色災ユートピア
5.赦無
領域内は、何とも言えない異質さを感じる。
ハクリの肉体を背負って、シャナは歩き続ける。
が、道中、聞き覚えのある声に足を止めた。
「誰だアイツらに喧嘩ふっかけたの!引き剥がして連れてこい!」
「っていうかアイツらを怒らせた挙句今も喧嘩続けてるとかどんな人でなしなんすかねェェェエエ!?」
ぶ  か  の  ひ  つ  う  な  さ  け  び  ご  え  。
慌ただしく、S.0と似たような服を身に着けた青少年たちが、どこかへと走って向かっていった。
おおよそ人とは思えない脚力に、シャナも思わず驚きを隠せずにいた。
「これは…何が起こってるんだ…?」
「まーた迷い子…って、お前…また来たのか?」
シャナに気付いたS.0は、シャナの目の前に飛び降りて来た。
「んん?…こっちに引き込まれてるじゃないか!何でこっちに来た!」
「妹がここにいる。助けに来た。」
「妹だと?…待て、まさか…あそこで暴れてるのは…。嘘だろう、あの子がアイツら相手に、ナイフ一本で、戦って勝ったってのか…?」
「ハクを知ってるの?どこにいる?」
「…あぁもう、考えるのは後だ!ついてこい!」
走り出したS.0の後に続き、シャナも走り出す。
最初は妹の肉体を背負っていることもあり、息が上がっていたが、それもすぐに楽になる。
人ならざるものへと変化しているのが、理解出来た。
「シャナ!」
「ここだ!ここにいる!」
呼び止められ、シャナは足を止めた。
それに釣られたのか、S.0も止まる。
「どうした、先に行かないのか?」
「…少しだけ、時間が欲しい。それと、聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「ここに来た生身の人間は、どうなる?」
「アイツらが見えるか?あの黒い塊。」
指さした方向には、激しく暴れる黒い塊があった。
「名前はない。だが、アイツらがこの領域の支配者だ。アイツらは人間を捕らえて、飽きたら作り替える。死んでも同じだ。」
「囚われることには変わりない…と。」
「そう。ここじゃあ死ぬのも殺されるのも同じ。どちらにしろ囚われる。ここに来た人間はな、最初こそ出口を探そうと躍起になるが、やがて肉体が変質し、それに快感を覚えて狂っちまう。そうして外に出る気も起きなくなる。」
「妹も、そう?」
「いや、お前の妹は大丈夫だ。何がなんでも、お前の元に帰ると言っていた。異常だが、その信念は本物だ。」
「そう…。ここに法はある?」
「無法地帯だな。」
「なら、よかった。」
シャナは少し笑みを浮かべた。
そして、妹を背負ったまま、こちら側に引き込まれた両親に近付いた。
両親は黒い、ブヨブヨしたスライムのような塊に囚われていた。
両親に気付いたS.0は、心底驚いた顔をしていた。
だが、それをシャナは知らない。
「あぁ、よかった。助けてくれ、動けないんだ。」
「こんなわけも分からない場所に連れてこられて…早く出ましょう。」
シャナはいつの間にか拾ったナイフを手に、歩み寄る。
両親はほっと安堵する。
「───二人はここで死んでね。」
その安堵もつかの間だった。
シャナはナイフを握りしめて、父親の目に突き立てた。
父親は思わず絶叫する。
「助けてくれ?何を言ってるのか分からないよ。母さんも父さんも、ハクを助けてくれなかったくせに。」
何度も、何度も、何度も、シャナはナイフを突き立てた。
もはや顔が血まみれで、原型を留めていなかった。
「母さんも父さんも、結局僕が利用出来るから、良い親を演じてたんでしょ?でも、僕はそれ嫌い。ハクを愛してくれないなら、あんたらはいらないや。」
ドスッ、と最後は心臓に、ナイフを突き立てる。
ナイフを引き抜くと、血飛沫が溢れ出た。
「だから、ここで死んでくれたら好都合。大丈夫、ハクには僕から言っておくよ。"行方不明になった"ってね。安心して、僕に殺されてね。」
「いや…いやああああ!許して!死にたくない!誰か…そこにいるアンタ!見てないで助けてよ!!!!」
母親は無様に、見境なく助けを求める。
