貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

無能

 グラウンドに集められた子供たちは、金髪のイケメン先生グリードに観客席に誘導されていた。
  グラウンドの広さはかなり広く、ネイロスの母校のグラウンドの二倍の広さほどあり、その周りを観客席が囲っている。観客席の中央部には来賓の方等が座る席もある。
  
(あれが騎士長……なのかな?)

 ネイロスの目線は中央部の来賓の席へ向いており、そこには髭を生やした黒髪の王冠をかぶったおじさんに緑色の髪の毛の同い年の少女、そして金髪の少年がいた。
  
  おじさんと少女も異質な魔力を持っているが、金髪の少年は「異質」なんてレベルではなかった。通常の人間では得ることがとても困難なほどの魔力量を有していたからだ。
  
  本来、トロイアでは、産まれてくる者のほとんどが金髪で、稀に色が違う髪の者が産まれてくる。それは、魔力の質のせいである。
  
  そのため、金髪よりも色違いの方が強かったりするのだ。
  
(いや、あれは正真正銘騎士長だ、あのおじさんが国王であの女の子は……誰なんだろう)

「これより、模擬試験を始める」

 その一言により、会場にいる全員の気が引き締められ、今にも押しつぶされそうな空気が漂う。
  
  続いてグリードが言う。
  
「ルールの説明を行う。まず、魔法については禁止する。ただし、魔力を放つだけの魔力撃は可とする。続いて、恩恵の使用も禁止する。ただし、身体強化系統は可とする。判定は相手のお腹もしくは背中のどちらかを地面に十秒間接触させることができれば勝利となる。我々は、諸君らの安全を第一に考えるが、この学園の受験を受けているということは、多少の覚悟はしてもらう」

 グリードはまるで、作られた文を機械が読んでいるような感じで説明をした。
  
  大半の子供が首を傾げている中、ネイロスは考え事をしていた。
  
(魔法が禁止なのは良かった。これで安心して戦える)

 魔法や恩恵はこの年代の子供には普通は扱えるはずがない。それは、魔力の流れを見ることが出来ないからだ。
  しかし、ネイロスや家柄が独特な子は教育過程で魔力の流れを気にせず魔法を覚えたりする。一族代々受け継がれてきた恩恵、魔法に近い事が出来る恩恵、魔力の流れを見ることが出来る恩恵、この中のどれかを持っているだけで学園に通わずとも、自身の証明紋を発動させたり、魔法を扱うことも可能になる。
  
  それでも、この学園を受験する人はいっぱいいる。家庭の事情などもあるのだろうが、魔法使用時の魔力の効率や、威力を上げたい人、学友をつくること、就職で国の騎士になれること、この学園に入るということがネイロスにとってはとても魅力的だった。
  
  この学園では将来の選択肢が増え、子供たちにとっては、まさに夢がいっぱい詰まったテーマパークのようだった。
  
「試合を始める前に来賓の方々のご紹介に移らせて頂く。国王殿よろしいでしょうか」
「あぁ、構わんよ」

 国王の声に名状しがたい何かを、ネイロスは感じた。
  
(さすがは国王様、魔力量も覇気も今まであった中でトップレベルに入る)

 ネイロスは前にも同じような覇気を感じたことがあった。
  
「私はセラスの国王、フェアムルトル・セラスだ。こちらの少女は私の娘であり、セラスの姫であるニーナだ。今日は諸君らの中にいるであろう、ダイアモンドの原石を見極めに来た。私の事など気にせず、素の自分を出して挑むように」

 国王がそう言うと、娘であるニーナもペコりと頭を下げて、同じタイミングで席に着く。
  
「続いて騎士長殿、よろしくお願いします」
「はい」

 騎士長は呼ばれると、高く澄んだ声で返事した。
  
  にこりと笑顔を浮かべながら、立ち上がると軽くお辞儀をして自己紹介に入った。
  
「騎士長のキャメロット・ペンドラムと申します。今日は皆さんのことを応援してるので頑張って下さいね」

 耳に癒しをもたらすその声は、ネイロスでさえもうっとりするほどだった。
  
(なんなんだあの人)

 ネイロスは苦笑しながら、笑顔を崩すことの無い騎士長キャメロットを見た。
  
「それでは早速、第一試合を始める。名前を呼ばれたものは速やかにグラウンド中央に移動しよ。それでは名前を呼ぶ。ネイロス・ニーベルンとロア・チェイス」
「は、はいっ!」「はい」

