それは冒瀆的な物語

だく

その12-3 最後の一手

 
 話も終わり、皆それぞれで一息ついていた。特にカイゼルとアルベはどこか別の部屋に移ったらしい。さっきからずっとクリスと一緒だったのでわざと話題にしなかったのだろうが、ダーレスとの付き合いが長かった分、本当は積もる話もあるはずだ。
 だがそんな中でも、ディオはクリスと一緒になって机に向かっている。
「なにしているんですか?」
 サンが二人の手元を覗き込みながら尋ねていた。
「ふふん。果たし状を作っているんだ。ま、『泉に来い』としか書いていないんだけどな。ほら、今度はクリスもなんか書いとけ」
「うん!」
 今度はディオと交代でクリスがその紙とにらめっこを始めている。
「え、さっきの話って、もうすぐに始めるつもりなんですか?」
「おう、早い方が良いからな。」
 当たり前のように言うディオにサンは当惑したような表情だ。だが二人はさっきあれだけ激しくやり合っていたというのに、どちらも互いに気兼ねしているような様子はまるでない。二人にとってはあの程度ただのじゃれ合いでしかないらしい。
(……すごいなあ…。)
 キャロルは少し離れたところで腰掛けながら、なんとなくぼーっとして二人のことを見つめてしまっていた。二人が出会ってからまだ三日しか経っていないなんてとても信じられない。
「できた!」
 クリスがかわいらしい、元気な声を上げた。
「よし、これで完成だ!」
 手紙を渡してくれたクリスの頭をディオが撫ぜている。クリスの方もご満悦そうだ。
(…ディオって、こういうところあったものね…。…ディオのこと、もともと私が心配する必要なんてなかったのかも…。)
 なんだか嬉しいような、だけどほんとはすこし寂しいような、そんな気持ちだ。
「じゃあ、後はこれをあいつの所に届けるだけなんだけど…。サン、なんか良い魔法ってないか?」
「えっと…、風に乗せて手紙を運ぶことは出来ますけれど、ここから一気にイノセントさんの部屋まで飛ばすようなことは出来ないですね…。少なくともさっきのあの部屋が見えるくらいの距離でないと」
 手紙をひらひらさせているディオにサンは答えている。
「そっか。じゃあまた街中まで行って来ないと駄目だな」
「え、えー…。今から行くんですか…? きっと騎士の人たちがたくさん見回りしていますよ…? さっきあれだけの騒ぎにしちゃったんですから…。」
「大丈夫だって。へーき、へーき」
 サンは言外に行きたくないと言っているが、ディオがそんなことを聞くはずも無い。
「よーし! じゃあクリスもかくれんぼ行くぞ!」
「うん!」
 ディオが声を張り上げると、クリスは彼の足に抱き着いた。
 少し不安そうな様子でサンがこちらに視線を送って来たのだが、キャロルは頷いた。クリスのことを心配してくれているのだろうがそれは問題ないだろう。
 むしろ、ディオのことなのでどこまで考えているのかは分からないのだが、多少忙しいくらいの方がクリスも寂しくならないはずだ。
「じゃあまた行ってくるからな。キャロルは留守番頼むぞ」
「はいはい。あんまり危ないことしないでよ」
 キャロルは大人しく見送った。ここまで来たらもう全てディオに任せるしかないのだ。
 アルベたちにダーレスの話をするのにも丁度良い機会だろう。


