色災ユートピア
16.幸せの時間
「楽しそうだったね、何を話してたの?」
「お前たちのことだよ。人造人間には好評だったぞ、お前たち。特に白理。」
「私が?何故です?」
「お前、人造人間も人間も変わらないって言っただろう?」
「言いましたよ、事実ですし。」
「その言葉に救われたんだよ。」
「えー?」
白理は訳が分からない、と言いたげに首を傾げた。
こればかりは、他人に興味のない白理には難しい話だろう。
「お前は無自覚でも、俺たちみたいな人でなしに優しいんだよ。人造人間といえば、人間からしてみたら"消費する物"には違いない。人間の劣化ってのが、人造人間の共通認識だろうな。」
「でも、人間から産まれたのだから人間でしょう?どこから産まれてくるか、その程度の違いですし。今も昔も、人間は人間を造ってるじゃないですか。」
「そうだな。人造人間は奴隷のように使われて、それでも文句を言うことは許されない。人間にとって使い捨ての駒だからな。暴言を吐かれても、暴力を振るわれても、それが仕方ないと人造人間は認識しているだろう。だからこそ、同じ人間扱いをしてくれるお前たちを気に入ってるんだろうな。」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。」
「人って難しいですね。」
その返答が、白理らしい。
逆に白理は表裏がなさすぎて、さらに言えば無邪気すぎるところが人間味を感じさせない。
「そうだゼロ、夜は花火をしようよ。」
「花火…?」
「赦無さん、花火ってなんですか?」
「火をつけると、色のついた火花が飛び散って綺麗なんだ。本当は夏に出来たら良かったんだけどね。」
「へぇ…。」
「すごい!やってみたいです!」
枉徒は興味津々だ。
そんな様子を見て、S.0も頷く。
「楽しそうだな、やってみるか。」
「それじゃあ、夜に屋上に行きましょうか。きっと星が綺麗に見えますよ。」
「やったぁ!」
枉徒は嬉しそうに飛び跳ねた。
そこまで喜んでもらえると準備したかいがあるよ、と赦無も嬉しそうに笑っていた。
騒がしく幸せな日常は、まだまだ続きそうだ。
夜食を食べ終えて、夜。
時刻は十一時過ぎ、いつもならS.0は寝ている時間だが…。
「ジェット噴射~。」
「わぁぁ!本当に綺麗です!」
枉徒と白理は楽しそうにはしゃいでいる。
小学生と同じくらいのはしゃぎようだ。
無邪気だなぁ、と笑うS.0の隣に、赦無が座る。
「いえーい、楽しんでるかい。」
「無表情のわりにめちゃくちゃテンション高いなオイ。」
「ゼロが別のこと考えてるからだよ。綺麗じゃなかった?」
「いや、綺麗だと思うぞ。お前たちが綺麗だって言うんなら、感動するくらい綺麗なんだろうな。」
「…なにそれ?」
言っている意味が理解出来なかった。
「それじゃあまるで、ゼロが色を知らないみたいじゃん。」
「…知らないからな。」
S.0から告げられた事実は、赦無を驚かせるには充分すぎた。
「最近ようやく知ってきたところなんだ。だが、領域内の色は基本的に同じだろう?」
「…そう、だけど。」
「お前たちの世界なら、綺麗な青空も見られたのかもしれないが、残念ながらそれは叶わなかった。表世界だと、俺の色覚認識は全てモノクロになるらしい。けど、そんなモノクロの世界でも、綺麗だったよ。」
S.0は微笑を浮かべた。
その言葉からは、嘘を感じ取れない。
「だって、モノクロでもすっごいグラデーションなんだぞ?ちょっとした光の当たり具合で、変わっていくんだ。初めて見たときは感動したよ。それに、色を知ったらどんなに綺麗だろうって、お前たちが少し羨ましかった。」
「ゼロ…」
「だからいつか、原因を解明して色を知る。それが当分の目標だな。生きる上で目標があれば、やる気も出るってもんだ。」
「…じゃあ、色を知った時はまた、みんなで集まって花火をしようね。」
「おー、いいなそれ。」
「"約束"だよ、ゼロ。」
「"約束"だ───」
不意に、軽い頭痛が襲う。
"約束だよ、今度こそ僕がみんなを守るから"
銀髪の子供が、無理やり笑ってそう言った。
その姿に見覚えがある。
───S.10だ。
「ゼロ?」
赦無の呼ぶ声がする。
