ファンタジー生物保護ってなんですか?

真白 悟

第27話 二度目

 妹がなにかを口にした。
 意味が分からなくて、僕の脳はついてきていない。宮下は数日、手を出さないといったはずだ。約束をした次の日に襲われるなんて意味が分からない。

「落ち着いてくれ……一体何があった。詳しく話してくれないか?」
「分からない。山田君からの電話では、病室にいたところ誰かに襲われて……ケガは軽傷だけど、意識が戻らないって……私じゃどうすることも出来ないし、山田君だってどうしたらいいかわからないと思う」
「……山田の両親はなんて言ってるんだ?」
「山田君には両親はいない。遠い親戚のおじさんが援助してくれているだけだって」

 両親がいない? だったら探偵に依頼を出したのはおじさんということか……だが、依頼を出したのがおじさんだとしたら、こっちに来てそばにいてやるんじゃないだろうか。
 なんだか、どこか矛盾しているような気がしてならない。
 それよりも問題なのは、妹は先ほどとはずいぶんと様子が違っていることだ。あんなに冷静だったのに、今は取り乱している。僕に話して、少し心境に変化があったということなのだろうか? だが、ここまで取り乱した妹は見たことがない。
 出来るだけ、妹を落ち着かせるため、僕は妹を抱き寄せて頭を撫でてやる。

「大丈夫だ。お兄ちゃんがなんとかするから」

 とはいっても、僕だけじゃどうやっても解決できない問題だろう。本当に宮下が手を下したとするなら、僕と宮下はすこぶる相性が悪い。先輩だって、能力的には相性が悪いが、頭の良さでカバーできる。だけど、僕にはその頭もない。
 僕が宮下よりあるものといえば、やる気のなさと、あきらめの悪さぐらいだろう。
 だがもし、宮下が敵ではないというのなら、今回は力強い味方となってくれるだろう。その点もかねて、先輩に相談しなければ。

「ごめんね。私が頼れるのはお兄ちゃんぐらいだから」
「いや、頼りにされるのはうれしいことだ。いくらでも頼れ……なんて格好いいことは言えないけど、できるだけ頼ればいい」

 いつにもなく格好つけている僕だが、実際のところ、どうするべきかなんてことはまるで分らない。できれば早く先輩のところに行きたいと思っているなんて、妹には言えないな。

「さて、食器も洗ったことだし、そろそろ学校に行かないと遅刻するぞ」
「学校なんて……そうだね、今の私には何もできない。学校に行って結果を待つことぐらいしかないね」
「そうだ。だから、お前は優等生でいればいい。劣等生は僕に任せておけばな」

 僕がそう言ったのとほぼ同時にチャイムが鳴った。今のタイミングで客というのも厄介だが、妹に促されて玄関へと向かった。
 自分ながら皮肉めいた言葉だ。別に妹を傷つけるために言ったわけじゃないが、何となく自分が嫌いになる。自分の能力をこれほど恨めしく思ったことはないだろう。妹に悪態をつくなんて……気分が悪くなる。

「人間ですもの仕方ありません」

 鍵を開けドアノブに手をかけるとほぼ同時に、ドアの向こう側から声が聞こえた。先輩の声だ。
 玄関のドアを開けるとそこには先輩がたっていた。事情は分からないが、先輩は僕に用事があるらしい。これ以上悪い知らせを持ってきたというわけじゃなければいいのだが。
 先輩はにっこりと笑うと、すぐさまに真剣な表情をして僕に言った。

「残念ですが悪いお知らせもあります。いいお知らせもありますけどね。どっちから聞きたいですか?」

 出来ればどちらも聞きたくない。むしろ、いまの僕に追い打ちをかけるのをやめるようなお知らせを聞かせてほしいものだ。
 僕は大きくため息をついて、先輩を家の中へと招いた。

「出来ればいい知らせだけにしてほしいんですけどね」
「私だって出来ればそうしたいですが、どちらも表裏一体ですので……」
「だったらどっちから話しても同じじゃないですか?」

 先輩をリビングへととおすと、僕はすぐにお茶を入れる。
 妹は先輩に山田の件でのお礼を言ってから、僕に話した内容とほぼ同じ事を先輩に説明していた。心を読まれる相手に隠し事は出来ない。だったら、自分から話した方がいいと妹は考えたのだろう。