S.0は動かなかった。
否、───動けなかった。
「うるさいなぁ、舌切り落としちゃおうか。」
シャナは笑っていた。
それは怒りも憎悪も感じない、無邪気な子供らしい笑みだった。
「僕にはハクがいればいい。ハクには僕がいればいい。あんたらは必要ない。だって、僕たちは双子だから。ハクと一緒にいたら、出来ないことなんてないんだから。」
「アガッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
切り落とした舌を踏み潰し、ナイフを回収する。
「死体の処理にも困ってたから、ちょうどよかった。行方不明で処理出来るしね。」
「ヴヴッヴヴア゙ア゙ア゙、ア゙ア゙!!!!」
「じゃあね、もし変わっても殺してあげる。」
近くにあったハンドガンを拾って、母親の頭を撃ち抜いた。
母親はガクンッと崩れ落ちた。
「…殺した、のか?」
「うん。じゃなきゃ、こんなところに引き込んでくれなんて言わない。ここでハクと生きられるなら、引き込んでくれなんて言わなかったよ。」
ハクリも大概異常だったが、本性を表せばシャナも異常者だった。
もしかしたら、シャナの方がもっとタチの悪い異常者かもしれない。
「殺すためにここに引き込んだんだよ。だってここは無法地帯なんでしょ?人間が死んだって、死んだ事実があるだけ。父さんも母さんも、ハクを殺そうとしたんだ。だから、殺されたって文句は言えないよ。」
「…そうか、そう…だな。お前の言う通りだよ…。」
「僕に赦しなんて必要無い。僕を赦す人間なんて、どこにももう居やしないよ。」
そう、そんな聖人など…もうどこにもない。
大人が減れば減るほど、世界は争いで満ちる。
それこそ無法地帯…終末と言える世界だろう。
たとえ誰かが殺人や窃盗を犯したとして、そうしなければ生きられないのだから。
赦すことなど、誰にも出来はしない。
そして、シャナには赦しなど必要無い。
罪の意識がないシャナを咎めても、罰しても、無意味でしかない。
誰かの赦しは必要無いのだ。
ハクリの肉体を背負って、シャナは歩き続ける。
が、道中、聞き覚えのある声に足を止めた。
「誰だアイツらに喧嘩ふっかけたの!引き剥がして連れてこい!」
「っていうかアイツらを怒らせた挙句今も喧嘩続けてるとかどんな人でなしなんすかねェェェエエ!?」
ぶ  か  の  ひ  つ  う  な  さ  け  び  ご  え  。
慌ただしく、S.0と似たような服を身に着けた青少年たちが、どこかへと走って向かっていった。
おおよそ人とは思えない脚力に、シャナも思わず驚きを隠せずにいた。
「これは…何が起こってるんだ…?」
「まーた迷い子…って、お前…また来たのか?」
シャナに気付いたS.0は、シャナの目の前に飛び降りて来た。
「んん?…こっちに引き込まれてるじゃないか!何でこっちに来た!」
「妹がここにいる。助けに来た。」
「妹だと?…待て、まさか…あそこで暴れてるのは…。嘘だろう、あの子がアイツら相手に、ナイフ一本で、戦って勝ったってのか…?」
「ハクを知ってるの?どこにいる?」
「…あぁもう、考えるのは後だ!ついてこい!」
走り出したS.0の後に続き、シャナも走り出す。
最初は妹の肉体を背負っていることもあり、息が上がっていたが、それもすぐに楽になる。
人ならざるものへと変化しているのが、理解出来た。
「シャナ!」
「ここだ!ここにいる!」
呼び止められ、シャナは足を止めた。
それに釣られたのか、S.0も止まる。
「どうした、先に行かないのか?」
「…少しだけ、時間が欲しい。それと、聞きたいことがある。」
「なんだ?」
「ここに来た生身の人間は、どうなる?」
「アイツらが見えるか?あの黒い塊。」
指さした方向には、激しく暴れる黒い塊があった。
「名前はない。だが、アイツらがこの領域の支配者だ。アイツらは人間を捕らえて、飽きたら作り替える。死んでも同じだ。」
「囚われることには変わりない…と。」