「おっ、あそこにも騎士がいるな」
「え、あわわわわ」
 ディオが指差すと、サンが慌ててしゃがみ込んで物陰に隠れた。クリスもサンの真似をしているが、こちらは楽しそうにくすくす笑っている。
「うーん、騎士だってそんな数なんていないはずなのに頑張っているな。よし、少し戻って迂回しよう」
「…ディオさん、やっぱり私が透明になるあの魔法使って詰所の近くまで行くのが一番良いと思うんですけれど……。」
「それは駄目だ。簡単すぎて面白くない」
「ど、どういう理由なんですか! いったい!」
「え、おねえちゃん透明になれるの?」
 みんなで一緒になって細い路地裏を行きながら、クリスはサンのことを憧れの色と共に見上げた。
「う、うん。ちょっとだけね? あ、そうだ! クリスちゃんも見てみたいよね?」
「うん! 見たい!」
 サンがクリスの事を味方につけようと姑息なことをし始めた。だがそう簡単にはやらせない。
「クリス、騙されてるぞ? 透明になられたら透明なところが見えないじゃないか。何も見えないのが透明なんだから」
「あ、そっかあ」
「な、なんで今ので意味が通じちゃうの! クリスちゃん!」
 半ばとんちみたいなやり取りにサンはついて来られないらしい。
「あ、じゃあ透明にならないで透明なところをみせて!」
「う、ぐぐ…! そ、それはちょっと出来ないかなあ…。」
 悔しさを噛み締めるような、だが困り切ったような表情でサンはクリスに答えていた。
「ふふん。それにサンのことを一人にするわけにはいかないからな。何仕出かすか分かったもんじゃないし」
「んなっ…! ディオさんにだけは言われたくないのに…!」
 ちょっとムキになった色を含んだ、本当にからかいたくなるような顔をサンはする。
「それなら昨日の自分の行動を思い出してみろよ。変な薬物には手を出すし、それで介抱してもらったからってあの男にはころっと騙されるし」
「だ、だから違いますって! 私、そんな風になんか全然思ってなくて――!」
「んー? なんかさっきと言っていることが変わってないか?」
「うぐっ…! それは、その…。…あ、あれはちょっと、つい意地になって言っちゃっただけであって…。」
 そわそわしながらサンの目は泳いだ。そのまま彼女は少ししょげたように小さくなって、不安そうにこちらの様子を伺っている。
「…ほ、ほんとうにそういうのじゃないんですよ…?」
「ぐ…。わ、わかってるよ、もう…。」
 …少し意地悪を言い過ぎたかもしれない。打算とかが僅かにでも入っていればまた頬をつねったりも出来るのだが、そういうのを抜きでこんな顔をされると弱ってしまう。もっと言えば、上目遣いでこんな顔するのはズルいと思う。
「んふふ、なかよしでたのしいね」
「むぐっ!」
「うっ!」
 クリスの一言に、なぜだか二人揃ってのどに何かを詰めたような声が飛び出した。
「ど、どこがだよ? 普通の会話だったじゃないか!」
「そ、そうだよ、もー! やだなー、クリスちゃん!」
 サンもすぐさま誤魔化すように明るく口にすると、そのままクリスの背中の方から手を回して彼女にぴったりと身を寄せた。
「えへへ」
 クリスは嬉しそうににこにこ笑っている。どうやら変に気まずくなってしまうようなセリフがさらに飛び出してくることはなさそうだ。
 サンのファインプレーにディオは目配せしたのだが、彼女にはむしろどぎまぎされてしまった。どうやら目が合ってしまった事で今更になってクリスの言葉を意識したらしい。
「な、なんだよ、サンまで…。もー…」
「べ、別に私は何も…。」
 そう言いながらも、そっぽをむくサンの頬は少し赤い。こっちまで気恥ずかしくなって来るので止めて欲しい。
「えへへ」
 クリスはやっぱり笑っていた。
「なにがそんなに楽しいんだよ、クリスは…。――ん? あっ! 誰か近付いて来ているみたいだな…! ほら! 隠れろ隠れろ!」
 結局変な居心地の悪さを感じてしまっていたその時、ふと気づいた感覚にディオは言葉を切り上げ指示を出した。
 みんなでばたばたと道を戻り、曲がり角から頭を三つ並べてこっそり覗いていると、案の定一人の騎士が姿を現した。しかしその姿には見覚えがある。
「なんだ、ポロロか。…サン、魔法の試し撃ちにちょうど良いんじゃないか?」
「や、やりませんからね! そんなこと!」
 小さな声とはいえ二人で言い合いしているのにポロロは気付く様子も無い。きょろきょろとせわしなく辺りを見回しているものの、その様子はどう見たって浮足立っている。あれではきっと目の前で何が通り過ぎようとも何も見つけられないだろう。
「あっ、そうだ」
 ディオはふと思いつき、隠れるのをやめて道の真ん中に飛び出した。
「え、ちょっと…!」
「よお、ポロロ。どうかしたか?」
 止めようとするサンの声が後ろから聞こえたが、ディオはごく普通の挨拶のようにポロロへ声を掛けた。
「え、あっ…、ディオさん…。」
 ポロロは少し涙ぐんだ様子で応えたが、こちらに掴み掛って来ようとする様子も無い。やはりディオの読み通り、キャロルに眠らされたタイミングから言って自分たちが騎士と一悶着起こしたことは知らないらしい。
「どうかしたのか? 誰かを探しているみたいだけど」
「そ、それが…!」
 ポロロは捕えていたギルが脱走してしまったことだけをぽつりぽつりと心許なげに話し始めた。その様子を見ていたサンも大丈夫だと分かったのか、少しディオの陰に身を隠しながらも、クリスと一緒にポロロの前まで出て来た。
