それは冒瀆的な物語

だく

エピローグ


「そうか、もう行ってしまうんだね」
「ごめんなさい、ダーレスさん…。せっかく良いお話をいただいていたのに…。」
 すべての決着が付いた後、サンは改めてダーレスの家を訪ねていた。
「いや、こっちが助けてもらったんだからそんなこと気にしないで良いんだからね? それに、きっとその方が良い。ここで魔法の勉強をするより、そちらの方が遥かに良い経験になると私も思う」
 サンは頭を下げたが、ダーレスは軽く首を横に振ってからそう言い添えてくれた。
「私が伝えられることなんて、やっぱり至極些細なことでしかないんだよ。…今回のことなんて本当にそう思わずにはいられないような話だった。まさか私自身が結晶を生み出すための条件をほとんど満たしていたなんて、まるで気が付きもしなかった…。」
 サンもこれには少し居た堪れなさのようなものを感じて、つい下を向いてしまった。実は自分もディオより少し先に、すべてのピースを揃えていたようなのだ。
 あの泉にはこの辺り一帯の魔力を集める力がある。つまり、魔力に還ってしまったダーレスはその後空の中に消えてしまったわけではなく、ずっと泉の中に囚われていたのだ。しかもそこにあったのは魔力だけではない。魔力を循環させ結晶の核と成り得る魔法、コトハの心臓までもが含まれていた。
 そうなればあと必要なのは時間と、そしてクリスの純粋な願いでしかなかった。
「…でも、あの後にこんなことなんて、普通誰も思いつかないですよ…。」
 一つ一つ紐解いていけば何ら難しいところのない話だというのは分かる。魔力の由来からしてこうなることはほとんど必定だったとさえ思う。クリスにプレッシャーを掛けてしまわぬよう、わざと彼は皆に黙っていたのだろうとも理解できる。だがそれでも、このくらいのことは言いたくもなる。
「うん、私もそう思う。ふふっ、彼には敵わないと分かっていたつもりだけど、まさかここまでだとは思いもしなかった」
 ダーレスも頷いてくれたが、彼はどこか嬉しそうだった。
「あるがままの世界を見つめる。簡単なようで、すぐさま誰にでも出来ることではないんだよ、きっと。だけど、彼にはそれがごく自然に出来るんだね」
 サンは頷いた。全て目の前で起きた事だというのに未だに信じられないような思いがあるのだ。だというのに、彼はその只中で当然のように笑っていた。
「ゆっくり世界を見ておいで。きっと、驚くようなことが無数にあるはずだ。彼だったら必ずそれを見せてくれるから」
「…はい!」
 サンはもう一度頷いた。
 だけど必ずまたここに戻って来よう。
 こここそが自分にとっての始まりだ。


 森の中、イノセントと一緒にキャロルがダーレスの家へと向かっていると、向かい側からサンの姿が見えて来た。
「サンちゃん!」
「え? あ、キャロルさん!」
 声を掛けると、彼女は歩きながらもにこにこと眺めていた本の表紙から目を上げた。そして慌ててその本を仕舞い込んでいる。
「こんにちは、サン君」
「あっ、い、イノセントさんもこんにちは…。」
 彼も挨拶したのだが、そちらに対する彼女の返事はなんだかぎこちない。いろいろとあったせいで、どういう風に彼と接すれば良いのか分からなくなっているらしい。
「ふふっ」
 イノセントもそのことが分かったようだ。少しだけ笑みを零してから改めて彼女に言葉を向けていた。さっき彼女が抱えていた本について聞いてみようとキャロルは思っていたのだが、もしかすると機を逸してしまったかも知れない。
「確かにいろいろとありましたけれど、私はここでサン君たちと出会えて本当に良かった。君の言葉、在り方に私はたくさんの勇気を与えて貰えた」
「い、いやそんな…! それはむしろ私の方です! イノセントさんといろんなお話が出来て本当に良かったです…! イノセントさんのような人が自分よりも先にいてくれたこと、自分と同じような想いを抱いてくれた人がいたということは私にとって本当に特別な励みになりました!」
 彼女は朗らかに口にしたが、言い切ってから気恥ずかしさが湧いて来たらしい。その後に少しはにかんだような笑顔を見せた。イノセントも同じ気持ちを共有したように、だが彼の方は静かに微笑んでいた。
