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想像力で空を飛ぶ

ふじゆう

忌まわしき日常

 中学も三年目を迎えた初日。まず、愕然としたことは、同じクラスに知った顔がなかったことだ。確かに、社交性が低い僕には、友達自体が少ない。それにしてもの現状だった。正確には、見たことがある顔はあるにはあるのだが、あまり関わり合いたくない人種であった。ようは悪目立ちをしている人達だ。ぼっちは避けたいのだが、如何せん僕には見知らぬ人に突撃する度胸なんかなかった。僕は、周囲に耳を澄ませ、会話を聞くことにした。何か僕も入っていける話題はないものか。しかし、周囲の会話は、昨夜のテレビ、アイドルの新曲、ファッションなどが大半で、さっぱり分からなかった。
「ねえ、ネットニュース見た? 前に話題になった大量殺人犯が、この町で目撃されたんだって」
「見た見た。怖いよね。もう何年も捕まってないんだよね?」
「そうそう。防犯カメラで姿を捕らえても警察が近辺を探すともういないらしいよ」
「だから、内部に情報をもらしている協力者がいるか、警察のサーバーにハッキングして、情報を盗んでいるんじゃないかって、話だよね?」
 そのニュースは、僕も見た。会話をしている二人の女子にチラリと視線を向ける。この話題なら入っていける。だが、僕はそもそも女子と会話をしたことが、ほとんどない。僕は意を決して唾を飲み込むと、二人の女子の会話は既に別の話へと変わっていた。僕は落胆し、顔を机に突っ伏した。一瞬の躊躇いが、好機を逸した。僕から話しかけるのは、あまりにもハードルが高すぎる。作戦を変更することにした。
 声をかけてもらえるように、きっかけを作る為、好きな文庫本を休み時間に読むことにした。そうすれば、小説が好きな人が声をかけてくれるかもしれない。もちろん、ブックカバーは外している。だが、一週間が経っても誰も話しかけてはくれなかった。このクラスメイト達は、小説を読まないのかもしれない。それとも逆効果で、『話しかけるな』というアピールに見えてしまったのかもしれない。僕は次の一手を打つべく、ゲームをすることにした。ゲームなら小説程ハードルが高くなく、悲しいけど需要があるかもしれない。
「おい、お前! なにゲームやってんだよ?」
 突然、背後から声をかけられた。反射的に振り返りそうになったけど、待ちに待った感を出したくなかったので、ひと呼吸置いてから、緩慢な動きで背後を見た。その人物が目に入った瞬間、心臓が跳ね上がった。
「学校にゲームなんか持ってきていい訳ねえじゃん! 没収だ!」
 クラスの中でも一番目立つグループの奴だった。悪い噂しか聞いたことがない男だ。暴力的な態度で、ヒエラルキーのトップに君臨している。一年の時から目立ち、僕は怖いからという訳ではなく、馬鹿とは関わりたくなかったのだ。奴にゲームをひったくられた。
 その馬鹿一号は、クラスの五人でよくつるんでいた。僕は顔を机に埋めて、寝たふりをしながらクラスを観察していたので、クラスの事情には精通していた。一号はリーダー的存在、二号は一号と対等であり、三号は格が落ちる金魚のフン的な存在だ。そして、四号は一号の彼女で、五号も女性だ。五人とも見た目が派手だ。五人が爆笑し、クラスメイトに同意を求めた時の、あの寒々しい作り笑いの空気感が堪らなく気持ちが悪いのだ。クラスを支配していると勘違いし、悦に浸る表情に嗚咽を覚える。
「おーい! ゲームもらった! みんなでやろうぜ!」
 一号が自慢げに笑いながら、仲間の元へと戻る。
「は? 誰にもらったんだよ?」
 二号が首を傾げると、一号が振り返り僕に向かって、顎をしゃくった。
「あいつだよ。あのぼっちの奴。名前・・・まあ、いっか」
「ゲーム機一つで、どうやって皆でやるんだよ?」
「ああ、そっか。おい、お前。ゲーム機五個持ってねえの?」
 二号の問いに、一号が僕に向かって声をかけた。僕は首を左右に振ると、一号がわざとらしく舌打ちをした。
「んだよ! 使えねえな! お前、今から買って来いよ!」
 一号は僕の座席へと速足で接近し、机を蹴った。机は激しい音を立て、床に転がった。その音で、周囲が静寂に包まれた。生唾を飲む音が聞こえてきそうな程に。僕が上目遣いで一号を見ながら首を振ると、苛立ちを露わにした一号に脇腹を蹴られ、床に倒れこんだ。そこから、全身を蹴られ、僕は頭を抱え込んでうずくまった。僕は決死の覚悟で顔を上げ、傍観しているクラスメイトに視線を向けたが、みなが一様に俯いた。顔を上げた代償として、一号の靴が僕の顔面に入り、鼻血が飛び散った。
「おいおい、さすがに顔面はやめとけよ」