 ネイロスはまさか、第一試合に自分が名指しされるとは思わず少し焦り気味に返事する。 一方、もう一人の方は冷静に、そして落ち着いた声で返事した。
  
「ふふっ」
「な、なに? 」
 ネイロスが階段を降りようとすると、グレーシャは堪えきれずに笑いを漏らす。
  
  ネイロスはグレーシャに弱いところを見せてこなかった。グレーシャもネイロスは弱音なんて吐かない強い大人っぽい人だと思っていた。
  
「なんか面白くて」
「な、何が面白かったの? 」
「ネイロスも緊張するんだなーって思ったの」
「ははっ、これはグレーシャを試していたんだよ、僕がこんなことで緊張するわけがないだろ、はははっ! 」
「分かった。応援してるから、勝って一緒に入学しようね! 」

 酷い言い訳だ。
  そう思いながらもグレーシャの励ましでネイロスの心は少し楽になった。
  
(この試験はおそらく近接スキルの高さを見るもの、その証拠に魔法は使ってはダメというルールがある。危険だからという理由もあるのだろうけど。魔力と生命力が十でも、他のステータスが絶望的に低いのを考えて僕が勝てる確率は低い。この学園の試験を受けるほとんどの貴族が騎士になるために来ている、筋力なんかは僕よりずっと高いだろうし、魔力撃も瞬間魔力放出量が三くらいの俺では、大したダメージも与えられない)

 グレーシャにあれだけ大口を叩いておきながら実際は、自信がなかったのだった。
  
  確かに魔力の量だけならこの世界の誰よりも多いかもしれない。しかし、魔力を放出する量が少ないネイロスには宝の持ち腐れであった。
  
「両者、準備はいいか?」
「はい」

 対戦相手が迷いなく返事するのに対し、ネイロスは少し深呼吸する。
  
  そしてワンテンポ遅れて返事をした。
  
「それでは試合開始!! 」

 グリードが大声で試合開始の合図を出したと同時に対戦相手は腰にかけていた長い木刀を構えて突っ込んでくる。
  
(速っ!)

 対戦相手の迷いのない特攻に反応を遅らせてしまい、攻撃を貰ってしまう。
  
(痛い……けど、あの時とあの時とあの時とあの時と、あの時と比べればどうってことない痛さだ)

 ネイロスは倒れた体をフラフラしながら無理やり起こす。筋力の少ない脆い体はたった一撃で悲鳴を上げている。
  
  対戦相手は体勢を立て直させまいと追撃を仕掛けまたもや特攻してくる。
  
  観客席にいたグレーシャや他の一部の生徒はその状況に固唾を呑む。国王の横にいた少女のニーナも顔を前に出してじっと見ている。
  
  ネイロスに木刀の一撃をお見舞する。が、木刀は弾かれた。
  
「良かった、今日が寒くて」

 顔を俯かせながらそんなことを言った。確かに自身の攻撃に手応えはあった。しかし、カンッと音を立てて木刀が弾かれたことに対戦相手は少しの間、呆気に取られてしまう。 その時間だけあればネイロスには充分だった。
  
  ネイロスは対戦相手の顔面を思いっきり魔力のこもった拳で殴りつけた。
  
  ドンッという鈍い音が会場に響く。
  
「やりすぎたかな?」

 ネイロスは小声でボソッと呟いた。右側の側頭部を抑えながら。
  
  グリードのカウントが始まる。
  ネイロスはまだまだ強くなる必要があると思い、対戦相手を見た。
  目を瞑り地面に伏せた彼に賞賛の眼差しを向けて。しかし、カウントが九に差し掛かった所だった。
  
  先程まで、ダウンしていた相手がそこから消えていた。ネイロスはずっと見ていたはずだった。
  
「速かった。君すごく強いね」
「ネイロスさんもかなり強いよ」
「僕はネイロス・二ーベルン。領主の息子だよ」
「私はロア・チェイス。王国騎士団長の一人ワイバン・チェイスの息子です」

 綺麗なお辞儀をするロアに対し、ネイロスは腰の短めの木刀を抜く。
  
  ロアは言葉を続けた。
  
「そうか、その強さ、お父様が言っていた英雄の……」
「行くね」

 ネイロスは楽しくなっていた。
  さっきまでは、緊張で息が持たないほどだったのにも関わらずだ。
  
  同年代にしては礼儀作法、喋り方、言葉選びが上手なロアに自分に似た何かを感じていた。
  
  木刀がぶつかり合う音が会場のもの達の耳を刺激する。それは、現役騎士を引退した国王ですらむずむずしてくるほどに。
  
「国王殿、初戦からこんな戦いありですか? 」
 
  なお、この会場では騎士長が一番興奮してるようだった。
  幼き子供が年齢など関係なし、と言ったような戦いを見せられる大人は自分も参加したいと思うほどで、子供たちは、(勝てるわけねぇ……)と心の中で悪態を吐いた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品