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色災ユートピア

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2.始まりの日 兄編

「───ハク?」

かわいた銃声が聞こえた。
嫌な予感がして、シャナは急いで家の中に駆け込む。
呼びかけてみても返事はない。

「ハク!返事をして!」

ハクリの自室にはいない。
だが、火薬と、むせ返るような血の臭いがする。
途中、ドタドタと誰かが出ていくような音がしたが、構っている暇はない。
臭いを堪えて、最後に自分の部屋の扉を開ける。

「ハク!」

生暖かい何かを踏む。
ヒュッ、と呼吸が止まった。

力無く横たわる、小さな体。
服は血で真っ赤に染まっている。

「…ハク?」


───分かっている。
問うたところで、声が聞こえないことくらい。
それでも、問わずにはいられない。
頭で理解していても、いくら鬼才児と言われようと、たった一人の妹なのだから。

「っ…」

…落ち着け
とにかく落ち着け
冷静になれ
こういう時は救急車だ
止血できるものを持って来なければ
警察など後でいい

「こんな…こんなところで、こんなことで死ぬなんて許さないぞ…!」

歯を食いしばって、無理やり頭を働かせる。
血でぬかるむことも気にせず、シャナはありったけのタオルと携帯電話を持つ。
自室に駆け込むと、急いで電話をかける。




救急車はすぐに来た。
たまたま帰る途中だったのだ。
ハクリは集中治療室に運ばれていった。

外傷は明らかだった。
その後、警察が訪ねてきた。
自宅の調査の結果、強盗に押し入られ、撃たれたとのことだった。
ただ、それだけだった。
犯人は見つからない。
そもそもそれに手が回せない。
大人は次々いなくなっていて、現在は成人不足だ。
たかが一家が襲われたくらいで、警察はもう、動いてはくれない。

「ハク…どうか無事でいて…。」

子供はただ、指をくわえて見ているか、祈ることしか出来ない。
秩序も法も、もはや取り返しがつかないほど崩れかかっているのだ。

「シャナ!無事か!」

慌てて駆け寄ってきたのは、両親だった。
シャナの顔を見て安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。

「良かった…無事だったのね…。」

抱きしめる母親を、冷めた目で見ているシャナ。
両親はハクリの心配など微塵もしていない。
そう、ハクリは両親に愛されていなかった。
そんなこと、物心がつけば嫌でも分かってしまう。

「僕は平気。」

無表情で、そう告げる。
酷く不愉快だが、それを表に出せば、気の短い父親は激高するだろう。

「今日はもう帰りましょう、あなたが先に倒れてしまうわ。」

「…分かった。」

シャナは仕方なく頷き、両親に連れられて帰った。
車に揺られること数十分、シャナは眠りに落ちていた。





───夢だ
この感覚は間違いない
だが、記憶をたどっても見たことがないような場所だ

「どうした?道に迷ったのか?」

ふと、暗い世界の中、声が聞こえた。
振り返ると、そこには顔に痣のようなものがある少年…?が立っていた。

「ここはお前が来るところじゃないぞ。」

長い黒髪をポニーテールにした少年は、こちらを見て笑みを浮かべている。
敵意は感じない。
それどころかどこか懐かしさを感じた。

「帰り道はあっち、ほら、帰れ帰れ~。」

「ま、待って!あなたは誰?ここは一体…!?」

「そうだなぁ、お前がもっと大きくなって、また会ったらここがどこか分かるだろうさ。俺はS.0センチネル・ゼロだ。仲間にはそう呼ばれてる。」

「ゼロ…。」

「じゃあな、出来ればもう来るなよ。」

とん、と背中を押され、どこかに落ちていく。
その手はどこか温かくて。

意識が急速に浮上する。
急降下しているような寒さと気持ち悪さで、シャナは目を覚ました。

「はぁっ…はぁ…ゆ、夢…?」

夢のわりに、はっきりと感覚を覚えている。
時計を見れば、時刻は早朝四時。
冷や汗で湿ったパジャマが、厭に張り付く。

「ハク…ハクのところに行かなきゃ…。」

急かされるように、シャナは動き出す。
私服に着替え部屋を出ると、玄関には母親が立っていた。

「母さん…どうしたの?」

「病院から電話があったの。シャナも行く?」

願ってもない提案だ。
シャナは頷いて、母親と一緒に車に乗り、病院へと向かった。




受付を通り抜け、二人は診察室に向かう。

「手術は成功しました。」

椅子に座っていた医者は、そう告げた。
その事実に、シャナは少し安堵した。

「お兄さんの処置がなければ、あのまま死んでしまっていたでしょう。妹さんも、生きる意思があったから、生きられたのだと思います。」

「ハクは…?」

「それが…」

医者は、神妙な面持ちで、静かに告げた。

「脳が傷ついてしまっていて…全身麻痺に…。もう、眼を開けることも難しいかと…。」

「そんな…!」

絶望的だった。
意識はあるようだが、手を握ることも、話すことも、もう出来はしない。

昨日の昼まで笑っていた愛おしい妹は、もう戻って来ない。

「シャナ…心苦しいけれど、楽にさせてあげましょう…。」

「やだ…嫌だ!ハクは僕の妹なんだ!」

「意識があっても動けないのよ…そんなのあんまりだわ…。」

大人働き手が減ってから、ハクリのようにネグレクトを受ける子供はその数を増やしてきている。
当たり前とまではいかなくとも、身近にあることは間違いない。

「僕がちゃんとお世話するから!ハクを連れていかないで!」

医療費だって馬鹿にならない。
両親からしてみたら、正当そうな理由でハクリを捨てられるのだ。
だが、それを理解しているシャナは、何としてでも阻止しなければいけない。
ハクリだけが唯一の支えだった。
それを失ってしまえば、本当にどうなるか分からない。
唯一の良心も崩れ、殺人と強盗に手を染めるかもしれない。

「もし…もしハクを殺すっていうなら…僕だって死んでやる!僕たちは双子なんだ!離れ離れになるなんて許さない!」

診察室を飛び出して、ハクリの病室まで駆け抜ける。
心臓が千切れそうなくらい痛かった。
涙を拭って、病室に入る。

椅子を引きずって、つっかえ棒のように壁際まで押し込める。
引き戸式の扉だ、多少は時間稼ぎに使えるだろう。

「ハク!お願い眼を開けて!このままじゃ死んじゃう!起きて!」

返答は、無機質な機械の音だけ。

「ハク…お願いだから…僕を一人にしないで…。」

手を握り締めても、動くことはない。
泣いて泣いて、泣き疲れて、シャナは眠りに落ちる。
扉を叩く音が、遠く聞こえた。

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