この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「栞」

 隣の男は、腕組みをしながら目を閉じていた。僕のことを怪しむこともなく、警戒するような素振りもない。

 眠っているのか。

 スマホで時間を確認してみると、あと10分くらいで目的地につきそうだ。

 ふと、僕は鞄のなかに、小説を入れていたのを思い出した。だいぶ、気持ちが落ち着いてきたところだ。残りの時間を本を読んで過ごすのもいいかもしれない。

 僕は鞄から小説を取り出すと、ページを開いた。

 ごく普通のありふれたファンタジー小説だ。勇者が人々を救いながら、魔王に立ち向かっていく、ただそれだけの物語のはずなのに。

  どうしてこうも心打たれてしまうのか自分でもよく分かってはいなかった。

 一つ言えるのは、勇者はかっこいいということだ。困難に屈することなく、勇敢に魔王に立ち向かう姿を想像するのは絶えず僕の心を踊らせる。

 だけど、一方で本を閉じると、少し悲しくなる時がある。

 現実は残酷とまでは言わないけれど、僕にとって、とても色褪せて感じられた。

 本を閉じて、世界を見つめてみれば、小説の中の勇者などいないことを知った。

 物語の中では、主人公でいられても、現実では、自分はその他大勢のなかの一人に過ぎないのだと、思い知らされた。

 それは当たり前のことなのかもしれない。物語は、つくりものだ。人の空想から作り出した産物なのだから、現実からかけ離れているのは当然のことなのだろう。

 共通点といえば、どんな物語にも終わりがあるように、人生にも、いつか終わりがあることくらいか。

 それでも、僕は、信じたい。読んだ時のあの感動は、偽物なんかではなくて、本物なんだと。

 と言うわけで、さっそく、本の続きを読もうと思ったのだが、いれておいた栞が、見当たらない。おかしいな。絶対に、栞はさしこんでいたはずだ。

「もしかして、これを探しているのか。下に落ちてたぞ」

 そういって、僕は、栞を手渡された。

「あ、ありがとうございます。て、あれ」

 ごく普通に受け取ったが、途中で、栞を手渡した人物が、隣の男だと知り、変な声を出してしまった。

「どうした、お前のじゃなかったか」

「いえ、僕のです」

「そうか、それはよかった」

 まさか、MRS所持者の男と話すことになるとは思わなかった。想定外だ。なんとなくだが、悪い人ではなさそうだけど......。

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