人形が人間らしく生きるために

黒桐 瑠

彼方からの記憶

[プロローグ  前]

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 2100年─区切りのいい年、そんな馬鹿げた理由で31日と1日を跨ぐ瞬間に世界各国に戦争を吹っ掛けた阿呆な国があったらしい。もちろんそんな国は統合衆国や連邦法国、欧州連合王国からすれば鬱陶しいハエを駆除するように、その小国が新年の朝日を拝ませる事無く地図上から消滅した。新年早々何故か戦争を吹っかけて来たことに対して各国は深く考えることは無かった。国同士でちょっかいを出す、なんてことはよくあること。今回はその延長線上で国の最高指導者が錯乱しただけと考えるだけであった。
 ただ遥か上空にある人工衛星は確かに捉えていた。世界各地からのミサイルやらが無数に飛んできて更地となった場所には確かにあったのだ。底の見えない円状の縦穴─直径約24.8マイルはある綺麗な円。一体どれほど深いのかは分からない。ただその映像を見たWASA(アメリカ宇宙管理局)の観測員は見てしまった。闇が続く縦穴に何か蠢く物体があるということに、そしてその正体は直ぐに分かった。それは縦穴を隅々まで埋めるほどの1つの巨大な目だった。
 WASAはこの正体不明の何かを世界の人々が知ってしまうと混乱すると推察し、直ぐに情報規制をWASAと連携している世界各国に行った。
 ここで気づくべきだった。なぜこの地が更地だったのかを。いくらミサイルが無数に撃ち込まれたとしても更地になる理由などない。落下点は必ずクレーターのように地面が凹むはずなのだ。なのに、その国はまるで誰かが整備したかのような平原が広がっていた。問題の縦穴に全弾撃ち込まれたわけでもないのにも拘らず。
 当時のアメリカ大統領はそれの正体を知っていた。そして人工衛星を保有する国はもちろん知っていた。いや既にその縦穴を見つけてしまった時点で一流の魔術師達は気づいていた。安定していた龍脈が荒れ始め、醜悪な瘴気がひとつの場所に集まっていたのを感知していた。それからは早かった。
 1月2日─第四次世界大戦勃発。
 その国を中心に次々と国は堕ちていった。縦穴から這い出て来た『ナニカ』よって喰われ壊され蹂躙されていった。大陸は割れ、軍事力の劣る国を中心に滅んでいった。世界は混乱に陥っていたのに乗じて今まで啀み合っていた国を襲撃をしたりなどと、それはもう世界の終末とも呼ぶべき戦争であった。情報社会が進化し問題が起こればすぐにバレてしまうような世の中なのに、何故か『ナニカ』について明確な情報が世に出ることはなかった。なぜなら『ナニカ』は人の目には見えるのにそれ以外の記録媒体には何も無いようにしか映らないのだから。日本、アメリカ統合衆国、欧州連合王国、北方連邦法国、華西亜連合、南峰豪州群は一時的に互いに不可侵の条約を結ぶと共に戦争の終結のために尽力した。それぞれが保有する軍や魔術師を駆使し2ヶ月に及ぶ戦争は数々の英雄たちの死とともに終結した。
  この第四次世界大戦のことを後に『無形畏憚の恐慌』と呼ばれるようになる。






──2154年3月14日

 千葉のとある場所で2つの閃光が迸っていた。金属と金属がぶつかり合う度に火花が散る。月夜に照らされ赤と青の軌跡は再度ぶつかり合う。
 表向きは生物の研究施設におけるガス爆発とされているが、ここが何を研究していたのかを知っていればガス爆発なんて言う優しい事故でないことが想像つく。
 『無形畏憚の恐慌』の後、各国は己の軍事力強化のために魔術師の研究を行ってきた。非人道的である人体実験を繰り返し人工的に魔術師を産出したり、怪異についての研究、怪異の持つ膨大なエネルギーを新たな化学エネルギーとして使えないかと研究を行っていた。
 千葉県の高宕山に作られた研究施設では怪異について研究していた施設のひとつでもあった。怪異を捕まえてその生態を調査していたが、勿論怪異に人間の言葉も意思も通じるわけがなく、手練の魔術師も常駐しているわけでもない。結果として怪異を生育していくことも困難になり、手懐ける前に研究施設が崩壊した。
 場所が低いとはいえ、ここは龍脈が密となる山である。龍脈には魔力の元となるエネルギーであるマナが流れている。マナを食事としている怪異にとって研究施設は絶好の住処というべきものだろう。何より、怪異はマナと混ざり合った瘴気が漏れ出ている。怪異が蔓延るこの施設では一般人が取り込めば命に関わる瘴気が充満している。そのため、一般人が普段近寄ることもなければ、魔術師ですらその場所を忌避している。

 誰も近寄りたくもないところで誰かが戦っている。怪異たちにとっては脅威でしかない。今まで安全だと思って住処にしてきた場所で誰かが不法侵入(この場合どちらも不法侵入している)して戦っているのだから、それを排除しようとするのは一種の生存本能でもあるのだろうが、一番の要因は知性を持ち合わせていない低位の怪異も知性ある上位の怪異も等しく“人間を捉えたら殺す”というを埋め込まれているのが大きいのだろう。
 両者に攻撃を仕掛けるというのは両者の戦いに水を差すということ。赤黒い軌跡を放つ者に喰らいつこうとした怪異は剣撃のついでに一刀両断され、一方の月光がその白光りの刀身に反射し青の軌跡を放つ者を切り裂こうとした怪異は木っ端微塵となった。この間─刀と刀がぶつかり合い次点に相対する間─0.1秒に満たない時間で両者は怪異を消し飛ばした。元々彼らには怪異など眼中に無かったのかもしれない。ほかの怪異も近づけば殺されると本能で感じとったのか両者の決着をただ眺めることしか出来なかった。