「そのようですね……」

 先輩は思いのほか驚いていないようだ。

「知ってたんですか?」

 僕も先輩とは長い。期間的に言えばたった数か月ではあるが、共に過ごした時間はまあまあ長いと思う。だからか、先輩の心など読めなくても何を考えているのかは多少わかる。
 先輩は申し訳なさそうに僕の方を見ている。
 僕はそんな先輩の顔を見て、なんとなく察した。やっぱり先輩の持ってきた話というのは山田に関することらしい。
 ともかく、せっかく入れたお茶が冷めないように、先輩のもとへと運ぶことにした。

「つまりはそれが悪い知らせってことですね?」
「はい」

 先輩は僕からお茶を受け取って、静かに喉の奥へと流し込んだ。
 よくよく観察してみると、先輩は急いで僕の家に来たのだろうか、折角きれいにセットしたであろう髪の毛が乱れている。息は整っているから分からなかったが、相当に喉が渇いていたらしい。

「それで? いい知らせってのは?」
「宮下さんが約束を守ったってことですね……それはそれで、新しい犯人がいるってことになりますけどね」

 なるほど、先輩が慌てるわけだ。だけど、問題が明らかになればなるほど、生徒が手出しできるような問題ではないということがよくわかる。
 宮下だけならまだしも、複数の相手から狙われるとあれば山田は相当恨みを買っていたのかもしれない。そうでないとしたら不運で不憫なのだが、僕はあまり同情する気にはなれない。直接確認したわけではないが、何となく前者な気がする。
 山田のことを詳しく知っているわけではないが、恨みを持っている奴は多そうだ。

「ですが、ここまで来たら僕たちではどうしようもないですね」

 僕は妹に聞こえないように耳打ちする。先ほどあんな啖呵を切ってしまったわけだから、妹には聞かれたくない弱音だ。

「そうでもないと思いますが……」
「警察に任せた方がいいのでは?」

 先輩は大きく首を振る。

「いいえ、それはやめた方がいいですね。今のところ警察が介入する様子はありませんし、見て見ぬふりするつもりなのでしょう」

 警察が見て見ぬふりをする状況というのがいささか気になるところではある。警察は事件のことを知っているのに関わろうとしないということだ。
 何か裏があると考えるのが普通だろう。こういう時は大人の意見ってやつが欲しいところだ。

「先生はなんて言ってるんです?」
「まだ知りませんよ」

 先生が知らないとなると、国が絡んでいるということはなさそうだ。
 しかし、どうして先輩は先生に伝えないのだろう。

「信用できないってことですか?」

 昨日のやり取りで、先生のことを信用出来ないと判断した可能性が第一にくる問題だろう。先輩が信用できないと思ったのなら、かなり危険な状態ということになる。
 出来れば違ってほしい。

「そうではありません。ただ伝える必要がないんですよ。どうせすぐに耳に入ることでしょうから」

 先輩の言葉に嘘偽りはない。
 確かに、先生が生徒のことを知ることは何ら不自然でもない。だが、それでも早く伝えるべきだと僕は思うが、先輩がそういうのなら僕はこれ以上なにもいうつもりはない。

「分かりました。それで……犯人はもうわかってるんですか?」

 一番重要なことだ。犯人の目星がついているのであれば、あとはその犯人と会話するだけで大体のことはわかってしまう。
 しかし、世界というはそこまで甘くはない。

「分かりません。ただ宮下さんではない可能性が高いというだけです」
「どうしてですか?」
「アリバイがあるからです。私がそれを証明できます」

 宮下にアリバイがあり、それを先輩が証明できる……先輩は昨晩から今まで宮下のことを監視していたのだろうか。だとしたら、何となくだが証明させられたという風な気もするが、ともかく、宮下が動かなかったというのなら、黒ということにはならない。
 そうなると非常に困ったことになる。

「つまり、ほとんど何もわからないってことですね」
「そうなります」

 ここで先輩と二人で話し合ったところで、何かがわかるということはなさそうだ。
 だからといって、行く当てがあるというわけでもないが、ともかく狭い空間に詰めていても何も変わらないし、外に出ることによってなにか新しい発見があるかもしれない。
 僕は先輩が飲み干したコップを洗いながら時計を見る。針は8時を指していた。そこでようやく学校のことを思い出して妹に言う。

「あとは任せて学校に行け。遅刻するぞ」

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