 今になって急にキャロルは危機感を覚え始めた。本当のところ、この二人の関係とはいったいどういうものなのだろう。そもそも、この二人はキスしそうになっていたという話まであるのだ。互いに特別な存在であることだけは間違いない。
「あ、あのねサンちゃん!」
 ここは無理やりにでも割り込まなければ。実際、彼女には渡しておかなければいけないものもあるのだ。
「え、えっと、さっきイノセントさんとお話したことなんだけど――」
 そう切り出してから小さな麻袋を取り出すと、彼女の手の上にぽんっと乗せた。彼女はきょとんとしていたが、じゃらじゃら鳴るその音ですぐ中身に察しが付いたらしい。
「えっ! だ、駄目ですよ! こんなの受け取れるようなことなんて私何も――!」
「ううん、そんなことない。サンちゃんがいてくれて本当に良かった。」
 さっき抱いてしまった焦りとは全く別の、静かに心の底から湧き出るような思いだ。
「それにね、私の方も今回の報酬を受け取る訳にいかないっていうのもあるのよ。でも、イノセントさんはこういうのはちゃんとしなくちゃいけないって言うし…。それで相談したんだけれど、サンちゃんに渡すのが一番じゃないかって。」
「で、でも…。」
 彼女はやはり困ったような表情だ。いじらしい彼女に意地悪を言っているような気がして来るのだが、それでもこれはぜひとも受け取ってもらわなければ。
「もし後ろめたいようだったら、ディオのお小遣いってことにしておいてくれないかな? どうもあいつ、また一銭も持っていないみたいだしさ…。」
「えっ…? で、でもディオさん、さっき馬車用意しておくって自分の方から言ってくれましたよ?」
「い、いや、うん…。そういうの関係ないのよ、あいつには…。」
「え、ええー……」
 サンは言葉に詰まっている。十分に在り得そうな話だと思ったらしい。
「ほんとはディオに直接渡せれば良いとは私も思うんだけどね…。でも、そんなことしたら碌なことにならないのは今の内から目に見えているからさ…。まあ、あいつはお金なんてなくとも平気で生きていけるから、その点は心配ないんだけど…。でもそうなると今度はその分の被害を周りの人たちが受けることになっちゃうし…。」
「う、うぐぐ…!」
 サンが揺れている。自分で言っておいてなんだが、本当に貧乏神みたいなやつだとキャロルも思う。
「で、でもその…。私、街道の方でも騎士の皆さんにご迷惑掛けちゃっていますし、こういうのを受け取ってしまうのはまずい気がするのですけれど…。」
「あ、いえ、キャロルさんから私もあらましを聞きましたけれど、どうも騎士の方に落ち度がありそうですし、私は構わないと思いますよ?」
「う、ぐ、そ、そうですか…。」
 なぜか彼女はイノセントの方に助けを求めていたが、彼はしっかりと退路を塞いでくれた。
「わ、分かりました…。で、ではいただきます…。すいません、ありがとうございます…。」
 ついに彼女も折れて受け取ってくれた。
「うん、ありがとう!」
 キャロルの方がむしろ笑ってしまった。
「あ。もちろんだけど、ディオには秘密にしておいて、サンちゃんが全部自由に使っちゃって良いんだからね?」
「い、いえ! ちゃんとディオさんに渡しますので!」
「いや、サンちゃんが財布のひも握っておいた方が安心かなと思うんだけれど…。…まあ、うん…。この辺りは二人に任せるかな…。」
 あんまり二人のことに口を出し過ぎるのもお節介かも知れない、途中でそう思い直して口を閉じた。ただでさえ他人のお金の管理なんて気疲れするものなのだから。
「う、うーん、でもなあ…。…やっぱり、数日だけで良いから、とりあえずはサンちゃんの方で一旦預かるって形にしておいてくれないかな…。それで、その後どうするかはまた改めて決めることにして…。」
「……そ、その方が良いですかね…?」
 しかしさらに思い直してやはり付け加えた。サンも思うものがあったのか、これには頷いてくれている。ディオにはとても見せられないやり取りだ。だがこれも手間ばかり掛かるあいつが悪い。
「うん、その方が安心だと思う…。なんだかんだ言って、多少なら手元にあっても困るものではないしさ…。ごめんね、サンちゃん、ほんと迷惑ばっかり掛けて…。」
