「ある日森の中で殺し屋に」

kogumapro

ある日森の中で少女に

「なんで俺が......」
 熊田は突き立てた刃物にしっかりと力を込める。
 人間の絶命の瞬間。ここで油断をしてはいけないことを熊田は分かっていた。人は殺される瞬間、稀に凄まじい力を発揮することがある。
 刃物を刺す、首に縄をかける、頭を殴る、命を絶つ方法は色々あるが相手が息絶えるその瞬間まで気を抜くことは出来ない。命の灯火が消えるその時までしっかりと見届けなければならない。
    熊田はいつも仕事をする時、いままでの失敗を思い出し、二度と同じ過ちのないように実行していた。
「痛ぇ。なんで俺が......。お前なんで俺を......」
    男はもう虫の息だった。刃物を突き立てられ、顔は歪み、苦しそうに熊田に言った。
    大抵の者の場合、自分が殺される理由などわかってはいない。人は自分がずっと生きられると思っているし、死を身近には感じていない。
    殺されるほど誰かに迷惑をかけているとも、憎まれているとも、そんなこと全く感じずに生きているのだ。
    人は自分が生きて歩いていて、何を踏みにじって生きているのかなど考えていない。
    熊田はいつも考えることがあった。殺される時というのはどんな気持ちなのだろうかと。残念なのだろうか。やり残したことを思っているのか。はたまた走馬灯というやつを見ているのだろうか。
「いまどんな気持ちだ?  」
    熊田は男に聞いた。仕事をする時の習慣だった。しかし、未だに熊田は納得する回答を得られたことは無い。
「なんでだ......。何も悪いことなんてしてないのに」
     男はもう話しているというより声が漏れるだけだ。
     自分の胸に突き立てられた刃物の柄を握っている。この状態になってしまってはもう話は出来ない。
(今日も答えは得られそうにないな)
 落胆を隠し、熊田は男に言った。
「何も悪いことをしていなければ殺されはしないだろう。しかし、お前は殺される。それは誰かに殺したいと思われた。ただ、それだけのことだ」
 何も悪いことはしていないのに。熊田はもう何回このセリフを聞いただろうか。男が何をしたかなんて熊田は知らない。仕事に関係の無いことだし、さして興味もなかった。しかし、私に依頼してきた女性は涙ながらに話していた。きっとこの男に少なからず何かされたのだろう。
 熊田の突き立てた刃物の柄から男の手が力なく離れた。
 (絶えたか)
 何も話さなくなった男の目を開き瞳孔を確認し、脈をとる。息がないことを確認し、熊田は刃物を抜いた。
 ここからが大仕事だ。死体を隠さなくてはならない。
 この場所は仕事仲間の私有地であるから見つかることはないのだが、さすがに野ざらしというわけにもいかない。穴を掘って埋めるのだ。
 熊田は刃物を手に立ち上がった。空を見上げると、木々の間から綺麗に満月が見えた。
 熊田は夜が好きだった。夜の静けさ、夜の空に浮かぶ雲、そして月。まるですべての人間が生き絶えたかのような静かな空間だ。
 熊田は目を閉じ、耳を澄ませる。風の音と木々の擦れる音が聞こえる。こうしていると仕事の疲れが少しは癒される気がした。
 今夜の仕事は早く終わった。もう少しこうしていてもいいだろう。熊田は力を抜いて、木々や風の心地の良い音に耳を傾けた。
 どれくらいそうしていただろう。
 熊田の耳に物音が入ってきた。草を揺らす音が背後から聞こえる。
 (なんだ、動物か?)
 一般の人間はここには入れないようになってるはずだ。熊田は目を開き顔を横に向け背後を確認した。
 制服を着た少女だった。たぶん高校生くらいだろう。熊田の方を見つめ立っていた。
 なぜだと熊田は思った。なぜここに人が入ってきてるのか。仕事の現場を他人に見られることなどあってはならないことだ。
 しかし、これは熊田の失敗ではない。仕事の際、死体を隠すこの森には見張りがついている。誰かが迷い込みそうになったら何かと理由をつけ阻止する。その見張りが見落としているのだ。結果、少女はここまできて、殺人現場を目撃してしまっている。
(まぁ、私のミスではないな)
 見られたところで何かあるというわけではない。騒いだら死体が二つになるだけだし、逃したとしてもここが公になることはない。そもそも、熊田には自分に決めたルールがあった。
 "依頼以外の人間を殺さない"
 これは熊田にとって絶対の掟だった。
(起こってしまったことは仕方がない)
 熊田を見つめ、立ちすくんでいる少女に熊田は言った。
「お嬢さん、お逃げなさい」
 熊田の声が静かな夜に響く。
 満月が綺麗な夜だった。
 




 

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