その声で、S.0は我に返った。
「大丈夫?」
「お…おう、大丈夫だ。」
「指きりしよう。」
ゆーびきーりげんまん、と陽気に赦無は歌う。
若干洒落にならない雰囲気をひしひしと感じ取るS.0。
「ゆーびきった。」
「…よし、じゃあ俺たちも花火しようぜ!」
S.0は立ちあがって、花火を用意する。
手に持っているのは、ねずみ花火だ。
それを見た赦無は、何かを思いついたような、いたずらな笑みを浮かべた。
「白、枉徒、ねずみ花火をしよう。」
「いいですね!是非やりましょう!」
「ねずみ花火…?」
首を傾げる枉徒。
赦無はそれぞれが持っているねずみ花火に火を付けて、投げさせる。
「くるくるしてます!綺麗です!」
ねずみ花火は落ちた場所でくるくると回転し、火花を散らす。
その様子を笑って見ていた四人だったが…次第に雲行きが怪しくなる。
「…あれ?なんかこっちに来てないか?」
「そりゃあ、ねずみ花火だもん。こんなに投げたら数個くらいはこっちに来るよ。」
「待ってください赦無さん…数個どころか…」
「あはは、全部こっちに来てますね!」
「笑い事じゃないだろ!?」
「ひええええええ!」
赦無は白理を、S.0は枉徒を抱えて安全な高台へ避難する。
冷や冷やした枉徒とS.0だったが、ぷっと吹き出して、おかしそうに笑った。
愉快な笑い声は、夜空に響いていた。
場所は変わって、ナナキのいるサラマンドラの国。
比較的襲撃が多い土地だったが、S.10が来てからというものの、目に見えて襲撃と被害がなくなっていた。
「…へっ…くしっ」
「うおっ、なんだ…風邪か?」
書類仕事に熱中していたナナキは、ビクッと肩を揺らして、顔を上げた。
「風邪じゃないよ、ただの噂。」
S.10は棚の上に乗って、足をプラプラと揺らしている。
「で、どうだい?仕事は順調かい?」
「まぁまぁだな…あいつら二人と離れてから、何となく仕事がしづらくなったって言うか…。」
「だろうね、あの二人、突拍子がないけど頭はいいから。突拍子がないけど。」
「二回も言ったぞ。」
「事実だもの。」
「そういうお前も、頭はいいみたいだけど、どうなんだ?」
「僕のこれは時間と労力の上に成り立っているものさ。赦無のように鬼才児でもなければ、白理のように戦闘のセンスがあるわけでもない。もちろん、ゼロのように忍耐もない。」
「なんじゃそりゃ。」
「君も一度くらいは思ったことがあるんじゃないか?時間が止められたら、とか時間が巻き戻ったら、とか。」
S.10は足を組んで、ナナキにふとそんなことを問う。
ぽかんとしていたナナキだたったが、そんなこと幾度となく思ったことがある、と頷いた。
「そりゃああるさ、俺は人間だからな。」
「じゃあさ、それが君の気付かない間に何度も起こっていたとしたら…どうかな?」
S.10の赤い目が、すうっと細められる。
得体の知れない気味悪さが這い上がってくる。
「…何が言いたい。」
「君だって不思議に思ったろう?どうして僕がこの先起こることを、知っているかのように言動するのか。答えは簡単だ、僕がその力を持ってる。」
「そんな馬鹿げた話があるわけないだろう。」
そんなことあるわけがない、そう信じたいナナキ。
時間が巻き戻ったら…それはおそらく、人間であるなら一度くらいは誰しもが思うことだろう。
だがそれはあくまで、状況が指定出来るなら、の話だ。
勉強や仕事が残っている、そういう、人間なら誰しもある状況での話なのだ。
「白理だって空間の操作くらい容易に行うよ。それならば、この世界という空間が僕の手のひらに有っても、なんら不思議じゃない。もっとも、僕のこの力は望んで手に入れたものじゃないけど。」
「お前は何なんだ…?」
「僕はアウトサイダー。…もっとも、後天的に変質しただけのまがい物だけどね。だからセンチネルになろうがそれは僕の勝手ってわけ。」
「後天的に…?そもそもアウトサイダーは何なんだ…?」
「おや、知らないのかい?あれらは人間から生まれたものなんだけどねぇ。」
あのおぞましいものが人間から生まれたものだとは、考えたくない。
S.10が本当のことを言っている保証もない。
