ファンタジー生物保護ってなんですか?

真白 悟

第29話 田中という男 1

 家を後にして、少し経ったが依然としてどこに向かっているのかを先輩は教えてくれない。もちろん僕も自分で考えはしたが、この道のりを考えたうえで導き出される答えは一つで、学校に向かっているとしか思えない。
 学校に探偵である田中がいるはずもないだろう。
 学校が依頼しているのならありえない話しでもないが、学校が探偵を雇うなんてことはないと思う。何か問題があれば警察を呼んだ方がいいだろうし、探偵なんてよくわからない者を学校に招き入れるのもどうかと思う。

「まさか……宮下に会いに行くわけでもないですよね」

 先輩に訊ねてはみたものの、それこそありえないことだろう。今会いに行っても何ら意味などないだろうし、宮下が今回の事件にかかわっているという証拠もない。先輩の能力自体が証拠みたいなものだけど、それすら彼女の前ではまともに発動しないのだから。
 先輩は首を大きく横に振った。
「それもありだとは思いますけど、それよりも今一番会うべき人がいるとは思いませんか?」
 誰のことを言っているのだろう。僕には到底わかりそうもない。
 僕が首をかしげていると、先輩は再び歩み始めた。
 黙り込んだ僕を見て、僕が理解したと勘違いしたわけではないだろう。それなら、僕に呆れたのだろうか……、はたまた面倒くさくなったのだろうか。
 これじゃあ僕は先輩の荷物でしかないな。

「そんなことありませんよ。誠君がいなければ先生のことを思い出さなかったでしょうから。誇っていいですよ、誠君には私に欠片を見つけさせる才能が有りますから」
「先生? 欠片?」
「真実の欠片ですよ。私は探偵でも何でもないので、それを見つけるのには苦労しますけど、誠君がいることで簡単に見つけだすことができます。事件の真相はまだ見えませんが、それでも先生に聞いておかなければならないことがありますよね?」
「なんです、それは?」
「先生と田中さんに共通するもの……それはなんでしょうか?」
「……能力が通じないってことですか」

 確かにそうだ。そういえば、先生は政府がどうだとか、こうだとか言っていた。
 つまるところ、先生の力は政府から支給された物だということになる。それを使える田中は政府関係者かもしくはそれに準ずるもの……だったら、どうして僕たちに依頼なんてものを出したのだろう。
 僕は歩みを全く止めることなく歩き進める先輩の後を必死で追いながら、小さな脳みそで必死に考える。

「そうです、ですから二人がつながっている可能性は十分にあります。とはいっても、一方的なつながりかもしれませんけどね……だからこそ早めに確かめておきたいんですよ。今回の事件は私たちだけではどうにもなりませんからね」

 先生が田中を知らない可能性があるということか……それもそうだろう。もし、探偵として身分を偽って僕たちに会いに来るような人間だとするなら、先生という一地方公務員に過ぎない先生より格が上という可能性だって十分あるし、逆に詐欺師とかの犯罪者敵な協力者だったとしても、先生にはその存在を知らせないかもしれない。
 すべて『もしかしたら』の話に過ぎないが、十分にあり得る話だ。
 とにかく、先生のもとに急いだ方がよさそうだ。先生がまだ授業を行っていない時間に会いに行かなければ長い間待たされる可能性だってある。今の時間なら先生は職員室にいる。それは先生に怯え先生の行動パターンを頭に叩き込んだ僕にだからこそわかることだろう。
 だが、先輩も知っている風な口ぶりだった。授業にきちんと出席している先輩にそんなことがわかるはずもないし、僕は今まで先輩の前でそんなことを考えたことはない。先輩に心を読まれているということは考えにくい。
 しかし、だったらなんで先輩は知っているのだろう。……まあいいか。
 いつのまにか学校の前まで来ていた僕たちは、ひとつ重要なことに気がついた。僕は私服でさらには遅刻しているわけだから、校門から直接入るわけにはいかないということだ。
 よくよく考えれば、先輩は最初から学校に来るつもりだったのかもしれない。だからこそ、制服のままでいたということもありうる。――だったら、僕にもそれを教えて欲しかった。
 先輩は臆することもなく学校の側面にあるフェンスを乗り越えようとしている。僕のいる位置からだとスカートの中が見えそうだが、ギリギリのところで見えない。

「どうかしましたか?」

 とぼけたように先輩は僕を見る。僕が何を考えているかはわかっている筈だが、気を使ってくれているのだろう。
 僕は苦笑いをしながら先輩の後を追った。

「さて、どうにか間に合いましたね。あと十分で先生の授業が始まります。もしかしたら非常に忙しいかもしれませんが……そこは僕と先生のなかだ。まあ何とかなるでしょう」

 もうダッシュで職員室まで来たはいいが、何となく入り辛い雰囲気を醸し出しているのが職員室だ。
 僕なんて指導を受ける以外ではほとんど入ったこともないし、出来れば自主的に入りたいところでもない。それを私服で先生のいる時間帯に、遅刻したうえで入るなんてそんなマゾめいたことは絶対にしたくないわけだが……今回は先輩も一緒だ。怒られることもないだろう。
 先輩はなんて心強い存在なのだろう……できれば次遅刻した時も一緒に職員室に付き合ってもらえないだろうか。

