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想像力で空を飛ぶ

ふじゆう

エピローグ

さあ、今日は、誰と遊ぼうかな?
 三階建てのレンガ造りの古びたマンションの屋上に降り立った。屋上の淵に腰を下ろして、両足をブラブラさせた。様々な飲食店が、チラホラ存在する。通りを眺めて、誰の私生活を覗こうかと、獲物を物色する。この能力を手に入れてから、人間観察が趣味になった。もちろん、普段は見ることのできない、閉ざされた空間での人間の行動が大好物だ。プライバシーが確保された、正確には確保されていると思い込んでいる人間の無防備な姿が堪らない。例えば、人気モデルのような飛び切りの美人が、誰もいない自室で鼻くそをほじっている。例えば、有名進学校に通う好青年が、特殊な性癖を解消している。例えば、会社では冴えないサラリーマンが、家庭では暴君の如く、ふんぞり返っている。法を犯している者から、モラル的に顔をしかめたくなる者など様々だ。今の僕からしてみれば、人間なんて『弱み』の宝庫だ。
「お前も! お前も! お前も!」
 僕は立ち上がり、眼下を通り過ぎる人々を指さし叫び、腹を抱えて笑った。笑い過ぎて涙が出てきたから、手の甲で涙を拭った。
「ん?」
 僕は、反射的に背後を振り返った。僕の背後には、このマンションより背の高いビルがあるだけだ。僕は首を傾げて、通りに視線を戻した。多くの人々が、行き交っている。
―――気のせいかな?
 先ほど、一人だけ、僕の方を見ていた気がした。目が合った気さえしたのだ。偶然、僕の背後でも見ていたのかと思い、振り返ったが特別なものは、なかったはずだ。先ほどみた人物を探す。黒いパーカーを着ており、フードを頭に被っていたので、性別は判断できなかった。立ち止まって振り返り、僕を見ていた。僕は辺りをキョロキョロ探す。すると、少し離れた位置に、先ほどの人物であろう後ろ姿を発見した。偶然だろうが、気になるので、本日の獲物を確定する。真っすぐに飛んで行って、その人物の正面に回り込んだ。僕は思わず笑みを浮かべた。その人物は、恐ろしく顔立ちが整った女性であった。大学生くらいだろうか? ゆったりめの格好をしているので、スタイルはよく分からないが、これは当たりだと胸が躍った。この素敵な女性を覗けると思うと、テンションが上がる。出来ることなら、相手を支配できるほどの『弱み』があれば、最高だ。
 女性は、僕の脇をするりと抜けて、人の間を器用に通り抜けていく。僕は人を交わす必要がないので、女性を見失わないように、背中を凝視してついていく。女性は軽いフットワークで、人と接触せず、素早く歩いている。その身のこなしに、なにかスポーツでもやっているのかと思った。すると、女性は、突然左に折れて、路地へと入った。人込みに嫌気がさしたのか、それとも近道なのかわからないが、僕にとっては好都合だ。路地は、人一人通れるほどの狭さで、電灯がまばらで薄暗い。この場所なら、確実に、見逃さない。僕は舌なめずりをして、彼女の尻を追いかけた。女性は、また左へと路地を曲がった。僕は慌てて、彼女の後を追う。建物の切れ端に辿り着き、左に折れた。
「はーい。捕まえた」
 一瞬何が起こったのか、理解できなかった。語尾にハートマークをつけたような甘美な声色で、目前には美しい笑顔があった。僕が意識を取り戻した時には、両手の手首をしっかりと握られていた。当然、痛みは全く感じないのだが、身動きが取れないほど、力強い圧力があった。頭が混乱している。
―――どうして、僕の姿を確認することができ、どうして、僕に触れられるのか。
「へーまさかとは思ったけど、君は私と同じなんだね?」
 僕の疑問が、一瞬で解決した。彼女も幽体離脱という特異な能力を持ち合わせていたのだ。この能力を持って、まだ数か月しか経っていないが、初めて出会った。
「おかしいと思ったんだよーマンションの上で爆笑しているのに、誰も君を見ていないんだもの。それで、ピーンときたね。私」
 やはり彼女は、あの時僕を見ていたのだ。そして、スルスルと人の間を器用に抜けていたのは、文字通りすり抜けていたのだ。僕に能力を悟られないように、体の端だけを。さすがに、そんな細かなところまで、目視確認できる訳がない。追いかけていたのだから。
「はーせっかく出会えたのにー本当に残念だよー無念だよー」
 彼女は先ほどまでの優しい笑みから、突然、目を伏せ大きく溜息をついた。
「君を殺さなくちゃいけない」
 落胆した表情で、彼女は僕を見つめた。先ほどまでのキラキラしていた瞳は、瞬間的に色あせ、眠たそうであった。まるで、僕を見ているようで、見ていないような。僕の後頭部を覗き込んでいるような錯覚に陥った。
「え? え? ど、ど、どういうことですか?」
 動揺が隠し切れない僕は、素直に質問した。お互い稀有な存在で、そんな二人が出会って、何故殺すという発想になるのか、まるで理解できない。
「だってー君は私と同じ能力を持った同士であると同時に、唯一の天敵でもあるんだから」
 抑揚のない、相変わらずの間延びした口調で、彼女は平然と言う。
 天敵とは、どういうことだ? 少し、考えて合点がいった。僕が行っている行動も決して褒められたものではない。むしろ、非難されるだろう。彼女も知られてはまずい、悪事を行っているのだろうか? 僕に向けて殺意を向けている人物に、何をやったのかなんて、恐ろしくて聞けない。でも、それなら、お互い利害が一致するのではないか。協力関係が結べないなら、今後一切互いに干渉しなければいい。そのことを彼女に伝えると、ゆっくりと顔を左右に振った。
「ダメダメ、君と私じゃあ、対等になれないもの。小さな芽でも摘んでおかなくちゃ」
 彼女の言っている意味が分からない。対等になれないとは・・・。
「君、今から人を殺せる?」
 とんでもないことを言う彼女に、僕は息を飲んだ。茫然と彼女を見つめることしかできない。
「私ねー沢山、沢山、人を殺しちゃったからねー」
「あ!」
 思わず、声を上げてしまった。咄嗟に口元を抑えようとしたが、がっちり握られた腕はビクともしない。
 この町にいるという大量殺人犯。まさか、彼女が?
「あーばれちゃったかな?」
 能面のような顔で、彼女は首を捻る。
 彼女は、幽体離脱の能力を利用して、警察から逃げ続けているのだ。確かに、この能力を使用すれば、警察の情報は駄々洩れだ。きっと、捜査会議やらの会場に堂々と侵入し、なんなら警察官の隣に座ったりして、情報収集をしていたに違いない。検問を張っている位置なんかも手に取るように分かるだろう。
「さーて、これはある意味、私の儀式みたいなものなんだけどねー」
 言うと、彼女は、満面の笑み浮かべ、僕の鼻先に顔を寄せた。
「なにか、最後に言い残す言葉はない?」
 僕は、小刻みに顔を左右に振る。咽頭に、固い物体を押し込められたように、声が出てこない。
「そうかーなにもないかー君、見かけによらず、潔いね」
 違う! 違う! 違う! 違う! そうじゃない!
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
 どうして、僕ばっかり、こんな目に合わなければいけないのだ。
「さーてと、君の体はどこにあるのかな? まずは、君の家にお邪魔しよう」
 僕の体は、華奢な彼女の手に引かれて、薄暗い路地裏に姿を消した。

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コメント

  • 水野真紀

    売れそうな気がするいつか
    俺の作品も見て欲しいー

    1
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