 二号が一号の肩を掴んで、動きを制した。当然ではあるが、僕をかばった訳ではない。
「いや、こいつが、顔を上げたからだよ。蹴られたかったんじゃね? お前Мなんだろ?」
 一号と二号の笑い声が、耳に突き刺さる。一号がしゃがみ込み、僕の髪の毛を掴んだ。
「おい、お前が汚したんだから、お前が掃除しろよ? 常識だぜ」
 強引に顔を上げさせられた僕は、小さく頷いた。
「自分一人で勝手に転んで、鼻血が出ました。はい、復唱」
「自分一人で勝手に転んで、鼻血が出ました」
 オウム返しをした僕に、一号は嫌らしく口角を釣り上げた。
「明日までに、ゲーム機を後四個持ってこいよ」
 一号の笑い声を背後で聞きながら、僕は机と椅子を元に戻し、ティッシュで飛び散った血液を拭きとった。
 今日この時から、地獄の蓋が開いたことを悟ったのだ。
 明くる日、当然ゲームを用意できるはずがなく、僕はトイレへと連れ込まれ、五人から酷い仕打ちを受けた。その明くる日も、その明くる日も―――
「これは、科学の実験だよ。人体実験だ。身をもって、しっかり学ぶように!」
 そう言った一号は、僕の顎を蹴り上げる。三号が背後に回り、僕の体を羽交い絞めにしている。奴曰く、顎にどれほどの衝撃を与えると、脳震盪を起こすのかの実験だそうだ。他にもブラックアウトの寸前の景色の考察と称し、首を絞められたり、潜水の実験と称し、大の便器に顔を突っ込まれた。
 それからも、人道に反した行為を繰り返された。まさに、悪の所業だ。金品の要求から、公然での自慰行為。その全てをスマホで動画を取られ、脅された。
 流石に生命の危機を感じ、担任に助けを求めたが、なにも対応してくれなかった。
「あいつ等、やんちゃだから、スキンシップもハードモードだな」とか、「お前にも原因があるんじゃないか?」とか、挙句の果てには、「被害妄想もたいがいにしろ!」と、怒鳴られた。親は親で、ご近所の目がどうとか、友達を疑ってはいけないとか、なんかそんなことを言っていた。大人達の言い分をまとめると、僕一人が我慢すれば何事もなく、世界は平和に回るといった感じだ。人身御供というやつなのだろう。
 最初の方は、家に帰ると自室へと素早く入り、布団にくるまって泣いていた。窓も締め切り、汗だくになりながら、時間が過ぎるのを静かに待っていた。しかし、いくら待っても解決策などなく、地獄の明日がやってくるのだ。時間が経つにつれ、慣れとは恐ろしいもので、僕の心は動かなくなり、涙も流さなくなった。虐めが日常になったのだ。苦痛が平常装備となった。
 その頃から、僕は自室のベッドで仰向けになり、天井を眺めるようになった。電気を点けていないので、天井が見える訳ではなく、暗闇が広がるだけだ。部屋の暗闇と夜空をリンクさせる。僕は、背中に翼をはやし、夜空を駆け回るのだ。ビリヤードの棒で星を打ち星座の形を変えたり、三日月の滑り台で遊んだ。満月ではウサギと一緒に餅をついた。現実的に逃げられないのなら、脳味噌の中へと逃げ込むことにした。
 僕は想像力で、広大な夜空を飛び回っている。こんな狭い牢屋で生きていくのは、あまりにも窮屈過ぎる。一時でも安らぎを感じたい。誰もいない場所で、僕一人でのんびりと生きていけたら、どれほど幸せだろう。僕は笑みを浮かべ、気づけば朝になっている。そんな毎日を繰り返していた。
 体に異変が起こったのは、夏休みに入る少し前のことだ。常に体のどこかに痛みはあるのだが、いつもの感覚とは違う違和感。朝目を覚ますと、胃袋を力一杯握られたねじ切れるような痛みと、吐き気に襲われるのだ。トイレへと駆け込み、嘔吐する。そこで母親から、『ずる休みは許さない』と叱責される。学校に近づくにつれ起こる眩暈に、立っていられなくなる。担任から、『ダラダラ過ごしていないで、体を鍛えろ。この貧弱野郎』と罵られた。毎度、保健室の先生には、煙たがられる。
 身も心も限界だと悟った。想像力では、もはやカバーできないほどに。僕は学校を飛び出し、スマホの電源を切った。自宅へ帰ると、専業主婦の母親が惰眠を貪っていた。忍び足で自室へ向かう。音を立てないように、息を止めて自室の扉を閉めた。制服のズボンからベルトを抜き取ると、カーテンレールの隙間に通す。ベルトの先をフックにかけ、輪っかを作った。そして、踏み台を輪っかの下に設置した。僕に躊躇いは微塵もなかった。踏み台に乗り、輪っかに頭を通し、台を蹴る。小さな僕の体は、カーテンレールに宙づりになった。意識が離れていく。涙が零れ落ち、微かに目を開くと、目前には僕の姿があった。

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