この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「僕」

 どうしよう。今までにこんなに緊張したことはないかもしれない。だけど、なんとなくわくわくもあった。


 僕は、MRSを使用すれば、本当に魔法を使うことができるなら、魔法使いと一緒に座っていることになる。


 小説を読んで想像した世界でしか、味わえないような、緊迫した状況だ。


 震えてる。震えた手を抑えて、不自然さが隣の男性に伝わらないようにしないといけない。


 僕は、バスの外に広がる紅葉を見ているふりをして、窓のガラスに映った男のスマホ画面を観察してみることにした。


 他人のスマホを覗くのは、あまりよろしくはないが、MRSとは、一体どのようなものなのか、観察すれば、分かるかもしれない。


 少しの間、漫画アプリやニュースを見た後、男はMRSとかかれたアイコンをタッチし開いた。


 ―MRSにようこそ―


 男がアプリを開いた直後、スマホ画面にこんなワードが表示されているのが見えた。


 ―電心モードに切り替えますか?―
    ―はい/いいえ―


 電心という言葉は初めて聞く言葉だ。一体、何を意味する言葉なのだろうか。


 男は、はいの選択肢を選ぶと急にスマホ画面がホーム画面に切り替わった。


 もしかして、これで終わりなのか......。


 いや、そんなはずがないよな。


 MRSについて知れる貴重な機会だったが、男は、ホーム画面に戻った後、スマホの電源を消して眠りについてしまった。結局、知ることができたのは、MRSには電心モードという機能がついていることくらいだ。


 やはり、自分でMRSを開いてみるのが、一番、アプリについて知ることができる方法だろう。


 もちろん、リスクはあるが、魔法を使えるかもしれないという期待が日に日に、現実味を帯び始めて、そろそろ抑えられなくなっていた。


 このアプリを使えば、自分が望むことを何でも実現できるかもしれない。


 この世の地位、名誉、財産を自分だけのものにできるかもしれない。


 人々に崇められるような特別な存在になれるかもしれない。


 こんなことを、考えている自分が、時々、薄気味悪くなった。外面は、特別な存在になることに興味がないように装っていて、実は、自分はエゴに満ちた存在だということを実感するからだ。


 魔法を使えるようになったとして、僕は魔法を使いこなすことができるだろうか。魔法の持つ魔力にのまれて、ただ自分のエゴを満たす怪物になってしまう恐れはある。


 それこそが、MRSの最大の脅威という予感がしていた。


 だけど、このままでいたくないんだ。ただ、平凡な日常を送る、教室の片隅で本を読む高校生のままでいたくない。


 僕は、特別になりたい。



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