「あの無邪気さと残酷さは君たちがよく知っているじゃないか。あれらも元は人間だよ。"水子"の概念が混じり合って生まれたもの…とでも言うべきかな。いわば、怨念の塊。君たちは殺しすぎたんだ、だから報復されても文句は言えない。」
「殺しすぎた…?」
「そう、君たちの知るアウトサイダーはそうだ。僕のように後天的になったのもいれば、恨みを抱いていないのもいるけどね。あれらの正体は、親に殺された"水子"の集合体だよ。」
「その証拠はどこにある?」
「僕がいるじゃないか。本人の力にもよるけど、そもそもアウトサイダーやヘレティクスを殺せるような武器を開発したのは、この僕だよ?」
「それが本当だとして、何でお前は俺たちに手を貸す?」
「言ったろ、僕は後天的にアウトサイダーになったって。僕も元は人間さ。親はいなかったけど、兄と弟妹たちがいた。幸せだったよ。」
懐かしむように、S.10は笑みを浮かべた。
「兄さんは僕らを守って死んだ。弟妹たちも、僕が守れずに死んだ。目の前で、千切られて死んでいった。僕だけが生き残った。僕だけが、人類の希望だった。」
「何の話だ…?」
「そもそもおかしな話でしょ。あれらは表世界で生まれたんだよ?なのにどうして領域内にいると思ってるの?まさか、自分で向かったわけでもあるまいし。」
「…言われてみれば…確かにそうだな。」
「理由は簡単、人間が人柱を用意したのさ。自分たちが生き残るために。勝てた殺し合いを放棄して。その人柱ごと領域内に追いやって、空間を切り離したんだ。…たかが、数万人だよ。多くても。」
「……?」
「勝てたんだ…人類は、勝てた。なのに、あいつらは…僕にすがった挙句に、僕を見捨てた。数千人残れば、人類なんてまた繁栄出来るというのに…結局我が身の可愛さのあまり、人類は救いを放棄した。」
それは憎悪だ。
人間という種族に対する、裏切りへの憎悪。
「だから僕は、人間を救うことはやめた。僕は僕の約束を果たすために、…バラバラになったものを元通りにするために、昔も…そして今も戦うんだ。それには君が必要不可欠なんだよ、ナナキ。」
「俺が…?」
「そう。アウトサイダーはある条件を除いて、こちらには出てこられない。」
「条件?どんな条件だ?」
「S.0の憎悪が一定以上超えれば、切り離した空間に穴が開いて、そこからアウトサイダーが出てくる。ゼロはアウトサイダーに近い。それでもって、アウトサイダーのお気に入りだ。いくら今は落ち着いているとはいえ、そのお気に入りに手を出されたら、アウトサイダーは本格的に人間を攫い、殺して、作り替えるだろう。」
「何故そこまで気に入られている?」
「…同じ、だからかな。」
「同じ…?」
「うん、同じ。でも、アウトサイダーとは抱く感情が違う。ゼロはとても賢い。自分がアウトサイダーを呼び出す鍵となることくらい、重々理解しているよ。だから、ゼロは人間に期待なんてしない。愚かでどうしようもなくて、救われない哀れな存在だと認識することで、人間の差別を仕方ないことだと処理している。」
「…仕方のない…こと。」
「ゼロは優しすぎる。そうでもしないと、人間に対する憎悪はやがて殺意になる。でも、ゼロはそれを拒んだ。もちろん、アウトサイダーを外に出さないっていう理由もあるけど…本当の理由はそうじゃない。まぁ、僕の口からは何とも言えないけど。」
「分かってて言わない、の間違いだろ。」
「あっはっは、正解。はなまるシールをあげようか。」
S.10は棚から降りて、ナナキの頬にシールを張り付けた。
「じゃ、お仕事頑張ってね、ナナちゃん♪」
そうして、去り際にウインクして、部屋を出ていってしまった。
その顔はどこか晴れやかで。
何となく、赦無と白理が混じったような奴だと思った。
「俺は子供かよ…。ってかなんで俺が必要なのかも言ってないし…。」
剥がしたシールには、"たいへんよく出来ました"の文字が。
見た目に反し子供らしからぬ行動も、時間を繰り返したことでの弊害なのだろうか。
───いつか、S.10も見た目相応に、子供らしく生きられたら…。
煮え切らないナナキは頭をかいて、コーヒーを淹れるために立ちあがった。
だが、誰かから認められたことが何となく嬉しくて、必要とされたことが喜ばしくて、ふっと笑みを浮かべた。
