ファンタジー生物保護ってなんですか?

真白 悟

第34話 第二の被害者

 病院の中へ入ると、すぐに受付がある。当たり前のことだが、僕たちの他にも病院に用事がある人が多く、すぐに受付に話を聞けるような状況ではなかった。
 僕たちは、数人並んでいた列の一番後ろにつくと、すぐに受付の女性のところまでたどり着くことができた。受付なんてものは受け付けるだけだからさほど時間もかからないということだ。だが治療を受けたりするとなると話は別だろう。今まで僕の前に並んでいた人たちは、次々にソファーへと流れていった。
 僕は待たされる患者たちを見ながら、待ち時間が長いという点でもこの病院だけは避けたいところだ……なんてことを考えていた。今思えばどうしてそんなことを考えていたのかはよくわかならない。
 とにもかくにも、次は僕たちの番だ。
 受付の女性はかなり愛想が良さそうで、いかにもナースといったような、少女がなりたい職業ナンバーワンだかナンバーツーだかであることに誇りすら持っていそうなぐらいに、ナースナースした美人なお姉さんだった。
 実際のところ、僕はあまり看護師という職業にあまり興味もないが、少しだけ興味が湧いた。いや、別に下心があるというわけではない。ただ単に、サービス業もさながらの愛想の良さに将来性を悲観したというだけのことだ。

「あのう、ここに入院されている一ノ瀬(いちのせ)さんのお見舞いに来たのですが……」
 僕の頭の中の情報量をまるで意に介さない先輩が、にこやかに要件を聞いてくる受付にそう尋ねる。すると、受付は不機嫌そうな顔で問い返してくる。まるで先ほどとは別人のような敵意むき出しの表情だ。
「一ノ瀬さん? ああ、零(しずく)ちゃんのことね。あなた達もお友達なのかしら?」
「私達も……とはどういうことですか?」
 受付の物言いが気になったようで、先輩が問い返す。
 確かに、先輩と同じで、受付の言葉は気になったが、質問に質問で返すと話が進まない。気になることを一つ一つ尋ねていたのでは時間はいくらあっても足りないだろう。僕たちはそれでもいいのだが、受付の人はそうも行かないだろう。
 少なからず、仕事をしている女性にとってみれば時間は無限ではない。なぜなら、彼女には僕たちを受け付けるという仕事しかないというわけではないからだ。僕たちの後ろに並び始めた数人をちらっと見る女性の目つきからして、かなり焦っているようすだ。敵意はまだあるが、それよりも焦りのほうが上回ったのだろう、彼女は困り顔で必死に説明する。
「いいえ、ごめんなさい。他の人にも伝えているのだけれど、彼女は面会謝絶なの。ここに来たってことは知っているとは思うけど、重症で意識もなく、目覚める見込みもない。友達にこんなこと伝えるのもどうかと思うけど、植物状態ってやつでね」
「そんな……そこまでひどかったなんて」
 あまり受付の人の敵意ってやつを買うのは上等な手段ではないだろうとおもい、僕はわざとらしく何も知らなかったかのように悲観したかのような声を上げてみせた。先輩は何か言いたそうな目つきでこちらを見ているが、今は出来るだけ穏便に済ませるべきだと僕が判断した。
 相手の女性も、僕の思惑に気がついたようで、それとなく僕たちに言いたいことを言ってみせた。
 
「だからね、こんなこと言うのは冷たいと思うかもしれないけど、あったところで悲しくなるだけよ」

 結局、見かけ上は大した収穫もないままに、僕たちは病院をあとにした。
 病院を出ると、太陽はすでに沈み始め赤く空を染めている。それほどまでに長い間、病院にいたということだ。全く面白くない。僕はせっかくの放課後を無意味に過ごすことなんて許せない。
「ゲームばかりして過ごすのは無意味では?」
「いや、ゲームとかの虚構は僕にとって唯一有意義なものですよ。嘘も本当もありませんからね」
 リアルなんてクソゲーだ。だとは言わないが、それでも嘘がわかる僕にとっては行き辛い世の中には違いない。
 先輩は絶妙な顔つきで僕を睨みつけているような、それでいてどうでも良さそうな顔をしている。僕が言った冗談とも取れる言葉を聞いて、複雑な気持ちになっているのかもしれない。
 ともかく、気まずい雰囲気で帰路につくというのは僕としても避けたいところではある。同じ年代で唯一の仲間である先輩と気まずくなって、そのまま疎遠なんてことは避けたいからだ。――僕だって1人は嫌だ。
 話を変えないと。

