学園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが

きり抹茶

第三十一話 さーくんの目が釘付けに……なってるねっ!

 期末テストの打ち上げから一週間が過ぎた頃。

 季節は真夏に様変わりし、俺達のクラスは今年初の水泳の授業を迎えようとしていた。

 因みに我が京星学園のプールは屋上に位置している為、都心にある学校だがそれなりに開放的な空間となっている。某通信事業者の巨大なタワービルが美しい青空に割り込んでいるが、まあ都会だから仕方ない。
 そういえばあのビルの上層階はハリボテになっていて、中は緊急時用のアンテナが入っているらしい。割とどうでもいい雑学である。

「なあ狭山……。お前は俺の味方だよな?」

 灼熱のプールサイドで話しかけてきたのは変態イケメンの田端だ。水着の短パン姿なので彼の磨かれた体が露出されており、貧相な自分と比べると溜め息が零れる。

「どうしたんだよ急に」
「ほら、プールの授業って女子と合同じゃん? でも俺は普通に男子だけで良くないかって思ってさ」
「え…………。田端ってホモなの?」
「おい俺のロリ趣味を全否定する発言はやめてくれないか」
「いやキモいよ。どう足掻いてもキモいよ」

 堂々とロリコンであることを認める辺り、田端の気持ち悪さは筋金入りである。

 ……と、冗談は置いといて。
 恐らく田端は女子の視線を気にしているのだろう。俺には到底縁のない話だが、顔立ちの良い田端は常に注目を浴びている。好きでもない相手からじろじろ見られるのは苦痛になるらしく、時々俺に愚痴をこぼしてくるのだ。まったく、贅沢な悩みである。

「さーくんと田端くん! 元気にしてるー?」

 女子更衣室から一番乗りで躍り出た四谷がそのまま俺達の前にやってきた。彼女も学校指定のスクール水着を着ているのだが、見た目についてコメントする点は特にないだろう。強いて言うなら胸元が貧しいことくらいだろうか。

「四谷さんか。うぃーっす」
「はいはい元気元気」
「ちょっと、君たち反応薄くない!? このスレンダーな私が目の前で水着姿になっているんだよ。もっと喜んだりしないの?」
「わー嬉しいなーふふー」
「いや棒読みやないかーい!」

 ぺしっと四谷のツッコミが入り、即席の漫才が出来上がる。そして観客役と化した田端はいつもの事か、と苦笑いを浮かべながら口を開いた。

「そういえば狭山……四谷さんもだけど、この前はごめんな。ファミレスで注文ミスっちゃって」
「あぁ……。そんな事もあったっけ」

 期末テストの勉強会でサイ〇リヤに行った時の話だよな。注文ミスも確かにあったが、それよりも田端がバイトしていた事の方が強く印象に残っている。石神井先輩に会いたいという不純な動機ではあるが、こいつはなんせモテる奴なので接客業は彼にピッタリの仕事だろう。この調子で労働の大切さを学んでもらいたい。

「私は気にしてないから大丈夫だよ! それに、運ばれた料理は全部咲月ちゃんが美味しく食べちゃったし」
「志賀郷は見た目によらず大食いだからな。残飯処理にはうってつけの奴だ」

 素の志賀郷の一面を話すのはあまり好ましくないと思ったが、田端のフォローという名目があれば問題無いだろう。ところが、彼は「へぇ〜」と相槌を打ちながらニヤニヤと笑い出した。

「志賀郷さんとかなり仲良くなってるみたいだねぇ」
「違う、そういう意味じゃ……」
「前は俺に志賀郷さんの情報を求めるくらいだったのに、いつの間にか一緒にファミレスへ来てるし性格とかもよく知ってるみたいだし……。いやぁ、狭山も男になったもんだ」
「やかましいわこの変態」

 幼児体型にしか興味が無いロリコン野郎に男になったなんて言われたくもない。

「そうそう、ここだけの話だけど、さーくんは咲月ちゃんとすっごく仲良しなんだよ!」
「四谷、お前まで……」
「いいじゃん別に。これくらいなら平気でしょ」

 住んでる部屋の事は言ってないから大丈夫だよ、とでも言いたげな顔で四谷が目配せをしてきたので、俺は反抗の意味を込めて睨み返してやった。いくら友人の田端とはいえ、俺と志賀郷の関係を探られる事は極力避けたいのだが。

「狭山がその調子なら俺も頑張って先輩にアタックを……って噂をすればなんとやらだね」

 遠目で一点を見つめる田端が呟く。すると周囲に散らばっていた男子勢もある方向を見ながらざわざわと落ち着かない様子になった。何事かと思い、俺も彼らの視線の先に顔を向ける。そこは更衣室の扉で、着替えを終えた多くの女子達がプールサイドに来ていたのだが、中でも大きな女子の取り巻きがありその中心にいた人物に目を奪われていたようだ。

 各々が「すげぇ」と感嘆の声を漏らし、男子を惹き付けた人物――無論、志賀郷咲月である。彼女も四谷と同じスクール水着を身に付けているが、一際目立っているように見えた。

 制服姿でもスタイルの良さが浮き彫りになる志賀郷だが、ボディラインが一切隠れずに現れる水着ではそれはもう段違いの美しさだ。身長こそ高くないものの、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる。且つ彼女の謙虚な振る舞いも相俟あいまって志賀郷は今や京星学園屋上のスターと化していた。

「おやおや、さーくん目が釘付けになってるねえ」
「あんなの誰でも見るだろ。ノーマルな男子なら」

 ホモの疑いがかけられた田端でさえまじまじと見ているのだから不可抗力と呼んでも過言では無い。やはり志賀郷はとんでもなく可愛い奴なのである。

 そして、プールサイドに響いたざわめきが落ち着いてきた頃。辺りを取り巻く女子と上品な態度で会話していた志賀郷が不意にこちらに振り向き、俺と目が合った。

「お……」

 間抜けな声が出たものの、数メートル以上離れているから多分聞こえていないだろう。特に用は無いし、志賀郷はすぐに視線を逸らすと思ったのだが、何故かこちらを見続けていた。不安そうな顔をしており何かを訴えているようにも見える。

 しかしクラスの連中が側にいる以上、安易に志賀郷には近付けない。気になったが結局何も聞き出せず、体育教師がやって来て授業が始まってしまった。
 まあ、聞きたいことがあるのなら後で志賀郷の方から呼び出してくるだろう。どうせ大したことではないはずだ。

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