「い、いえ! そんな! 私、やっぱりディオさんと出会えて本当に良かったです。」
「もー、そんなのこっちが言いたいくらいなのに。ふふっ」
 いじらしいことばかり言う彼女の頬をキャロルはつまんだ。ディオがこうしたくなる理由も正直ちょっと分かる。
「う、あ、あの…!」
 イノセントの手前もあって恥ずかしがってどぎまぎしている。しかし無理やり手を振り払ったりは出来ないらしい。やっぱりかわいい。だというのに、時にはあのディオのことを振り回しさえするのだから本当に凄い子だ。
「ふふっ。でも良かった。すれ違いにならないうちにサンちゃんとまた会えて」
「う、ご、ごめんなさい…。その、ご挨拶に伺おうとは思っていたんですけれど、なんだかお忙しそうに見えてしまって、なかなか機会が掴めなくて…。」
 キャロルが手を放して話の向きを少し変えると、彼女はまた申し訳なさそうな顔に戻ってしまった。
「あ、ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないの」
 しかしそれにもまた笑顔で答えた。もうすべて片付いたこととはいえ、やはり騎士たちの中には来づらいというのもあったのだろう。
「それに、どうせまたすぐに会えるって、きっとね? そういう巡り合わせって本当にあるものなんだから」
「そ、そうなんですか?」
「うん!」
 普通の理屈からは離れていることかも知れないが、これは自信を持って言える。
「よし! じゃあ、これから行くっていうのにあんまり引き留めちゃっても悪いものね! じゃあ、また会いましょうね!」
「あ、はい! また!」
 キャロルが手を振って別れを告げると、サンもそれに応えてくれた。この場をずっと任せてくれていたイノセントも彼女に向かって小さく手を振っていた。
「…あ、あの!」
 しかし互いに元の道を行こうとしたその時、サンが振り返ってもう一度だけ声を上げた。
「そ、その、出過ぎたことかも知れないのですけれど、イノセントさんはこれからどうされるのですか…?」
 イノセントが彼女の方を向いて微笑んだ。
「いえ、実はまだ何も決めてなんていないんです。…でも、私はもう大丈夫です。」
 彼の目はサンではなく、自分の方を向いた。いつものように優しく、だけど初めて見せてくれるどこか茶目っ気を含んだ色だった。
「何があろうとも、ずっと。ね?」
「あっ」
 キャロルは頬がさっと赤く染まってしまった、自分でもはっきりと分かるほどに。
 きっと彼はとっくに気が付いていたのだ、自分がさっき不安を抱いてしまった事に。
「……ん…? …えっ…!」
 さすがに今のやり取りでサンにも勘付かれてしまったらしい。というよりも、彼はわざと彼女に伝えたのだ。
「よ、よし! じゃあサンちゃんまたね!」
 だが、キャロルはもう尻尾を撒いて逃げることにした。
「じゃあまた、サン君。」
「――…え? あっ、はい、また…!」
 あっさりとしたイノセントの挨拶と、何とか我に返ったばかりのサンの声が後ろから聞こえて来る。だけど今はとにかくここから早く立ち去らなければ。しかしすぐイノセントには追い付かれてしまった。そのまま彼はどこか楽しそうに、こちらの顔を覗き込むようにして微笑んだ。さっきの言葉でいつも以上に彼のことを意識してしまっているせいで、それだけであたふたしていると、その隙を突かれていつの間にか彼に手を取られている。
「う、あ、い、いじわるです…」
 完全にペースを握られてしまっている。赤い顔のままぼそっと呟くのが限界で、あとは彼に手を引かれるまま顔を伏せることしか出来なかった。とても後ろを振り向けないが、きっとこのやり取りもすべて彼女に見られている。
 だが、そのまましっかりとした足取りでリードしてくれる彼はただ楽しそうに笑っていた。


「今回の件、本当に申し訳ありませんでした」
 ダーレス宅を訪れたイノセントは、彼が迎えてくれた玄関で改めて頭を下げた。
「いや、そんな! 君が謝るような必要なんてないんだよ!」
 しかし彼はむしろ恐縮しきった様子で答えた。
