この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「前進」

―なあ、タニシ。金曜日って、学校休みだったよな。


―何言ってるんだよ!普通に、学校あっただろ。


―やっぱりそうか。そうだよな。


―どうしたんだよ。一条。いきなり、変なこと言い出して。


―いや、何でもない。ただ、タニシと話したかっただけだ。


―一条、お前!


―じゃあな。


―一条、それはないよ!


 SNSでタニシにも、昨日の出来事を確認してみたが、やっぱり忘れてしまっているようだった。妹以外に両親にも、昨日の話をしてみたが、同じ結果だった。


 もっと多くの証言を聞くべきなのだろうが、何せ僕自身、人脈があまりに少ない。これ以上の証言を得るのは難しい。


 ただ、複数人の証言が共通していたということは、昨日の出来事はなかったことになっており、その代わりに、一昨日の出来事が、昨日起こった出来事として認識されているという考えで良さそうだ。


 ほんとは僕以外で誰でもいいから、昨日の出来事を覚えていてほしかった。大地が揺れ、山が丸ごと消えるという大惨事を、僕一人だけが覚えているのは、強い孤独感を覚えた。


 また、似たようなことが起きる可能性だってある。再び、起きるのではないかと不安を一人で抱え込むのは、とてもつらいものだ。


 かなり警戒心が強くなっているから、ちょっとした地震でも、飛び上がってしまうかもしれない。


 行ってみるか。丸ごと消えた山に。


 山を丸ごと消し去った何だかの証拠が、残っているかもしれない。山を消し去り、それをなかったことにした魔法使いもそこにいるかもしれないけれど、内心、ちょっとわくわくしている自分がいる。ずっと同じ事の繰り返しだった退屈な日常から抜け出した気持ちになれたからだ。


 僕は、早速、外に出る準備をしてから、母親に図書館に行ってくると伝えると家を出た。


 これから、先、何が起こるのかなんて分からない。もしかしたら、とても恐ろしいことに巻き込まれるかもしれない。


 だけど、前に進まずにはいられない。僕は、このスリリングな今の状況を楽しんでいた。ファンタジー小説のなかの勇者も、旅立つ時、こんな気持ちだったのかな。


 僕は、山に向かって一人、歩き出した。



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