「そう。ここじゃあ死ぬのも殺されるのも同じ。どちらにしろ囚われる。ここに来た人間はな、最初こそ出口を探そうと躍起になるが、やがて肉体が変質し、それに快感を覚えて狂っちまう。そうして外に出る気も起きなくなる。」
「妹も、そう?」
「いや、お前の妹は大丈夫だ。何がなんでも、お前の元に帰ると言っていた。異常だが、その信念は本物だ。」
「そう…。ここに法はある?」
「無法地帯だな。」
「なら、よかった。」
シャナは少し笑みを浮かべた。
そして、妹を背負ったまま、こちら側に引き込まれた両親に近付いた。
両親は黒い、ブヨブヨしたスライムのような塊に囚われていた。
両親に気付いたS.0は、心底驚いた顔をしていた。
だが、それをシャナは知らない。
「あぁ、よかった。助けてくれ、動けないんだ。」
「こんなわけも分からない場所に連れてこられて…早く出ましょう。」
シャナはいつの間にか拾ったナイフを手に、歩み寄る。
両親はほっと安堵する。
「───二人はここで死んでね。」
その安堵もつかの間だった。
シャナはナイフを握りしめて、父親の目に突き立てた。
父親は思わず絶叫する。
「助けてくれ?何を言ってるのか分からないよ。母さんも父さんも、ハクを助けてくれなかったくせに。」
何度も、何度も、何度も、シャナはナイフを突き立てた。
もはや顔が血まみれで、原型を留めていなかった。
「母さんも父さんも、結局僕が利用出来るから、良い親を演じてたんでしょ?でも、僕はそれ嫌い。ハクを愛してくれないなら、あんたらはいらないや。」
ドスッ、と最後は心臓に、ナイフを突き立てる。
ナイフを引き抜くと、血飛沫が溢れ出た。
「だから、ここで死んでくれたら好都合。大丈夫、ハクには僕から言っておくよ。"行方不明になった"ってね。安心して、僕に殺されてね。」
「いや…いやああああ!許して!死にたくない!誰か…そこにいるアンタ!見てないで助けてよ!!!!」
母親は無様に、見境なく助けを求める。
S.0は動かなかった。
否、───動けなかった。
「うるさいなぁ、舌切り落としちゃおうか。」
シャナは笑っていた。
それは怒りも憎悪も感じない、無邪気な子供らしい笑みだった。
「僕にはハクがいればいい。ハクには僕がいればいい。あんたらは必要ない。だって、僕たちは双子だから。ハクと一緒にいたら、出来ないことなんてないんだから。」
「アガッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
切り落とした舌を踏み潰し、ナイフを回収する。
「死体の処理にも困ってたから、ちょうどよかった。行方不明で処理出来るしね。」
「ヴヴッヴヴア゙ア゙ア゙、ア゙ア゙!!!!」
「じゃあね、もし変わっても殺してあげる。」
近くにあったハンドガンを拾って、母親の頭を撃ち抜いた。
母親はガクンッと崩れ落ちた。
「…殺した、のか?」
「うん。じゃなきゃ、こんなところに引き込んでくれなんて言わない。ここでハクと生きられるなら、引き込んでくれなんて言わなかったよ。」
ハクリも大概異常だったが、本性を表せばシャナも異常者だった。
もしかしたら、シャナの方がもっとタチの悪い異常者かもしれない。
「殺すためにここに引き込んだんだよ。だってここは無法地帯なんでしょ?人間が死んだって、死んだ事実があるだけ。父さんも母さんも、ハクを殺そうとしたんだ。だから、殺されたって文句は言えないよ。」
「…そうか、そう…だな。お前の言う通りだよ…。」
「僕に赦しなんて必要無い。僕を赦す人間なんて、どこにももう居やしないよ。」
そう、そんな聖人など…もうどこにもない。
大人が減れば減るほど、世界は争いで満ちる。
それこそ無法地帯…終末と言える世界だろう。
たとえ誰かが殺人や窃盗を犯したとして、そうしなければ生きられないのだから。
赦すことなど、誰にも出来はしない。
そして、シャナには赦しなど必要無い。
罪の意識がないシャナを咎めても、罰しても、無意味でしかない。
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