夢源華守姫のノエシス
至宝五月とTCG【ノエシス】
 ☆別天神社境内家宅
「んー……もう、朝……?」
少女、至宝五月は掛けられたカーテンの間から射す陽光にうっすらと瞼を開くと、のそのそと上体を起こし、一つ伸びをする。自室は六条。特筆すべきは【トランスデュサーポット】と呼ばれる機器と部屋中に散見される怪しげな本や呪具だろうか。
「懐かしい夢を見たような……」
五月は夢をの余韻が抜けぬまま目覚し時計を視界に捉えた。五月十七日(月曜)七時十五分学校のHRには、まだ余裕がある。
「ふわぁぁ」
(月曜……今日も学校かぁ)
五月は欠伸をし緩慢な動作で着替えにかかった。身支度を整え、左腿にTCG(トレーディングカードゲーム)【ノエシス】のデッキと挿入口にスマートフォンのセットされた専用のポーチ【C・ホルダー】を巻く。
そして(縁に杭が打ち付けられ、そこに使い道の分からない水ヨーヨーが垂れ下がっている)鏡台の鏡を五月は確認した。子柄な体躯に中学生らしいあどけなさを残す整った容姿に黒めがちな瞳セーラー服。
(もうちょっと背丈が欲しいなぁ……)などと考えながら艶の良い黒髪を簡単に撫で付け、何故か《垂涎PSI》と書かれた緋色のハチマキで髪の一束を掬い、ハチマキを蝶結びにして括る。
※《PSI》……ESPとPKの総称。つまり超能力。
※《垂涎》……あるものを入手したいと切望すること。
(PK特訓用のスプーンをポッケにしのばせてっと)
ガーベラの花の栞を鞄に入れ――
「良し、身支度完了!」
五月はそのまま洗面所へ移動し、顔を洗い、歯を磨くと居間へと向かった。
                                 ☆☆☆
☆居間
「おはよう、五月」
「あ、おはよう! お父さん!」
五月は父、至宝定春に挨拶を返す。
定春は大企業月影グループIT技術者と神主を掛け持ちシフトを調節し、両立する多事多端な身だ。そのため普段は一人で朝食を摂っている事が多い五月なのだが、今日は日程が合ったらしく、定春はコーヒーカップを片手にテーブルに着いていた。
「五月、朝一でなんなんだが……そのリボン、いやハチマキは今日も学校に付けていくのか?」
「それはそうだよ。これは私の【心意気】なんだから。そして新しく【目指せ! ファクター世界一!】ってリボンも増やそうかと思ってるんだけど、どう思う?」
「やめた方がいいと思うぞ」
「えぇ~……」
我が子の学び舎での立場を案じた定春の即答に五月がそびやかしていた肩を落とす。
「えぇ~って、なぁ……まぁ相変わらずConvertible(コンバーチブル)TCG【ノエシス】は気に入ってもらえているようだな。開発者名利につきるよ」
「うん! 大好きだよ、昔から。今じゃちょっとしたもので、自慢じゃないけど、私、クラスの皆からはカードを握らせると右に出る者はいない、とまで言われるほどなんだ」
「ははは、それはまぁ……本当に幼い時から……それこそ開発当時からやっていたからな。五月は」
TCGノエシスは【半存在】とも呼ばれる【霊子】と名付けられた未知の素粒子を活用し成り立っている。内部空間(人の心、電子空間内など)や実空間(現実世界)に性質を変えながら相互作用し情報を伝播するという特性を使用し現実へのアウトプットを可能としたのだ。
 五月が指を鳴らすと彼女の正面に薄いディスプレイが現れる。映し出されているのは、左から家紋(識紋が正式名称)の下にエーテル100%→身代り玉(勾玉の様な見ためをしたもの)→familiar(使い魔)と書かれた幻獣カード二枚へと矢印が続いており、供給準備OKとある。
「リード」
五月がそう宣言すると、オブジェクトコード0Δ1の羅列が空間に流れ、何やら形作り――
『コン……』『きゅう』
尾が燃え上がった狐が【狐松明】。尾の付け根辺りから伸びたツルが体に巻き付いている狸が【豆狸】。出現した二匹を引き寄せ頬ずりしながら五月が口にする。
「昔は一部の人達の間で流行してたんだけど……今じゃもう社会全体に普及した感じだよね。発明者の……しかも主任の娘なんて、なんだか誇らしくなっちゃうよ」
