすい。
そしてその共感の過程で怪異に変質してそのまま定着したものが増えている。
ま、それを狙った創作も多いけどね」

「・・・(この人はいつもこんなことを考えているのだろうか?)」

小夜子は黒木の口から溢れ出る言葉にただただ関心するばかりだった。
その大きさも深さもまったく計り知れない自分の知らない世界の入口に触れ、小夜子は脳内でチカチカと何かが覚醒していくような感覚を覚えていた。
悔しいけれどワクワクが止まらない。
それは小夜子にとって初めての体験だった。

「話がだいぶ逸れたな。
七不思議がないとなると、そうだな・・・
この土地由来のものだとツギハギ様が有名かな」

「あぁ、たしか全身継ぎ接ぎ傷だらけの女性の幽霊、でしたっけ?」

「まぁ諸説あるからね。
それを調べるのがチィコの役割だ」

「はい、そうですね」

そう答えながらも小夜子はどこか納得出来ていなかった。
私が調べなくてもこの人は全部知ってるんじゃないだろうか、そんなことを今更調べ直しても意味なんてないんじゃないだろうか?
そんな小夜子の疑問もすべて見透かすように黒木は言葉を続けた。

「怪談に大事なのは、誰がどう伝えるか、だ。
俺はチィコが調べた話を聞きたいんだ、いいね?」

子供を諭すような黒木の眼差しに、小夜子はただ頷くしかなかった。

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