この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「忘却」

 今日は、休日で、学校は休みだ。といっても、昨日も平日ではあったが、あの出来事があったせいで、学校は休みになった。


 目を疑うような昨日の光景を思い出しながら、自宅のベッドに横になり、考え事をしていた。


 今のところ、昨日、起きた出来事についての詳しい情報が入ってこない。ニュースやSNSを確認したが、不思議なことに、全く昨日の出来事に関する情報がなかった。


 そんなことはあるだろうか。山ひとつまるごとなくなったんだ。多くの目撃者だっていたはずだ。もっと大ごとになってもおかしくないはずだろう。


 まるで、なんだかの大きな力が働いているみたいだ。


 その時、一つの言葉が頭に浮かんだ。


 魔法。


 誰かがアプリを使用し、何だかの魔法を行使したと考えれば一応、筋は通る。


 考えてみれば、僕だけが特別、妖精に接触し、MRSとかいうアプリの存在を聞かされるのは不自然だ。僕以外にも、同じような境遇の人物がいると考えるべきだった。


 そろそろ、MRSとかいうアプリを開けてみるか。


 僕は、スマホを片手で持ち、指で操作すると、MRSとかかれたアプリを見つめる。


 もし、魔法を使えるようになったら、今の日常は大きく変わる。良いほうにも、そして、悪いほうにも。ある意味、博打のようなものだ。


 それに、魔法が使えるといっても、何の対価もなく使用できるものなのか。対価があるとして、その対価は、許容できるものなのか。


 そして、何より、妖精がこのアプリを勧める意図が分からない。妖精がアプリについて話したがらなかったことからも、何か裏があるに違いない。


 だが、アプリのことを知るには、アプリを開くのが一番手っ取り早い。もしもの時は、アンインストールしてしまえばいいという考え方もできる。


 妖精は言っていた。アンインストールすれば、二度とアプリをインストールできないし、妖精も姿を現さないと。


 開いた後でも、アンインストールしてしまえば、アプリとの関わりを一切、たちきれる訳だ。


 どう転ぶかは分からないが、アプリを開いてみてもいい気がしてきた。


 僕は、ゆっくりと、MRSとかかれたアイコンに指を近づける。


 ガチャ。


 アプリに指を近づけ、押そうとした瞬間、部屋の扉が開き、妹が勢いよく入ってきた。何で、このタイミングなんだ。


 スマホの電源を消し、不審がられないように、近くの机に置いた。妹をアプリのことを知られるのはまずい。危険なことに巻き込みたくはないからな。


「何だよ!いきなり、部屋に入ってきて」


「ごめん。ごめん。昨日の話が、気になっちゃって」


 妹は、そう言って勉強机の椅子に座った。


「此仲も、気になるのか。昨日のあの出来事が!」


 此仲は、昨日、悲惨な出来事があったにも関わらず、やけに明るい顔で言った。


「うん、気になってたかな。図書館で会う女の人にいつ告白するのかなって」


 不意をつかれた妹の発言に、僕は戸惑いながら言った。


「うっ!?まさかのそっちかよ!確かに昨日、彼女には会ったけどさ。彼女のことよりも、山がまるごとなくなった方だろ」


 僕の発言に、なぜか妹は、しっくり来ていないようで、首をかしげた。


「山って何のこと。私、お兄ちゃんから図書館でまた、きれいな女の人と会ったって話を昨日、聞いたから、その事かなと思ったんだけど」


 此仲に、図書館で彼女に会った話をしたのは、一昨日のことだ。昨日のことではない。まさか、山丸ごと消えた、あの出来事を忘れる訳ないし。


「何言ってるんだよ。近くにある如意ヶ嶽が丸ごとなくなったことを言ってるんだ」


「お兄ちゃんこそ何言ってるの。まさか、如意ヶ嶽が丸ごとなくなるなんて、そんなこと起きる訳ないじゃない。外に出て、見てみたら、山はなくなってないと思うよ」


 僕は、部屋を飛び出し、急いで自宅の二階から一階に降りると、靴を履き、玄関の扉を開けた。


 嘘だ。嘘だ。


 山がなくなってない。


 そんなことがあるはずがない。


 僕は、確かに見たんだ。


 昨日、通学中の電車のなかで、山が丸ごとなくなってるところを。


 家を出て、山が見える位置まで駆け出す。家の外は、いつもと変わらない景色が広がっていた。いつものように、犬を散歩するお年寄りが歩いていたり、他愛ない話で盛り上がるカップルを見かけたりした。


  けれど、何の変哲もない日々が、徐々に変わり行くのを感じた。


 そして、僕は、足を止め、立ち止まった。


「な、なんだよ......。これ......。一体、この世界で何が起きているんだ」


 僕の目線の先には、消えた山が何事もなかったようにあった。

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