「お前たちのことだよ。人造人間には好評だったぞ、お前たち。特に白理。」
「私が?何故です?」
「お前、人造人間も人間も変わらないって言っただろう?」
「言いましたよ、事実ですし。」
「その言葉に救われたんだよ。」
「えー?」
白理は訳が分からない、と言いたげに首を傾げた。
こればかりは、他人に興味のない白理には難しい話だろう。
「お前は無自覚でも、俺たちみたいな人でなしに優しいんだよ。人造人間といえば、人間からしてみたら"消費する物"には違いない。人間の劣化ってのが、人造人間の共通認識だろうな。」
「でも、人間から産まれたのだから人間でしょう?どこから産まれてくるか、その程度の違いですし。今も昔も、人間は人間を造ってるじゃないですか。」
「そうだな。人造人間は奴隷のように使われて、それでも文句を言うことは許されない。人間にとって使い捨ての駒だからな。暴言を吐かれても、暴力を振るわれても、それが仕方ないと人造人間は認識しているだろう。だからこそ、同じ人間扱いをしてくれるお前たちを気に入ってるんだろうな。」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。」
「人って難しいですね。」
その返答が、白理らしい。
逆に白理は表裏がなさすぎて、さらに言えば無邪気すぎるところが人間味を感じさせない。
「そうだゼロ、夜は花火をしようよ。」
「花火…?」
「赦無さん、花火ってなんですか?」
「火をつけると、色のついた火花が飛び散って綺麗なんだ。本当は夏に出来たら良かったんだけどね。」
「へぇ…。」
「すごい!やってみたいです!」
枉徒は興味津々だ。
そんな様子を見て、S.0も頷く。
「楽しそうだな、やってみるか。」
「それじゃあ、夜に屋上に行きましょうか。きっと星が綺麗に見えますよ。」
「やったぁ!」
枉徒は嬉しそうに飛び跳ねた。
そこまで喜んでもらえると準備したかいがあるよ、と赦無も嬉しそうに笑っていた。
騒がしく幸せな日常は、まだまだ続きそうだ。
夜食を食べ終えて、夜。
時刻は十一時過ぎ、いつもならS.0は寝ている時間だが…。
「ジェット噴射~。」
「わぁぁ!本当に綺麗です!」
枉徒と白理は楽しそうにはしゃいでいる。
小学生と同じくらいのはしゃぎようだ。
無邪気だなぁ、と笑うS.0の隣に、赦無が座る。
「いえーい、楽しんでるかい。」
「無表情のわりにめちゃくちゃテンション高いなオイ。」
「ゼロが別のこと考えてるからだよ。綺麗じゃなかった?」
「いや、綺麗だと思うぞ。お前たちが綺麗だって言うんなら、感動するくらい綺麗なんだろうな。」
「…なにそれ?」
言っている意味が理解出来なかった。
「それじゃあまるで、ゼロが色を知らないみたいじゃん。」
「…知らないからな。」
S.0から告げられた事実は、赦無を驚かせるには充分すぎた。
「最近ようやく知ってきたところなんだ。だが、領域内の色は基本的に同じだろう?」
「…そう、だけど。」
「お前たちの世界なら、綺麗な青空も見られたのかもしれないが、残念ながらそれは叶わなかった。表世界だと、俺の色覚認識は全てモノクロになるらしい。けど、そんなモノクロの世界でも、綺麗だったよ。」
S.0は微笑を浮かべた。
その言葉からは、嘘を感じ取れない。
「だって、モノクロでもすっごいグラデーションなんだぞ?ちょっとした光の当たり具合で、変わっていくんだ。初めて見たときは感動したよ。それに、色を知ったらどんなに綺麗だろうって、お前たちが少し羨ましかった。」
「ゼロ…」
「だからいつか、原因を解明して色を知る。それが当分の目標だな。生きる上で目標があれば、やる気も出るってもんだ。」
「…じゃあ、色を知った時はまた、みんなで集まって花火をしようね。」
「おー、いいなそれ。」
「"約束"だよ、ゼロ。」
「"約束"だ───」
不意に、軽い頭痛が襲う。
"約束だよ、今度こそ僕がみんなを守るから"
銀髪の子供が、無理やり笑ってそう言った。
その姿に見覚えがある。
───S.10だ。
「ゼロ?」
赦無の呼ぶ声がする。
その声で、S.0は我に返った。
「大丈夫?」
「お…おう、大丈夫だ。」
「指きりしよう。」
