学園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが

きり抹茶

第二十九話 狭山くんの変態……ですわっ!

 学生で混み合う夕方のマク〇ナルド。
 飯を食って満足になった俺達はそのまま雑談タイムへ突入していた。と言っても四谷が一方的に話題を振り撒いているだけなのだが。

「もうテストも終わったし、後はプールの授業をやって、すぐ夏休みだよね。いやー楽だなぁ」
「プールかあ。そういえばうちの学校は男女合同なんだよな。何故か」

 俺としてはプールの授業くらい男女で分けてほしいと思うのである。女子がいると何しろ目のやり場に困るし「ジロジロ見ないでよっ!」なんて言われて変態扱いされたらたまったものじゃないしな。

 しかし今年は志賀郷と同じクラスなので当然だがプールの時も一緒という訳である。つまり、学園を誇るお嬢様(元)に相応しい抜群のスタイルを持ち合わせる志賀郷の水着姿を拝めるという事だ。野郎共の視線を集めるのは間違いないだろう。俺だって気になる。こんな可憐な子がプールに立ったらそりゃ――

「狭山くん、どうしましたの? 先程から黙って私の顔ばかり見ておりますが……」
「あ、いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

 目を丸くして首を傾げる志賀郷に慌てて答える。危うく妄想が暴走するところだったな……。煩悩は節約の敵だ。浮かれずに取り除いておかないといけない。

「さーくん、今エロい事考えてたでしょ」
「は、はぁ!? んな訳無いだろ!」
「私には分かるよぉ。プールと聞いて咲月ちゃんの破廉恥な姿を妄想したさーくんの頭の中が……」
「さ、狭山くん……そうだったんですの……?」

 志賀郷は両腕で身を隠すようにしてから仰け反るようにして俺から離れてしまった。違う、これは誤解なんだ。四谷が根も葉もない事を言うから悪いんだ。

「待ってくれ。俺はそこまでやらしい妄想はしていない」
「ほほう。ということは少しだけなら考えたんだね?」
「いや、違う……んだ」

 ニヤケ顔の四谷に追い詰められる。ったく、楽しそうな顔をしやがって……。
 一方で志賀郷は冷めた目で俺を見ていた。

「…………狭山くんの変態、ですわ」
「だから誤解だって。信じてくれよ」
「ふんっ。狭山くんなんてお間抜けさんのぽんぽこぴー、ですわ」
「ぽんぽこ……?」

 なんか可愛らしい例えをしているが、貧乏お嬢様は随分とお怒りのご様子である。上手い言い訳をして機嫌を直していただきたいところだ。

「その……今年は志賀郷と一緒のクラスだからプールも楽しみだなと思って」
「どういう風に楽しみなんですの?」
「えっと……。ほら、志賀郷って学校では有名人じゃん? お嬢様で高貴なお方とお供できるのは勿論光栄な事だし、楽しみでもあるんだよ」

 我ながら無茶苦茶な言い訳だと思う。なんだよ高貴なお方って。家賃三万の部屋でカップ麺を貪り食う奴に言うセリフじゃないだろ。

 これでは「馬鹿にしてますの?」なんて言い返されて余計に怒ってしまうかもしれない……。
 ところが志賀郷の反応は意外だった。

「そ、それなら仕方ありませんわね。名家志賀郷の血筋を持つ私と同じ空間に居られる事に感謝するといい……ですわっ!」

 完全に調子に乗っていた。嬉しいのか知らんが、得意気な顔をしつつも頬が緩んでいるし……。もしかして志賀郷は素直を通り越してただのアホなのだろうか。見た目は優秀なのに中身は残念である。

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて楽しみにさせてもらうよ」
「ええ。でも……あまり期待はしないでくださいね。私、泳ぎはあまり得意ではないので……」

 困惑したような苦笑いを浮かべる志賀郷だが、それでも満更でも無いご様子だ。これでお嬢様のご機嫌取りも完了だな。
 そんな中、四谷は頬杖をつきながらブツブツと小声で呟いていた。

「咲月ちゃんもさーくんには甘いんだなぁ」

 不満そうな態度ではあるが、志賀郷は四谷に対しても十分甘いと思うけどな。というか他人に厳しい志賀郷を見たことがない。しかも裏では八方女神と呼ばれるくらいだし、俺にだけ優遇しているなんて無いはずだ。