「本当に謝らなければいけないのは私の方だ…。君が怒るのも当然だ。私はクリスのことを隠して、君を裏切るようなことをしていたのだから。君が怒るに違いないと分かっていたからこそ、より一層ずるい方法を選ばなければいけないと思っていたんだ…。本当にすまない…。」
「そ、そんな…。」
 謝罪しに来たというのに反対に謝られてしまうと、なんと言葉を続ければ良いのか分からなくなってしまう。それに、ダーレスの立場からしたら隠さなければいけなかったというのも分かるのだ。どんな伝え方をされようとも、きっとあの時の自分では結局似たような結末にしかなり得なかっただろう。彼には本当にそれ以外の道が無かった。
 するとその時、実は初めからずっとそこにいたのか、クリスがダーレスの足の影からひょっこりと姿を現した。
「あ、クリスちゃん…。ご、ごめん、君にも謝りたくて――」
「…なかなおり」
 イノセントが屈んで口にすると、彼女はすべてを言い切るよりも先にその小さな手を伸ばしてくれた。
「う、うん。ごめんね。…それと、ありがとう」
 そっとその手を握った。あたたかく、やわらかい。
 彼女は少しはにかんだような笑顔まで見せてくれた。
 小さな、しかし大事な握手が終わると彼女はイノセントの脇を抜けて、今度はキャロルの方へと向かって行った。
「あのお兄ちゃんのことが好きなの?」
「むぐっ…! …そ、そう、好きなの…。」
 不意を突かれたのか息を詰まらせつつも、彼女はまたさっきのように頬を染めながら嬉しいことを言ってくれていた。自分の前では結構こういうかわいいところを見せてくれる。
「えへへ」
 その様子が面白かったのかクリスはさらににっこりと笑った。そのまま彼女は門を抜け、外へと駆け出して行く。だが途中で彼女は足に風を纏わせると、まるで一歩一歩飛ぶような走り方へと変わり、あまりの速さにその姿まですぐ見えなくなってしまった。
「えっ…!」
 キャロルが目を丸くしている。
「あー、うん。魔法を教えることにしたんだ。今回のことがあったから、その方がむしろ危なくないかと思って…。」
 こちらから疑問を口にするよりも先に、ダーレスが答えてくれた。
「…でもクリス、今までも隠れて色々と魔法を使っていたんだと思う。覚えるにしても早過ぎるからさ…。…だから今回の事は、必ずいつしか起こり得た、本当に避けようのないことだったんだよ」
 ダーレスは静かに口にした。彼の優しいその目は、もうこの件についてこれ以上言葉など必要ないと告げてくれていた。
「それとごめんね、クリスが変なことを言っちゃって…。」
「あ、いえ、そんな」
 少し変わった話題にイノセントは笑って答えた。自分は照れくさいなどあんまり感じない方だ。いつもはきはきしているのに、案外こういう方面に関しては照れ屋なところのあるらしい彼女には少し悪い気もするのだが。
「あ。そういえばなんだけれども、コトハの件、どうしようか? たぶん今の君ならもう大丈夫だと思う。それに今は君が正しい継承者なようにも思えるし、別に持って行ってしまっても構わないよ?」
 その言葉で、すっかりそんなこと忘れていた自分に気が付いて驚いてしまった。
「いえ、それが…。その、ずっとお願いしていたのにこんなこと言うなんて失礼だとは思うのですけれど、どうやらもう必要ないようなんです」
「ははっ、そうだね。あんなのどうでも良いものさ。」
 ダーレスは笑ってくれた。
 ふと気になって振り返ってみると、キャロルも静かに微笑んでくれている。
(……本当にずっと心配してくれていたんだな…。)
 伝えたい想いが尽きないほどにある。待たせてしまった分、それ以上に。
「――じゃあ、代わりと言ってはなんだけれど、お茶でも飲んで行かないかい? この庭で飲むと美味しいんだよ」
「ふふっ、ええ。頂かせてください」
 イノセントも微笑みながら答えた。


「もー! あいつ遅いぞー!」
 また待たされっ放しのディオは一人で吠えた。
 ダンスも見つけて馬車の用意も出来たというのに、肝心のサンがまだ帰って来ない。
 やっぱりサンにくっついて行った方が良かったのかも知れない。言うと怒るが、なんだかんだサンはかなりのトラブルメーカーなのだ。少し目を離せば何を仕出かしているか分からない。