「人の作業の補助を目的にしたutilityの作製も進んでいるから、往年より一般の人々が受け入れやすくなったのは確かだな」
定春は照れくさそうに頬をかいた。
【ノエシス】についてはITが生んだ現代の魔術などと称されている。まさにアーサー・C・クラークの残した『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』という言葉どうりの現実がこの世界では実現されたのである。今では、ノエシスはただの遊戯の枠ではおさまらず、各産業でも活躍しゼネラリゼーション(普遍化、一般化)を起こしているほどであるから、応用理論を築いた権威である定春の功績は偉大なものと言えるだろう。
「前までは、平常時にセーフティが働くからファミリアの【技】や【スペル】で物質に関与する事は出来なかったもんね」
五月はそこまで言って話を切ると「あ、そうだ、お父さん朝食はまだだよね?」定春にそう訪ねた。
「あぁ」
「じゃあ、ちょっと待ってて、今用意してくるから」
「すまないな五月、学校があるのに。俺がつくるべきなんなんだろうが……俺はそっちの方はからきしで……」
「気にしないでよ、私が好きでやってるんだから」
「だがな……」
「もう、そういうのはいいって」
そんなやり取りの後五月は狐松明、豆狸を引き連れキッチンへと移った。
☆☆☆
出揃ったご飯、汁物、煮物を前に二人で手を合わせる。
(そういえば、お父さんと二人で朝食を食べるの久しぶりかも。嬉しいなぁ……お父さん多忙だから、普段は一緒にいられないもんね)
「五月? 何を笑ってるんだ?」
「え? わ、笑ってた? い、いや、なんでもないよ?」
無意識に表情にでていたことに気恥ずかしくなった五月が「ほら、ご飯食べちゃおうよ」と促し二人は互いに手前の皿から手をつけはじめる。
☆☆☆
「ふぅ。五月、美味かった。ご馳走さま」
「えへへ……お粗末様でした」
「五月の料理の腕も相当な域に達してきたな……なんだか、幸恵の手料理を思い出すよ」
「そ、そう? まぁ、お母さん直伝だから」
「いや、料理の事だけじゃないな……本当に日に日に幸恵と似てきているよ……五月は」
五月は食器を片付けつつ定春の話に耳を傾ける。その定春の声のトーンが何故か、ほんの僅少下がったことに、五月は気付かない。
「本当? ふふ、そうだったらいいんだだけどね。お母さんは私の憧れの人だもん。でも、まだまだかな。お母さんみたいになるには優しさ、聡明さ、そして何より誰もが認めるPSIをまず身に着けないと。でね、お父さん超能力の特訓には複数人人手がいる場合があるんだ。時間があるときつき合ってね?」
五月はPSIリボンをギュッと締め直し熱弁する。ちなみに五月がここまで超能力にこだわるのには、一応、理由があったりする。
神通力を継承する血筋【現人神】と大きくメディアに取り上げられ一世を風靡した至宝の性。しかしながら神通力が継承されつづけたのは、至宝幸恵の代までであった。そう、五月にはなんの【力】も無い。――この事実が五月の成長に深い影響を与え、超能力に執着する起因となったのだ。
「……いや、そういう所が似てると言っているんだがな」
「そういう所って?」
「《愚かしい》が付くほど馬鹿真面目で真っ直ぐな所。……つまり【愚直】な所だな」
「ぐ、愚直? それって、褒めてる? けなしてる?」
「ハハ、五対五つまり半分半分ってところかな」
「む~……」
複雑そうにむくれた五月の袖を狐松明が口でひっぱっる。
「ん? どうしたの? 狐松明」
狐松明は黙って斜め上に顔を向ける。五月がその視線を追うとそこにはアンティークな時計が設えられており七時五十分を指していた。
「ああ!? どうしよう……! 速く学校にいかないとっ!」
「七時五十分か……全力で走って八時のホームルームに間に合うか、合わないか、非常に微妙な時間帯だな」
「うわわわ……お父さん、行ってきます!」
「行ってらしゃい、五月。気をつけてな」
「うん……!」
五月は頷いて居間を出ると玄関先の靴だなの上にある家族写真の前まで歩み寄り、そこに写った八年前原因不明の病――祖父は巫病だと言っていたが――で亡くなった母、幸恵を正視する。
(お母さんも……行ってきます!)
