ファンタジー生物保護ってなんですか?

真白 悟

第28話 嘘

 妹はしぶりながらも学校へと向かった。
 僕たちもゆっくりしている時間はないだろう。学校に遅刻するからということではない。おそらく、今日は学校を休まなければならない。先輩も同じ覚悟をもって僕の家に来たはずだ。だったら僕もそれ相応の対応を取るべきだろう。

「それで、あてはあるんですか?」

 僕は外出の準備を始める。もともと学校に行く準備はしていたわけだから、制服から私服に着替えなければならないということだ。先輩は制服を着ている……というよりも、制服以外を着ているところは見たことがないわけだが、僕までそれに習う必要もないだろう。
 まあ、先輩が制服を着ているのなら、僕が私服だろうが警察に見つかればかなり面倒なことになることだろう。
 先輩はそんなことまるで気にしていないように、のんきに鼻歌を奏でている。
 僕の心は読めているだろうに、どうしてそんなに落ち着いているのだろうか、なんてことは考えるだけ無駄だ。

「あてなんてありませんでしたよ……私が心を読める相手というのはとても限られていますからね。私と仲良くしたいなんて相手はそれほどいませんからね」

 笑えないジョークだ。相手が僕だからまだましだが、普通の人間が言われたら罪悪感が半端ないだろう。
 話題を変えるために僕は咳払いをした。

「えっと、鈴木さんとは連絡は取れたんですか?」
「いいえ、その点もかなり不審です。そもそも、山田君の心からも、お兄さんの心からも彼の存在は読み取れませんでした。状況が状況ですから、自分たちが雇った探偵のことなど心の奥底にあったのかもしれませんが、それでいてもおかしな点は多いです」

 僕は先輩が山田兄弟の心をどこまで読めているか、妹からどのような話を聞かされたのかを詳しく知らないため、僕が持っている情報と先輩が持っている情報にどれほどの齟齬があるのかわからない。だからと言って、仲間である先輩にまで情報を出し渋ることはないのだが、それでは先輩の利点をつぶしてしまいかねない。
 まあ、そんなことを考えていても、僕にはそれを生かす頭もないのだからこれから身に着けていくしかないだろう。
 言葉を探す僕を待っている先輩は、嫌な顔一つせずに待ってくれている。だったら、僕は自分の頭の中に浮かんだ疑問を吐き出すだけでいいだろう。

「遠縁のおじさんが雇ったという可能性はないんですか?」
「それもあり得ます……だけどそれは些細な問題にすぎません」
「なら何が問題なんですか?」

 先輩は少しだけ苦い顔をする。自分の失態を思い出すかのような顔だ。
 そして、先輩は一瞬にしていつもの表情に戻る。後悔先に立たずということだろう。つまるところ、後悔ばかりしていても何の役に立たないということだ。それでも先輩が時折見せる表情は、次に生かすための布石というわけだろう。
 だからこそ、僕に対してもいつも簡単に解答を伝えないのかもしれない。

「うーん……鈴木さんのご依頼は何だったでしょう?」

 質問に対して質問で返す。それを嫌う人物も多いだろうが、僕はそれほど嫌いではない。
 だって、答えに意味があることもあれば、答えるまでの過程に意味がある質問だってあるはずだ。例えば、数学の問題だってそうだ。あれは答えに意味がないことはないが、一番重要なのは数式だ。問題を解くまでの道のりが間違っていれば答えだけあっていても何の意味もないのだから。
 なんというか、質問に答えるだけがよいことではないということだ。という話までが自己防衛だ。質問の答えがわからない僕が質問で返すための言い訳に過ぎない。
 
「ストーカー事件の解決では?」
「そうですね、彼は口でも心でもそれを一番強く考えていたのでしょう。初対面の私が聞き取れるほどにはそれを強く考えていた」
「彼の言葉に嘘はありません」

 確かに嘘はなかった。しかし、それは明らかにおかしなことだ。
  
「おかしいとは思いませんか?」

 先輩も僕と同じ意見を持っているらしい。
 ああ、そうだ明らかにおかしい。僕が能力を使用する上で今までにこんなことはあった試しがない。

「つまり、彼は先生のように僕たちの能力を防御できると言うことですか?」
「全く嘘をつかないなんてことはありえません。先生ですら私たちに軽い嘘はついていました……」

 そうだ。嘘を全くつかない人間なんているはずがない。たとえ、先輩の能力を知っていたとしても、彼が人間である以上は必ず癖として嘘をついてしまうからだ。

「そうですね、先生は僕たちによく嘘をついていた」

 先生の嘘は僕たちを騙す嘘だったのかもしれないが、それならそれで嘘をつかない探偵というのは普通の嘘をつかない人間よりもありえない存在だ。
 探偵にとっては嘘すら手段に過ぎないからだ。

「わかりましたか……では行きましょう」

 僕が全てを理解すると同時に、先輩は立ち上がり鞄を持ち上げた。
 彼女が断定的に言葉を発したなら目的地が確定したということだ。
 若干の眠気を残しながら、僕は先輩と一緒に家を出た。

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