「今さらこんなこと言うのはおかしいと思うのだけれど、素直に引いてくれると助かるわ」

 互いに間合いをとった位置で白刀を構えている仮面を付けフードを深く被っている女は声だけで万人を魅了するような妖艶で心地良い一方で、殺気もしっかりと篭っていた。彼女と相対していたのはしのぎが赤い黒刀をだらし無く持つ男─雰囲気こそは大人びていたが、見た目はまだ少年らしさが残っていた─は女が何を思って口を開いたのか疑問に思いつつ悟られぬように思考し、この場からどう逃がさないようにするか策を練っていた。

「意味深な手紙を差し出していきなり仕掛けてきたのはそちらだろう?いつものストーカー行為はどうした?ついに改心して捕まる気にでもなったか?」

 少年は今日中学の卒業式だったのだ。卒業式が終わり同級生たちと別れの挨拶を交わしたあと、いつも帰る家のポストには『本日、高宕山にある怪異研究施設で待っている。』と至ってシンプルに書かれた手紙が入っていた。ただの悪戯だと流すことも出来たが、この手紙の差出人を見て行かざるを得なくなった。手紙の入った封筒の裏には確かに「キュレベー・R・アリストクライス」と国際指名手配中の魔神の名があったのだ。今まで尻尾も掴めず、その素顔すら掴めていない魔神が遂に尻尾を出したことに冷静さを無くさずにはいられなかった。彼は支度を終えるとすぐにこの施設へと足を運んだ。近づけば近づくほど瘴気も濃くなり怪異の量も増えていく。襲ってくる怪異を次々と倒していき中庭のように開けた場所に出ると仮面をつけた女が突如襲撃してきたのだ。

「ふふふ、相変わらず知らないふりをするのが得意のようね。えぇそれは申し訳ないと思っているわ。でも、誰も訪れないような所で人の気配がしたら警戒するのは当たり前じゃないかしら」

「警戒?あれがか?俺にはまるで邪魔な奴を手っ取り早く消そうと襲ってきたようにしか見えなかったが」

「あの程度で貴方が死ぬ訳ないじゃない。貴方は唯一私と渡り合えるのだから」

 キュレベー・R・アリストクライス。本名を神谷 明日香。年齢不詳の魔女。世界で3人しかいない根源接続者の1人。能力不明。国際犯罪組織『メシアム』の始祖であり堕ちた魔術師を集め、世界中で猛威を振るうテロ組織が勝手に崇める女王。
 根源接続者と対等に戦えるのは同じ根源接続者のみ。故に同じ根源接続者の少年に言ったのは間違いではない。しかし、少年は彼女の言葉に不快感を抱いたのか明らかな苛立ちを見せた。

「手を抜いて貰ってる側からしたら皮肉にしか聞こえないな」

 鍔迫り合いを繰り返す少年の腕には電車に轢かれるような衝撃が走り、その痺れに嫌気が差し何度も刀を離そうとした記憶があった。少年が別に刀を振るのが初めてとか筋肉がないとかそういう訳では無い。抜刀術や剣術だけなら世界を探しても彼に勝る者はいないのは確かで身体も平均よりもだいぶ筋肉質ではある。それでも彼が押し負けて尚且つ、その相手は力を抜いている。これほどまでの差があるのは腕の問題ではない。女が発動させている魔術が彼より優れているから。つい最近根源に至って彼よりも何十年─いや数百年かもしれないし数千年かもしれないも前─に根源に至ったのでは訳が違う。実力で言うなら蟻が龍に立ち向かうのと同義だ。

「ふふ、貴方はまだ若いだけよ。貴方をここに呼んだのもそれが理由」

 やはりこの女が何を考えているのか分かるわけがなく、その言葉だけで全ての意味を汲み取るなど俺には出来るわけもなく、興味もない。若いなんて俺が一番理解している事だ。俺はただ偶々根源に接続できただけの運の良かった男に過ぎない。

「貴方にはまだ眠っていてもらわないと私たちには私たちの流れというものがあるの」

 流れ?メシアムが今まで繰り広げてきたテロは規則みたいなものがあるということか?分からないな。この女が意図することが理解できない。

「つまり、貴方は今日ここで魔術師として死ぬということ」

 彼の心を呼んだかのようにアリストクライスは口を開いた。同時に彼は“死ぬ”という言葉に反応し、目の前の女を敵として認識しより警戒するように意識した。

「ふふ、そう殺気を込めないで。別に貴方が死ぬ訳じゃないわ。ただ魔術師としての格を落として貰うだけよ」

 少年がその場から脱兎の如く逃げようとするよりも早く、アリストクライスは幾重にも重なった魔術式を展開し術を発動した。白い閃光が走ると共に研究施設を飲み込むようにドームが形成され、眩い白光が霧散するように晴れていく。


──いずれ私の元まで来てくれることを楽しみにしてるわ──

と、言葉を残し女は自らが作った空間の裂け目へと入っていった。





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作者の黒桐瑠です!この小説を読んで頂きありがとうございます。駄文で読者様のお目を汚してしまうことをお詫び致します。
誤字や脱字があると思いますし、間違った言葉の使い方があるかもしれませんが優しく教えて下さるとありがたいです!
思い付きで書いているので頻度は亀の歩行並みですがお許しを。




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