「私がいたって意味はなさそうですけどね」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「それは……」

 先輩が口にしかけたところで、僕の背後から人影が先輩の方に伸びた。
 僕は嫌な予感がして、ゆっくりと振り返る。最初に目に入ったのは持ち上げられた拳だ。それが僕の頭上へと振り下ろされるがスローモーションで見える。
 ゴチン、という音とともに、僕の頭に強い衝撃が生じた。

「何でもかんでも何とかなると思われるのは心外だからな……話は聞いてやる。だけど、遅刻したことと、その格好のことは何とかならないってことを教えてやるよ」

 鬼の形相の先生が立っていた。
 僕よりも身長が低いのにどうしていつも垂直に頭を殴れるのだろう。あまりの痛みに僕はそんなよくわからない疑問を抱いていた。

「って、もう十分教えられましたよ!!」
「いいや、これだけ殴ってもわからないということは、殴ってもわからないということだろう。本当は強制的というのは嫌なのだが、お前は今日から補習してもらうことに決まったよ。校長は渋っていたが、俺が全責任を負うってことで押し切ってやったよ」
「いやいや、ならなんで殴ったんですか!? てか、補習!? 雑用までしてるのに、そのうえ補習!?」

 いくらなんでも理不尽すぎるだろう。僕は絶対に補習なんていかないぞ。

「サボったら……」
「――ちょっと待ってください先生!!」

 先生が恐ろしいことを口にするのを先輩が止めてくれた。なんといっても、やっぱり先輩は優しいから僕のために補習はやめさせてくれるのだろう。よかった。

「補習は決定事項だぞ」
「それはもちろんかまいません。私も同じ罰を受けましょう……どんな事情があろうと、無断で遅刻してしまったのですから。ですが、それは明日からにしてもらってもいいですか?」

 もちろん先輩が僕のために口をはさんだわけじゃないことは知っていた。でもなぜだろう、ものすごくさびしい気がしてならない。心というやつがそんな気持ちを持たせているのだろうか。
 ともかく、先生に聞かなければならないことがある。

「何か質問でもあるのか? 俺から葉月に教えられることなんてないと思うがな」
「いえ、そんなことありませんよ。先生から教えてもらうことはどれも素晴らしいことばかりです。……ですが、今回はそうでもありませんね。できればこんな質問もしたくはありませんでした。先生……田中さん……いえ、今回の依頼者についてご存知ですね?」

 先生は何かをあきらめたかのように、大きくため息をついた。

「ああ……俺の知り合いだ。昔からの、な」
「本当は何者なんですか? 僕に対して嘘を全くつかない人間なんてありえませんし……」
「それに、あの人はまるで心を開きませんでした。私が心を読めたのもほんの表層だけです。そこから読み取れることもほとんどありませんでした。あれが能力者でないとするなら、特殊な訓練を受けた人……としか思えません」
「当たり前だ。あの人は俺の保護者兼師匠で、公安警察なのだから」
「公安警察……政府に対する犯罪者を取り締まる警察のことですか?」
「ああ」
「どうしてそんな人が身分を偽って……それも僕に嘘を見破られないように接触してきたんですか?」
「それは…………悪いが教えられない。一つ言えることは、今回の依頼自体、あの人が俺に持ちかけた話だということだ」

 そりゃそうか、警察が関わっているということは秘密もいっぱいあるということだろう。――だったら、なんで僕たちを巻き込む……理由はなんだ?

「僕たちには知る権利があると思いますけどね……」
「それはわかっている」

 先生に申し訳なさそうに言われると、なんだか、僕が悪いことをしているように感じてしまう。そりゃ先生にも立場ってものがあるのも理解できるが、そんなにやばい話というのなら、巻き込まれた僕たちはたまったもんじゃない。
 いくら政府が関わっている秘め事だとしても、せめて当事者である僕たちには話してくれてもいいと思う。
 しかし、だからと言って先生の立場が危うくなるようなことを聞き出すというのも後ろめたい。

「どうしましょう……先輩……」
「そうですね……これ以上先生に迷惑をかけるわけにも行きませんし…………地道に探るしかないかもしれませんね」

 言葉とは裏腹に、先輩は何だかうれしそうだ。いつものように何か思惑があるのだろう。今回ばかりは僕にも何となくわかった。

「ええ、これ以上ここにいても時間の無駄ですし、最初から作戦を練り直さないといけませんね」

 もう面倒くさいし、早く学校から出ていきたい気分だ。先生が話してくれるだけでもかなりの進展なのに、それも無理ときた。
 妹の頼みもあるとはいえ、若干面倒くさくなってきたな。
 先輩も疲れているみたいだし、一度僕の家に戻るべきだろうか……。
 先輩が歩き始めたのを確認して、僕は後を追うように先生に背を向けた。

「まて……」

 もう少しで校舎から出るかといったところで、先生がしびれを切らしたようにつぶやく。
 僕の前では先輩が足を止めた。先輩の顔はまるで見えないが、きっと何もかもが自分の思い通りに行ったことを確信したような顔をしているに違いない。

「確かに、俺はあの人の正体について誰かに話すことは出来ない。だが、たった一枚の紙を渡すことまでは禁じられていない」

 先生は全く後ろを振り向かない僕の手に何かを入れ込んでそのまま立ち去って行く。
 チャイムが鳴り響いたのは先生がいなくなった数秒後のことだった。

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