「う、うーん…、でも迎えに行くのもなあ…。」
 しかしこれはこれで過保護過ぎるように思える。なんだか前も同じようなことで頭を悩ませたような気もする。
 そこにちょうど、白い小さな影が森の方から飛び出して来た。
「ディオ!」
 その勢いのまま突っ込むようにして、彼女はこちらに抱き着いて来た。
「うおっと、クリスか。また一人でちょろちょろしてるのか」
「えへへ」
 彼女は甘えるように抱き着いたまま、こちらのことを見上げて嬉しそうに笑った。
「あ、でもあっちから来たってことはサンを見かけたんじゃないのか?」
「うん! いっしょにかけっこして来たの!」
 その言葉で森の方へと目を向けてみたのだが、サンが出て来そうな気配はまるでない。
「…サンがいないじゃないか」
「だってわたしのほうが速かったんだもん」
「えー…。」
 クリスは自慢げに答えてくれるものの、ディオとしては呆れることしか出来ない。
「あいつもクリスに負けるなよな…。」
「えへへ」
 クリスはまだにこにこしている。どうもサンに勝ったことを褒めて欲しいようなので、頭を撫ぜておいた。
「…ディオ、ありがとね?」
「うん?」
 今度はディオの服に顔をうずめながら、クリスが小さな声で口にした。
「ディオがいなかったら絶対こうはならなかったって、おとうさんが言ってた」
 ディオは笑った。
「ははっ。変なこと言うなあ。最後のあれはぜんぶクリスがやったんじゃないか。俺は何もしちゃいない。だからお前がダーレスに威張り散らしてやれば良いんだからな?」
 クリスは初めきょとんとした顔で見上げて来ていたが、最後には咲き誇るような笑顔で頷いた。
「――うん!」
「…く、クリスちゃん…! い、今何か魔法使ってなかった…? なんか滅茶苦茶速かったよ…!」
 そこに息を切らしたサンがやっとやって来た。
「なに負けたからって言い訳してるんだよー。大人げないぞー?」
「むぐっ…!」
 にやにやしながらディオがからかうと、サンは言葉を詰まらせながら悔しそうな顔をしている。
「で、でも…。ねえ、クリスちゃん、教えて…?」
「んふふ! ヒミツ!」
「え、えーっ!」
 クリスに断られた今度のサンの表情は情けない。ころころ変わる彼女の表情はいくら見ていても飽きないほどに面白い。
「またこんどおしえてあげる! …だから、また来てね?」
「あ、うん! 必ず! 絶対にまた戻って来るから!」
 今度は二人揃って仲良く指切りだ。
「もうダーレスとの挨拶も済んだんだな?」
「あ、はい! ダーレスさんもその方が良いって言ってくれました!」
 ディオが話を向けると、クリスの前に屈んでいたサンはすっくと立ち上がって元気に答えた。
 初めの彼女の目的は魔法使いを探すことだったはずだ。だが、今の彼女の顔には一点の曇りもない。二人の間ではどんな会話があったのかは分からないが、きっとこれで良いのだろう。
「それに、ダーレスさんこれくれたんです! ほら!」
 彼女は嬉しそうに一冊の本を取り出した。
「ん? なんだそれ? …あっ、魔法の本だな! おお、良かったじゃないか!」
「それに、読み終わったらまたおいでって、必ず次を用意しておくからって。…えへへ。」
 彼女は幸せそうとさえ言ってよいほど愛おしそうに、その本を両腕で抱き締めながら身をよじった。
「うぐっ…。――な、なんだよ、お前も…。」
 なぜかクリスまでにこにこして、こちらの様子を見上げながら足をつついて来る。
「――ディオさん、世界ってこんなに広かったんですね。私、今まで何も知りませんでした」
「もー、サンも変なこと言うなあ。ここはまだ一つ目の街でしかないんだぞ?」
「ええ、だからこそ」
 ディオは笑った。サンも屈託のない笑顔だった。
「もうこっちはいつでも行けますからね?」
 サンが来たことに気付いたらしい。ダンスが馬車から教えてくれた。
「お、そうだったな!」
 ディオはサンへと振り返った。
「よーし! じゃあ次に行くとするか!」
「はい!」


 完

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