 ◆


「さーくんは今年の夏休みも実家に帰るの?」

 四谷による雑談砲が繰り返される中、話題は夏休みの予定に移ろうとしていた。

「そうだな。まあ帰るというより避難の方が正しいかもしれんが」

 八月にもなれば当然だが気温は高くなる。更に最近は猛暑や酷暑と呼ばれる異常な暑さが当たり前になってきている。そんな中、家賃三万円の我がアパートにはエアコンが設置されていない。

 地を覆い尽くすアスファルトと無数の室外機が生み出す灼熱は正に地獄。サウナ状態と化す我が家に閉じこもっていたら命の危険を感じるので、夏休みは静岡県にある実家に帰省することにしているのだ。移動が面倒なのでできれば帰りたくはないのだが、苦しい夏を避ける為なら重い腰を上げざるを得ない。

「そっか、さーくんの家ってエアコン無いんだよねぇ。もし帰らなかったらさーくん死んでそう」
「普通に有り得そうだから笑えないな」
「ふふ、でも本当に死んじゃったら少し悲しいからちゃんと避難してきてね」
「死んでも少ししか悲しまないのかよ」
「冗談だよ冗談。それで咲月ちゃんはどうするの? 同じアパートって事はエアコンも付いてないんでしょ?」

 確かにそうだ。四谷にしては珍しいまともな質問だ。

「志賀郷の部屋もエアコンは無いな。でも避難する場所も無いし……困ったな」

 今まで考えた事すら無かったが、俺が実家に帰れば志賀郷はあのボロアパートに一人きりになる。暑さで倒れる心配もあるが、何よりあのセキュリティの欠片も無い木造家屋にとんでもねぇ(元)お嬢様兼美少女を放置させるのは危険極まりない。誰か信頼出来る人の目が届く場所にいてくれたら良いのだが……。

「四谷の家に泊めさせてもらうのは……無理だよな?」
「うん、厳しいと思う。さーくんは知ってると思うけど、私夏休みは札幌のおばあちゃんの家に行っちゃうし、家にはお母さんがいるけど事情を話したところで許可が出るか分からないなあ」
「確かに、突然貧乏人の友達を預かってくれなんて言われたら普通は拒むよな。しかも自分の娘が不在なんだし」

 四谷は厳しい、か。そうなると他に頼める人は……。銭湯の番台の芳子さんとかかな。あの人なら志賀郷の事情も知ってるし二つ返事で了承してくれそうだ。でも志賀郷を可愛がり過ぎて逆に危険を感じるので個人的に預けたくはないな。

「あの……。狭山くんのご実家にお邪魔させていただくのは……迷惑でしょうか?」

 俺と四谷の会話を聞いていた志賀郷が口を開いた。

「咲月ちゃんナイスアイディア! いいねいいね。楽しくなりそう!」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ。仮に俺の実家に志賀郷を連れてくるとして、どうやって事情を話せばいいんだよ」

 まずどういう関係なのか聞かれるだろう。隣人に住んでる奴で……とすんなり答えられればいいのだが、そもそも志賀郷の存在を俺の両親は知らないのだ。今更打ち明けても「何故もっと早く話さなかった」とか「隠れてコソコソしてたのかしら」なんて言われそうだし……。

 それに実家に女の子を連れてきたら間違い無く恋人と勘違いするだろう。そうなってしまったら俺だけではなく志賀郷にも迷惑が及ぶので何としてでも避けたいところだ。

 志賀郷が隣人であることを両親に悟られず、良からぬ勘違いもさせないようにして約一ヶ月の間泊めさせてもらう方法……。一頻り考えてみたが、やはり良い案は浮かばなかった。志賀郷も思い悩んでいる様子だし、俺の実家はパス――と思ったのだが、ここで四谷がパンっと両手で大きく叩いた。

「良い事思いついた! これで咲月ちゃんも安心してさーくんの実家に泊まれるよ」
「四谷さん……! 本当ですか!」
「良い予感が全くしないのだが」

 寧ろ何かを企むようにニヤニヤと笑っているし……。期待はしないでおこう。

 それから四谷が発した案は名案というより妙案だった。

「咲月ちゃんがさーくんの彼女になっちゃえばいいんだよ!」

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