ゆーびきーりげんまん、と陽気に赦無は歌う。
若干洒落にならない雰囲気をひしひしと感じ取るS.0。
「ゆーびきった。」
「…よし、じゃあ俺たちも花火しようぜ!」
S.0は立ちあがって、花火を用意する。
手に持っているのは、ねずみ花火だ。
それを見た赦無は、何かを思いついたような、いたずらな笑みを浮かべた。
「白、枉徒、ねずみ花火をしよう。」
「いいですね!是非やりましょう!」
「ねずみ花火…?」
首を傾げる枉徒。
赦無はそれぞれが持っているねずみ花火に火を付けて、投げさせる。
「くるくるしてます!綺麗です!」
ねずみ花火は落ちた場所でくるくると回転し、火花を散らす。
その様子を笑って見ていた四人だったが…次第に雲行きが怪しくなる。
「…あれ?なんかこっちに来てないか?」
「そりゃあ、ねずみ花火だもん。こんなに投げたら数個くらいはこっちに来るよ。」
「待ってください赦無さん…数個どころか…」
「あはは、全部こっちに来てますね!」
「笑い事じゃないだろ!?」
「ひええええええ!」
赦無は白理を、S.0は枉徒を抱えて安全な高台へ避難する。
冷や冷やした枉徒とS.0だったが、ぷっと吹き出して、おかしそうに笑った。
愉快な笑い声は、夜空に響いていた。
場所は変わって、ナナキのいるサラマンドラの国。
比較的襲撃が多い土地だったが、S.10が来てからというものの、目に見えて襲撃と被害がなくなっていた。
「…へっ…くしっ」
「うおっ、なんだ…風邪か?」
書類仕事に熱中していたナナキは、ビクッと肩を揺らして、顔を上げた。
「風邪じゃないよ、ただの噂。」
S.10は棚の上に乗って、足をプラプラと揺らしている。
「で、どうだい?仕事は順調かい?」
「まぁまぁだな…あいつら二人と離れてから、何となく仕事がしづらくなったって言うか…。」
「だろうね、あの二人、突拍子がないけど頭はいいから。突拍子がないけど。」
「二回も言ったぞ。」
「事実だもの。」
「そういうお前も、頭はいいみたいだけど、どうなんだ?」
「僕のこれは時間と労力の上に成り立っているものさ。赦無のように鬼才児でもなければ、白理のように戦闘のセンスがあるわけでもない。もちろん、ゼロのように忍耐もない。」
「なんじゃそりゃ。」
「君も一度くらいは思ったことがあるんじゃないか?時間が止められたら、とか時間が巻き戻ったら、とか。」
S.10は足を組んで、ナナキにふとそんなことを問う。
ぽかんとしていたナナキだたったが、そんなこと幾度となく思ったことがある、と頷いた。
「そりゃああるさ、俺は人間だからな。」
「じゃあさ、それが君の気付かない間に何度も起こっていたとしたら…どうかな?」
S.10の赤い目が、すうっと細められる。
得体の知れない気味悪さが這い上がってくる。
「…何が言いたい。」
「君だって不思議に思ったろう?どうして僕がこの先起こることを、知っているかのように言動するのか。答えは簡単だ、僕がその力を持ってる。」
「そんな馬鹿げた話があるわけないだろう。」
そんなことあるわけがない、そう信じたいナナキ。
時間が巻き戻ったら…それはおそらく、人間であるなら一度くらいは誰しもが思うことだろう。
だがそれはあくまで、状況が指定出来るなら、の話だ。
勉強や仕事が残っている、そういう、人間なら誰しもある状況での話なのだ。
「白理だって空間の操作くらい容易に行うよ。それならば、この世界という空間が僕の手のひらに有っても、なんら不思議じゃない。もっとも、僕のこの力は望んで手に入れたものじゃないけど。」
「お前は何なんだ…?」
「僕はアウトサイダー。…もっとも、後天的に変質しただけのまがい物だけどね。だからセンチネルになろうがそれは僕の勝手ってわけ。」
「後天的に…?そもそもアウトサイダーは何なんだ…?」
「おや、知らないのかい?あれらは人間から生まれたものなんだけどねぇ。」
あのおぞましいものが人間から生まれたものだとは、考えたくない。
S.10が本当のことを言っている保証もない。
「あの無邪気さと残酷さは君たちがよく知っているじゃないか。あれらも元は人間だよ。"水子"の概念が混じり合って生まれたもの…とでも言うべきかな。いわば、怨念の塊。君たちは殺しすぎたんだ、だから報復されても文句は言えない。」
