貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

事件の予兆

 天から、白く冷たい結晶が降り注ぐ冬の暮。
  
  体調が悪くなったネイロスは新鮮な空気を吸うため庭に立っていた。鼻に入ってくる空気は刺激的で冷たく、ツンとするような痛みを時折感じるが、それが心地よく、何度も鼻で息を吸う。
  
「……ふぅ、気持ちいい」

 その姿はまるで、某雪の女王映画で出てくる。雪の妖精? のようだった。
  
「日本でこんなに心地いい場所なんてないよ」
 もっとも、ネイロスは引きこもっていたので自分の住む地域ぐらいしか知らない。
  中学までは通っていたから京都や奈良くらいは行ったことあるが、それでも、これほど綺麗な雪景色は見たことがなかった。
  
  屋敷の周りにはニーベルンの領民たちの家が存在している。二ーベルン領はそこまで広いわけでなく、領土の端から端まで徒歩三十分程度しかかからない。他の領土と比べると少し大きいのだが……。
  
  貴族がこの国に集中しているため、一つ一つの領土が狭いのだ。
  そんな小さな村々と王都を併せたものが 【セラス】 なのだ。
  
「綺麗だなぁ……」
 
  ネイロスは冬景色に感激していた。
  
「ネイロス! お料理できたよ!!」

 外でのんびりしていたネイロスに声をかけたのは、橙色の髪がアピールポイントの幼馴染グレーシャだった。
  グレーシャの声にビックリしたネイロスは尻もちをついた。
  
「大丈夫!?」

 グレーシャが慌ててネイロスの方へ走るが、ネイロスはニコッと笑いながら立ち上がった。
  
「行こうか、気分も良くなったし」
「本当に?」
「本当だよ」

 ネイロスはグレーシャに心配をかけないために満面の笑みを浮かべた。
  
「そうだね、大丈夫そう!!」

 グレーシャは前を向いてどんどん進んでいく。
  その後をとぼとぼと付いていくネイロス。少し考え事をしていた。
  
(さっきはしんどくて考える暇もなかったけど、あの夢はなんだったんだろう)

 ネイロスは夢のことについて思い出していた。
  
(ハッキリと覚えている。色欲がなんちゃらとかメーラとか、神とか謎なワードばっかだ。……でも、、、)


『思い出したくなかった』


「どうしたの!?」

 グレーシャは背筋を凍らせて振り返った。
  しかし、そこにはいつもの笑顔のネイロスが立っていただけだった。
  
  
「何が?」

 ネイロスはいきなりグレーシャが声を荒らげたのに少し驚きながら聞き返した。
  
「ごめん、なんか変な感じがして」
 
 グレーシャは笑顔に戻りズテズテと進み、リビングへと繋がるドアを開けた。
  
  その瞬間、リビングに閉じ込められた空気と一緒に、料理のいい香りが解放された。
  
  ネイロスは思わず手で顔を覆う。
  
「ま、眩しいっっ――!!」
  
  何かを感じ終えたネイロスはテーブルに並べられた料理たちを見てこう思った。
  
(あぁ、……最高だ)



 目の前に並べられた空の皿。この場にいるみんなは「食った食った」とお腹を叩きながら言う。食べ終わったあとの皿を見ていたネイロスは更に食欲が湧いて、母であるケルピにおかわりを要請した。
  
「ハイハイ、ネイロスちゃんがお腹いっぱいになるまで母さんが作って上げるからね、グレーシャちゃんも遠慮しないでね」

 ケルピは椅子から立ち上がり、鼻歌を歌いながらキッチンへと向かった。
  
「これ!!」
「分かった、これだな」
「うん!!パパありがと!!」

 ネイロスの三つ下の弟、レジオンがパパであるスレイブに食べさせてもらっていた。
  
「それにしても、ネイロスくん凄いね!!」
「ありがとうございます」

 ネイロスはグレーシャの父に向かって礼を言う。この場には、元王国騎士長であるスレイブに元王国騎士団長のベルト・クレイ、試験での首席と四位のネイロスとグレーシャ、王国で鑑定士としての仕事をしているケルピと割と凄い面子が集まっていた。
  
