それは冒瀆的な物語

だく

プロローグ

 
 洞窟の外からは光が差し込んで来る。
 それを背負って立つその男は、まさに神の遣いのように見えた。いくつもの罪を重ねて来た自分達に、ついに天罰を下すためにやって来たようにしか思えなかった。
 彼は唐突に現れた。そして嵐のように、その剣でもって仲間たちを次々となぎ倒して行く。きっと自分もこのままでは同じような末路を辿ることになるだろう。それは分かっていながらも、身体を動かすことも出来ず、ただただ心の中で呟くことしか出来なかった。
 ああ、神さま。
 オレはたくさんの悪いことをしました。飢えを凌ぐため、たった一度だけのつもりで盗みを働きました。するとまるで濁流に押し流されていくように、今いるここへとやって来てしまったのです。心から誓って悪人になろうなどと思っていた訳ではないのです。オレ達は今や完全な悪人かもしれませんが、それも全て生きるために選んだ道なのです。正しく、誠実では生きていけないから山賊などになってしまったのです。本当に、昔は誰もが善良だったのです。
 …だけど、神さま。
 オレはあの時どうすれば良かったのでしょう? あのまま清く、正しいまま死んでいった方が良かったのでしょうか? オレはあそこで飢え死にしてしまった方が良かったのでしょうか。
 その正しい道を選べなかったがために、オレは今裁かれようとしているのでしょうか?あの時に盗んでしまったパン一個は、ここに繋がるまでの全ての罪を背負ってオレの腹の中に納まってしまったのでしょうか? オレの命はそのたった一つのパンのために裁かれようとしているのでしょうか?
 …神さま。
 こんな事、思ってはいけない罰当たりな事だとは分かってはいるのです。だけど、だけどどうしても、小さく卑劣な人間であるオレには理不尽な事にしか思えないのです。…例え、これが天罰であろうとも。
 だって悪事を行いながらも立身出世していく人々も多くいるではありませんか。心に何の痛みを感じることも無く、人を騙し、私腹を肥やす人間はたくさんいるではありませんか。ここにいるオレ達の中にだってそういった私利私欲の被害者がいるのです。それが原因で、ここまで堕ちて来ざるを得なかった奴だっているのです。それだというのにあなたは彼等を裁かず、なぜオレ達の方ばかりに目を掛けられるのですか?
 ……神さま。
 みんなが悪い事をしているのだからオレ達だって許される、などと言えない事は分かっています。絶対であるあなたの前でそんな事が何の意味も為さないことは分かっています。やはりオレ達は、悪い事をそれなりに積み重ねて来た悪人なのです…。
 …だけど、それでも良心は捨ててはいなかったのです。ここにいる誰もがみな、守るべき一線は本当に守っていたのです。悪い事をすればみな、胸に苦痛をしっかりと感じていたのです。きっと、こんなこと人に話したって誰も信じてはくれないでしょう。だけど神さま、あなただけは全てをご存知のはずでしょう? どうか、どうかこの事を少しだけでも汲んで欲しいのです…。
 ただ祈った。
 自分に向かって物凄い勢いであの男が肉薄して来るのが見える。だが身を守るために動くことなんてとても出来なかった。ただ膝を折り、手を組み、そして祈ることしか出来なかった。そんなにはっきりとした信仰心なんて今まで持っていたわけでも無い。だが自分の命に危機が迫りつつあるというのに、そのこともはっきりと分かっているというのに、自然とそう身体が動いてしまった。神の御使いのような彼の前だったら、自分の思いも全て正確に神さまへと伝えられるような気がした。
 すぐ目の前にやって来た彼の口が開かれた。
「なははははっ! おりゃあ! お宝よこせー!」
 あっ、ああ! 違う! こいつそんな奴なんかじゃない!
 すぐさまそれが分かったのだが、なぜかその事にほっとしてしまった。
 しかしそのまま隙だらけだった所を、容赦なく振り回された彼の剣にぶん殴られて意識は奪われた。

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