五月は母に思いを馳せ終えると、そこで写真から目を逸し、数歩先の玄関からその場を後にする。
「んー……もう、朝……?」
少女、至宝五月は掛けられたカーテンの間から射す陽光にうっすらと瞼を開くと、のそのそと上体を起こし、一つ伸びをする。自室は六条。特筆すべきは【トランスデュサーポット】と呼ばれる機器と部屋中に散見される怪しげな本や呪具だろうか。
「懐かしい夢を見たような……」
五月は夢をの余韻が抜けぬまま目覚し時計を視界に捉えた。五月十七日(月曜)七時十五分学校のHRには、まだ余裕がある。
「ふわぁぁ」
(月曜……今日も学校かぁ)
五月は欠伸をし緩慢な動作で着替えにかかった。身支度を整え、左腿にTCG(トレーディングカードゲーム)【ノエシス】のデッキと挿入口にスマートフォンのセットされた専用のポーチ【C・ホルダー】を巻く。
そして(縁に杭が打ち付けられ、そこに使い道の分からない水ヨーヨーが垂れ下がっている)鏡台の鏡を五月は確認した。子柄な体躯に中学生らしいあどけなさを残す整った容姿に黒めがちな瞳セーラー服。
(もうちょっと背丈が欲しいなぁ……)などと考えながら艶の良い黒髪を簡単に撫で付け、何故か《垂涎PSI》と書かれた緋色のハチマキで髪の一束を掬い、ハチマキを蝶結びにして括る。
※《PSI》……ESPとPKの総称。つまり超能力。
※《垂涎》……あるものを入手したいと切望すること。
(PK特訓用のスプーンをポッケにしのばせてっと)
ガーベラの花の栞を鞄に入れ――
「良し、身支度完了!」
五月はそのまま洗面所へ移動し、顔を洗い、歯を磨くと居間へと向かった。
                                 ☆☆☆
☆居間
「おはよう、五月」
「あ、おはよう! お父さん!」
五月は父、至宝定春に挨拶を返す。
定春は大企業月影グループIT技術者と神主を掛け持ちシフトを調節し、両立する多事多端な身だ。そのため普段は一人で朝食を摂っている事が多い五月なのだが、今日は日程が合ったらしく、定春はコーヒーカップを片手にテーブルに着いていた。
「五月、朝一でなんなんだが……そのリボン、いやハチマキは今日も学校に付けていくのか?」
「それはそうだよ。これは私の【心意気】なんだから。そして新しく【目指せ! ファクター世界一!】ってリボンも増やそうかと思ってるんだけど、どう思う?」
「やめた方がいいと思うぞ」
「えぇ~……」
我が子の学び舎での立場を案じた定春の即答に五月がそびやかしていた肩を落とす。
「えぇ~って、なぁ……まぁ相変わらずConvertible(コンバーチブル)TCG【ノエシス】は気に入ってもらえているようだな。開発者名利につきるよ」
「うん! 大好きだよ、昔から。今じゃちょっとしたもので、自慢じゃないけど、私、クラスの皆からはカードを握らせると右に出る者はいない、とまで言われるほどなんだ」
「ははは、それはまぁ……本当に幼い時から……それこそ開発当時からやっていたからな。五月は」
TCGノエシスは【半存在】とも呼ばれる【霊子】と名付けられた未知の素粒子を活用し成り立っている。内部空間(人の心、電子空間内など)や実空間(現実世界)に性質を変えながら相互作用し情報を伝播するという特性を使用し現実へのアウトプットを可能としたのだ。
 五月が指を鳴らすと彼女の正面に薄いディスプレイが現れる。映し出されているのは、左から家紋(識紋が正式名称)の下にエーテル100%→身代り玉(勾玉の様な見ためをしたもの)→familiar(使い魔)と書かれた幻獣カード二枚へと矢印が続いており、供給準備OKとある。
「リード」
五月がそう宣言すると、オブジェクトコード0Δ1の羅列が空間に流れ、何やら形作り――
『コン……』『きゅう』
尾が燃え上がった狐が【狐松明】。尾の付け根辺りから伸びたツルが体に巻き付いている狸が【豆狸】。出現した二匹を引き寄せ頬ずりしながら五月が口にする。
「昔は一部の人達の間で流行してたんだけど……今じゃもう社会全体に普及した感じだよね。発明者の……しかも主任の娘なんて、なんだか誇らしくなっちゃうよ」
「人の作業の補助を目的にしたutilityの作製も進んでいるから、往年より一般の人々が受け入れやすくなったのは確かだな」