「パパ! 私のことも褒めて!!」

 グレーシャがベルトの服を引っ張りながら言うのに対し、ベルトは頭を掻いてハイハイと言いながらグレーシャの頭をポンポンと叩く。
  
「おめでとう、グレーシャは僕の最愛の娘だ」

 そう言われたグレーシャは、子供扱いしないでよーと駄々をこねた。
  
  (結構、めんどくさい性格になりそうだなぁ~)
  
  ネイロスは苦笑した。
  
 ケルピが料理と一緒に戻ってくる。
  
「お待たせ、香辛料を使用した料理よ」

 ケルピがそのようなことを言うと、ネイロスは少しムッとした。
  
「あら、辛いのは嫌だった? ネイロスちゃん辛いもの好きだからこれでいいと思ったのだけど……」

 ケルピはネイロスの顔を心配そうに見つめながら言った。
  
「いや……。最高だと思っていました!」
「それは良かったわ」

 器が差し出されると、ネイロスはスプーン片手にガツガツとカレーを口の中へと運んで行った。
  
  数時間ほど経ち、ケルピはレジオンとグレーシャとお風呂へ、スレイブは食器洗いを、ネイロスとベルトは駄弁っていた。
  
  ベルトに試験の内容、どうやって勝利したのかを教えて、アドバイスをもらっていた。試合に勝ったにしろ改善点はあるかもしれないからだ。
  王国騎士団長、ましてや、かつて剣豪と呼ばれていた者だからである。色々なアドバイスを貰い、満足したネイロスは自分の部屋へ戻ろうとしたが、ベルトがそれを引き留めた。
  
「ネイロス君、一つだけ伝えておきたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょうか」

 ベルトは眼鏡を外して、真剣な表情で、ネイロスに目線を合わせた。
  ネイロスもその表情に唾を飲んで正座した。
  
「国王から聞いたのだが、最近、学園に通う上級生の貴族が行方不明になる事件が起きている」
「事件!?」
「しっ! 静かに」
「は、はい」

 ネイロスは正座からいきなり立ち上がったためか、足を抑えながら再び座った。
  
「この事が、明るみに出たら貴族たちがこの学園に通わせないようになってしまうかもしれないという理由で隠しているんだ」
「……生徒の安全よりも自分たちのことしか考えてないということですか」
「ネイロス君が言ったことも合ってるけど、一番の狙いはそこじゃないんだ、犯人を逃がさないためだ」
「犯人を逃がさないため? 詳しく教えてください」
「詳しく、か。君には気をつけるよう注意するよう言うだけのつもりだったけど、知りたいって言うなら教えるね」
「はい」
「この事件の犯人は学園の教師と推測しているんだ、もし、このまま情報を出してしまうと捕まえられなくなってしまうかもしれない」
「……そうですか」

(薄々、感じていた。つまり、生徒を犠牲に、囮にして犯人を捕まえようと言うことか、そんなこと……)
「もちろん、これ以上、僕も犠牲者を出したくないから、これからは僕も学園の教師として監視するようにする」
「分かりました、この件に関しては僕は何もしません、注意するようにします」
「あぁ、助かるよ」

 そう言葉を放った途端、空気が解放されたかのようにネイロスの肩の力が抜けた。
  
(なんでベルトさんはこんなことを僕なんかに話してくれたんだ? 聞いたのは僕だけどこんな簡単に教えてくれるなんて思ってなかった)

 ネイロスは顎を触りながら考えた。
  
「それにしても、ネイロス君は大人の人みたいだね」
「えっ?」
「いや、僕がネイロス君と話している時、大人の人と話してる感じがしたから」
「ははは、ベルトさんの空気に呑まれちゃって、ただ父さんとかの真似をしてみただけです」
「ハハッ、ネイロス君は面白い、とりあえず学園は明日からだから、気を付けてね」
「はい!」
「そして、グレーシャを頼むよ」
「分かりました」
 
  ネイロスとベルトは、話が終わるとそれぞれ、自分の行くべき場所へと向かっていった。 ベルトは娘の元へ。
  
  ネイロスは自室へと……眠りに行った。 

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