「殺しすぎた…?」
「そう、君たちの知るアウトサイダーはそうだ。僕のように後天的になったのもいれば、恨みを抱いていないのもいるけどね。あれらの正体は、親に殺された"水子"の集合体だよ。」
「その証拠はどこにある?」
「僕がいるじゃないか。本人の力にもよるけど、そもそもアウトサイダーやヘレティクスを殺せるような武器を開発したのは、この僕だよ?」
「それが本当だとして、何でお前は俺たちに手を貸す?」
「言ったろ、僕は後天的にアウトサイダーになったって。僕も元は人間さ。親はいなかったけど、兄と弟妹たちがいた。幸せだったよ。」
懐かしむように、S.10は笑みを浮かべた。
「兄さんは僕らを守って死んだ。弟妹たちも、僕が守れずに死んだ。目の前で、千切られて死んでいった。僕だけが生き残った。僕だけが、人類の希望だった。」
「何の話だ…?」
「そもそもおかしな話でしょ。あれらは表世界で生まれたんだよ?なのにどうして領域内にいると思ってるの?まさか、自分で向かったわけでもあるまいし。」
「…言われてみれば…確かにそうだな。」
「理由は簡単、人間が人柱を用意したのさ。自分たちが生き残るために。勝てた殺し合いを放棄して。その人柱ごと領域内に追いやって、空間を切り離したんだ。…たかが、数万人だよ。多くても。」
「……?」
「勝てたんだ…人類は、勝てた。なのに、あいつらは…僕にすがった挙句に、僕を見捨てた。数千人残れば、人類なんてまた繁栄出来るというのに…結局我が身の可愛さのあまり、人類は救いを放棄した。」
それは憎悪だ。
人間という種族に対する、裏切りへの憎悪。
「だから僕は、人間を救うことはやめた。僕は僕の約束を果たすために、…バラバラになったものを元通りにするために、昔も…そして今も戦うんだ。それには君が必要不可欠なんだよ、ナナキ。」
「俺が…?」
「そう。アウトサイダーはある条件を除いて、こちらには出てこられない。」
「条件?どんな条件だ?」
「S.0の憎悪が一定以上超えれば、切り離した空間に穴が開いて、そこからアウトサイダーが出てくる。ゼロはアウトサイダーに近い。それでもって、アウトサイダーのお気に入りだ。いくら今は落ち着いているとはいえ、そのお気に入りに手を出されたら、アウトサイダーは本格的に人間を攫い、殺して、作り替えるだろう。」
「何故そこまで気に入られている?」
「…同じ、だからかな。」
「同じ…?」
「うん、同じ。でも、アウトサイダーとは抱く感情が違う。ゼロはとても賢い。自分がアウトサイダーを呼び出す鍵となることくらい、重々理解しているよ。だから、ゼロは人間に期待なんてしない。愚かでどうしようもなくて、救われない哀れな存在だと認識することで、人間の差別を仕方ないことだと処理している。」
「…仕方のない…こと。」
「ゼロは優しすぎる。そうでもしないと、人間に対する憎悪はやがて殺意になる。でも、ゼロはそれを拒んだ。もちろん、アウトサイダーを外に出さないっていう理由もあるけど…本当の理由はそうじゃない。まぁ、僕の口からは何とも言えないけど。」
「分かってて言わない、の間違いだろ。」
「あっはっは、正解。はなまるシールをあげようか。」
S.10は棚から降りて、ナナキの頬にシールを張り付けた。
「じゃ、お仕事頑張ってね、ナナちゃん♪」
そうして、去り際にウインクして、部屋を出ていってしまった。
その顔はどこか晴れやかで。
何となく、赦無と白理が混じったような奴だと思った。
「俺は子供かよ…。ってかなんで俺が必要なのかも言ってないし…。」
剥がしたシールには、"たいへんよく出来ました"の文字が。
見た目に反し子供らしからぬ行動も、時間を繰り返したことでの弊害なのだろうか。
───いつか、S.10も見た目相応に、子供らしく生きられたら…。
煮え切らないナナキは頭をかいて、コーヒーを淹れるために立ちあがった。
だが、誰かから認められたことが何となく嬉しくて、必要とされたことが喜ばしくて、ふっと笑みを浮かべた。
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