定春は照れくさそうに頬をかいた。
【ノエシス】についてはITが生んだ現代の魔術などと称されている。まさにアーサー・C・クラークの残した『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』という言葉どうりの現実がこの世界では実現されたのである。今では、ノエシスはただの遊戯の枠ではおさまらず、各産業でも活躍しゼネラリゼーション(普遍化、一般化)を起こしているほどであるから、応用理論を築いた権威である定春の功績は偉大なものと言えるだろう。
「前までは、平常時にセーフティが働くからファミリアの【技】や【スペル】で物質に関与する事は出来なかったもんね」
五月はそこまで言って話を切ると「あ、そうだ、お父さん朝食はまだだよね?」定春にそう訪ねた。
「あぁ」
「じゃあ、ちょっと待ってて、今用意してくるから」
「すまないな五月、学校があるのに。俺がつくるべきなんなんだろうが……俺はそっちの方はからきしで……」
「気にしないでよ、私が好きでやってるんだから」
「だがな……」
「もう、そういうのはいいって」
そんなやり取りの後五月は狐松明、豆狸を引き連れキッチンへと移った。
☆☆☆
出揃ったご飯、汁物、煮物を前に二人で手を合わせる。
(そういえば、お父さんと二人で朝食を食べるの久しぶりかも。嬉しいなぁ……お父さん多忙だから、普段は一緒にいられないもんね)
「五月? 何を笑ってるんだ?」
「え? わ、笑ってた? い、いや、なんでもないよ?」
無意識に表情にでていたことに気恥ずかしくなった五月が「ほら、ご飯食べちゃおうよ」と促し二人は互いに手前の皿から手をつけはじめる。
☆☆☆
「ふぅ。五月、美味かった。ご馳走さま」
「えへへ……お粗末様でした」
「五月の料理の腕も相当な域に達してきたな……なんだか、幸恵の手料理を思い出すよ」
「そ、そう? まぁ、お母さん直伝だから」
「いや、料理の事だけじゃないな……本当に日に日に幸恵と似てきているよ……五月は」
五月は食器を片付けつつ定春の話に耳を傾ける。その定春の声のトーンが何故か、ほんの僅少下がったことに、五月は気付かない。
「本当? ふふ、そうだったらいいんだだけどね。お母さんは私の憧れの人だもん。でも、まだまだかな。お母さんみたいになるには優しさ、聡明さ、そして何より誰もが認めるPSIをまず身に着けないと。でね、お父さん超能力の特訓には複数人人手がいる場合があるんだ。時間があるときつき合ってね?」
五月はPSIリボンをギュッと締め直し熱弁する。ちなみに五月がここまで超能力にこだわるのには、一応、理由があったりする。
神通力を継承する血筋【現人神】と大きくメディアに取り上げられ一世を風靡した至宝の性。しかしながら神通力が継承されつづけたのは、至宝幸恵の代までであった。そう、五月にはなんの【力】も無い。――この事実が五月の成長に深い影響を与え、超能力に執着する起因となったのだ。
「……いや、そういう所が似てると言っているんだがな」
「そういう所って?」
「《愚かしい》が付くほど馬鹿真面目で真っ直ぐな所。……つまり【愚直】な所だな」
「ぐ、愚直? それって、褒めてる? けなしてる?」
「ハハ、五対五つまり半分半分ってところかな」
「む~……」
複雑そうにむくれた五月の袖を狐松明が口でひっぱっる。
「ん? どうしたの? 狐松明」
狐松明は黙って斜め上に顔を向ける。五月がその視線を追うとそこにはアンティークな時計が設えられており七時五十分を指していた。
「ああ!? どうしよう……! 速く学校にいかないとっ!」
「七時五十分か……全力で走って八時のホームルームに間に合うか、合わないか、非常に微妙な時間帯だな」
「うわわわ……お父さん、行ってきます!」
「行ってらしゃい、五月。気をつけてな」
「うん……!」
五月は頷いて居間を出ると玄関先の靴だなの上にある家族写真の前まで歩み寄り、そこに写った八年前原因不明の病――祖父は巫病だと言っていたが――で亡くなった母、幸恵を正視する。
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