「――ご、ごめんなさい…。で、でもイノセントさんの様子もおかしいみたいで…、それで他の皆もどうすれば良いのか分からないみたいで混乱しちゃってて…。」
 指揮系統の混乱も起こっているようだ。ポロロも誰かに今の不安を打ち明けたいというのもあったのだろう。
「……ごめんなさい…。一般の方にこんな話をしてしまって…。あ、あの、ディオさんはどうしてこんな時間に?」
 一通り話し終えてある程度でも気持ちが落ち着いたらしい。今度はポロロの方から尋ねて来た。
「俺たちもそのイノセントってやつに用があるんだよ」
「えっ?」
 ポロロは少し驚いた様子で聞き返して来た。サンも後ろからディオのことをつついてそこまで言って良いのかと目で訴えて来ている。クリスも一緒になってつついて来ているが、こちらはただサンの真似をしているだけだろう。だが、たぶんポロロに話すのは大丈夫な気がする。間が悪く何度もひどい目に合っているが、かなりしっかりしている方だと実はディオも思っている。
「ほら、最初に会った時、ポロロはあいつからの手紙を持っていただろ? そこに書かれていた魔法に関することで少しあいつと揉めているんだよ。」
「ま、まさかイノセントさんがそんなことで…!」
「で、でも本当にそうなんです…。」
 ポロロはすぐに反発しそうになったがサンが援護に回ってくれた。
「その魔法は使われることは無いはずの、いわゆる禁じられたものだったんです。でも、意図せずともそれと同じような結果に辿り着いてしまっているのをイノセントさんが知ってしまって…。」
「ああ、大体そういう感じらしい。それで、その話の中心にいるのがクリスなんだ」
 ディオはポロロに示すようにクリスの頭にぽんっと手を置いた。彼女は顔を上げてあどけない表情をディオに、次いでポロロに向けた。
「まあ、どういう理屈でケンカみたいになっているのかって話は正直俺も良く分かっていないんだけどな。詳しく知りたいんだったら後でサンから聞いてくれ。というのも、ポロロにこんな話をしたのもちょっと頼みたいことがあるからなんだ」
 そう言ってディオは先ほど用意した手紙を取り出した。
「こいつをそのイノセントにまで届けてくれないか。中にはただ泉に来るようにと書かれているだけだ。そいつの様子がおかしいっていうのも、今俺たちがした話が関係しているはずだ。」
 ポロロは困惑しきった表情でも手紙を手に取った。
「本当は何が起こっているのか知りたいんだったら、まずはあいつにそれを渡してくるのが一番早いぞ。もちろん後で詳しく説明してやるから。俺からの言葉じゃいまいち信用できないならキャロルにでも聞いてみればいい。あいつもこっちにいるから。」
 葛藤していた様子を見せていたものの、ついにポロロも頷いてくれた。
「わ、分かりました…。すぐに戻って来ます」
「おう、俺たちはここにいるからな」
 ポロロはもう一度頷いて駆け出して行った。
「……ディオさんって、実は結構交渉上手ですよね…。」
「ふふん。俺は何でも出来てしまう男だからな」
 得意になっているディオとは裏腹に、サンは感心しているというよりはただ胡散臭そうに人を見るような目をしていた。なぜかクリスまでディオのことをじーっと見上げていた。
 ポロロは口にしていた通り十分もしないで戻って来た。
「…イノセントさん、必ず泉に行くと言っていました」
「おう、ありがとな」
 しかしポロロは少し俯いたままだった。
「…手紙を渡した時、いつもの優しいイノセントさんに戻ってくれていました。…でも、『自分で正しいと思う方を選びなさい』って言って、それだけで…。」
「ほーう? それで? ポロロはどうしたいんだ?」
「…僕は……。」
 ディオに訊かれて少しだけ言い淀んだものの、ポロロはしっかりと目を上げた。
「何が起こったのか、その話をまずは聞かせて欲しいです。どうするにしても、まずはその話を知らないと動けないような気がします」
「おう、もちろんだ。別に話と引き換えにこっちの味方に付けなんて言わないからな」
「…ええ。でも、もしそうしなくちゃいけないと思ったら、僕もそうさせて下さい」
「ははっ、なかなか肝が据わっているじゃないか」
「…正しさそのものになんてなれないからこそ難しくとも出来る限りの事をしなければいけない、イノセントさん自身がそう教えてくれたんです」
 ディオは少しだけ笑みを浮かべた。
 目的は果たしたのでダーレスの家への帰路に就くことにした。事情を説明するためにもポロロとサンは少し先を歩いている。例え他の騎士に見つかったとしてもポロロが隣にいれば問題は無いだろう。ディオは先ほどから急に大人しくなってしまったクリスを肩車し、二人から距離を取って歩いていた。
「………ねえ、ディオ…。」
「んー?」
 街を抜け森の中に少し入ったところで、クリスが少し静かな声で、頭に抱き着くように甘えて来た。
「………ううん、なんでもない」
「………。」
 ディオはクリスのことを降ろすと、彼女と目線の高さを合わせるように自分もしゃがみ込んだ。
「…クリス、我慢なんてしなくて良いんだからな」
「………おとうさんもね、さっきディオがしてくれたみたいに、よくあたまをぽんぽんってしてくれたの…。」
 俯きながら答えてくれた彼女が顔を上げてくれた時、その目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「…おとうさんに、あいたいな……。」
 ディオはもう一度、彼女の頭に手を触れた。

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