「それにしても、田中の言い草だと、簡単に通してもらえるような感じでしたが……」
「やっぱり会わせてもらえませんでしたね」
 僕とは違い、先輩は会えないということに確信を持っていたらしい。それだったら、やりようはいくらでもあったと思うが考えないようにしよう。それにしても……
「先輩はかなり食い下がっていました……あそこまでしたからには収穫はあった。そうですよね?」
 僕が止めるのも聞かず、先輩は何度も受付の女性に頼み込んでいた。先輩らしくない行動にも思えるかもしれないが、これほどまでに先輩らしい行動もそうはないだろう。彼女は自分を卑下したわけではない。相手に対して取るに足らないものだと錯覚させるためにそうしたのだ。
 誰だって、一生懸命に頼む相手に対して悪い気持ちを抱くことなどあるはずもない。それがマイナス的かどうかはさておいて、ともかく懇願されるというのは嬉しいことに違いないからだ。
 あそこまでわかりやすい嘘もないだろう。僕の能力なんて使うまでもないほどに、あの受付の看護師は嘘つきだ。まるで僕たちのようなものが来ることを知っていたかのように、役割を果たすかのように、僕たちに偽の情報を渡した。
 そもそも、看護師という役職柄、患者の情報を簡単には口に出来ないはずだ。それがどのような患者であったとしても、話す相手が僕たちのような子供相手だからといって話すわけがない。――いや話してはならないのだ。

「守秘義務違反ですね」

 いつものように心を読むという悪質極まりないことをしておきながら、先輩は腰に手を当てながら格好つけたようにそう言った。
 確かに、患者の情報を赤の他人に話してしまったのなら、先輩の言うとおり守秘義務違反になるということだ。だからこそ、今回の看護師の言動には何ら問題がなかった。そう言い逃れされたなら、普通の人間なら納得せざるを得ないだろう。
「彼女は本当のことは一切口にしなかった。そこが面白いところですね。僕たちみたいな怪しい人間なんて、適当にあしらってもいいはずなのに、どうして彼女は嘘なんていう手段をもちいたのか……まあ僕にはまるでわかりませんが」
「そうですね……そうなると、あの女性は私たちのことを知っていたということになりますね」
「まあ、そうなんでしょうけど……根拠はあるんですか? 心を読んだとか」
 証拠がなければ、すべて憶測にすぎないのだ。
「まったく読めませんでした」
「……え?」
 あっけらかんと話す先輩に、僕は思わず聞きなおしてしまう。

――読めなかった?

「そうです、読めなかった」
 困ったかのように笑いながら、彼女は再び同じ言葉を繰り返した。
「そんなわけないじゃないですか!」
 僕は思考の奥底から意識を取り戻すと、彼女の言葉が嘘ではないということを知りながらも強く否定した。
 確かに、先輩の能力はかなり限定的で、親しくなければ表面的な心ぐらいしか読めないが、全く読めないなんてことはそうそうないはずだ。田中のように能力を封印するすべを知っているのならいざ知らず、一介の看護師が知りえる情報ではないはずだ。
 いいや、もう一つだけ先輩の力を無効かする方法はある。それは激しい敵意を持つということだ。

「最初こそ読めましたが、一ノ瀬という名前を出した途端に何も読めなくなりました」
「めちゃくちゃ怪しいですね」
「名前を出しただけで敵意を向けられるなんてことはないと思うのですが……何らかの存在が介入しているということでしょうか? ……それなら楽しめそうですが」
 先輩はほくそ笑む。
 また彼女の悪い癖が出たようだ。どのような状況であっても、難題を楽しむという癖が。

「――あたしは楽しくないなあ……」

 全く聞き覚えのない女性の声が、背後から飛び込んできた。声の質からいってかなり若い女性だろうが、かなり気だるげだ。まるで、面倒事をかたずけるような、どうでもいい仕事をさっさと終わらせたいといったようなそんな感じと言えばわかるだろう。
 ともかく、僕たちが振り向いた方向には、金髪の若い女性が立っていた。もちろん知り合いではない。だが、その日本人離れしたような白い肌や整った顔は見た覚えはある。

「タイミングがよすぎるな」
「わざとでしょうね」

 僕と先輩は女性に聞こえないぐらい小さな声でつぶやいた。

「まあ、そういうことだ。めんどうくさいけど仕事だからねえ……貴重な休息をつぶしてまで下りてきてあげたんだよ」
 気だるそうな表情で女性は言った。せっかくの端整な顔が台無しだ。
 だがしかし、それを指摘できるほどの余裕が僕にはない。なんていったって、相手は僕たちが会いに来た第二の被害者である一之瀬 零なのだから。

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