学園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが

きり抹茶

第四話 食パン一斤は一人前……ですわっ!

 翌日。
 スマホのアラームに起こされ、寝ぼけ眼をこする。


「眠い……」


 学園の華と称される志賀郷が突然隣に引っ越してきてカップ麺を食べさせる餌付けというあまりにもシュールな出来事に巻き込まれた為か昨晩はぐっすり眠ることができなかった。
 睡眠時間は四時間弱といったところだろうか。


 大きな欠伸を混じえながら顔を洗い、朝食の準備をする。といっても昨日の夕食の残りを温め直すだけだが。




 コンコンッ


 玄関から響くノック音。こんな朝っぱらに俺を呼び出す奴は一人しかいない。俺は「はいよー」と声を出しながら扉に向かった。
 ドアを開けた先に待ち受けていたのは俺より頭一つ分背が低い金髪ウェーブの美少女。なにやらしかめっ面でこちらを見ていた。


「お腹が空きましたわ」
「お前いつも腹減ってんな」


 ここは食堂じゃねぇんだぞ、とツッコミを入れたい所存だが、恐らく志賀郷は食料を何一つ持っていないだろうから俺に要求するのは自然の流れだろう。それに朝食の摂取は大切だからな。脳の活動に大いに貢献してくれるし。


「朝食を食べないと倒れちゃう性分ですの。トースト十枚かご飯三合を用意いただけるとありがたいわ」
「ふざけんな今すぐ帰れ」


 前言撤回。この食欲マシーンを甘やかしたら俺のバイト代は瞬く間に蒸発してしまうだろう。例え群を抜いた美少女であっても守るべきものは自分の財布だ。


 俺は扉を閉めて話を切り上げようとしたが、結局志賀郷に掴まれてしまい阻止できなかった。


「い、今のはジョークですわ。トーストは五枚で十分ですし、ご飯なら二合で足りますから」
「十分じゃねぇよ多過ぎるだろ。お前は俺を破産させるつもりか!」
「対価ならお支払いしますわ」
「でも三万しか持ってないじゃん」
「え……? これでは朝食もいただけないのですか?」
「いや、一回の飯は食える。ただな、家賃その他光熱費に加え学費や交通費も加えたら明らかに足りない金額なんだよ。一人暮らしをするなら月毎の収支計算をしてから金を使え。そうしないと借金まみれになって人生詰むからな」


 家計簿と睨めっこしていた母がいつも口にしていた言葉がある。


 ――「最も節約できるのは食費。安くて栄養が取れる食事を心がけるのよ」


 つまり削るべき箇所は食費なのだ。平均レベルの量を食べていれば少なくとも空腹で倒れる事は無いはず。最悪、栄養さえ取れていれば人間なんとかなるものだ。


「そう言われましても……。私、お金に困らない生活をしてきましたから全く分かりませんわ」
「くっ、嫌味にしか聞こえないが……。事実だから反論できねぇ」


 俺達が大富豪の実態を知らないように、志賀郷もまた平民の生活スタイルは未知なる世界であると言えるのだろう。


 参ったな、と思いつつも現状として俺が庶民の生き様を指南しなければ志賀郷は間違いなく破産する。志賀郷の地位を守る以上、周囲に相談なんてできないし頼りになるのは隣人の俺だけ。一日でも早く自立させる為に今回だけは大目に見てあげますか。


「…………昨日の夕飯の残りなら茶碗二杯分ある。とりあえず食ってけ」
「ありがとうございます! ではお邪魔させていただきますわ」


 俺の折衷案を受け入れた志賀郷はあざといくらいに満面の笑みを浮かべた。思わず心臓が飛び跳ねるような不意打ちは卑怯だと思う。でも…………悪くは無い。




 ◆




 学校までの行き方が分からないと志賀郷が言ってきたので、道案内も兼ねて今日は二人で登校することになった。
 仕度を済ませて外通路に出る。俺が慣れた手つきで鍵を詰めていると、隣にいる志賀郷が様子を眺めながら一言呟いた。


「いくら鍵が掛かっているとはいえ木の板一枚で家を守るのは不安になりますわ」
「そうかもしれないけど……こんなボロアパートを狙う泥棒も中々いないからな。金目の物があると思えないし」


 自嘲気味に笑う。貧乏人のセキュリティシステムは貧相な見た目なのだよと俺が答えれば、志賀郷は呆れたような表情を作った。


「狭山くんはとことん割り切ってますね」
「当たり前だ。開き直らなきゃ貧乏人はやっていけねぇよ」
「はあ……。非常に残念ですけど、私も狭山くんのポジティブ精神を見習わなくてはいけないのですね……」


 溜め息をつきながらも、何故か微笑む志賀郷だったが俺にはその意図が分からなかった。

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