四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter2-4:彼方よりの口笛2

 僕はカメラを構えて、音のする方を向きました。
 僕達から見て前方数メートル、そこから電柱が一定間隔で並んでいます。
 手前ではなく、奥の電柱のどれかから?
 しかし、よくもまあ、こんな音が聞こえている状況で委員長達は一歩踏み出せたもんです。カメラを構えていても、足が震えているのがわかります。あの謎宇宙からこっち、色々と体験してきましたが、口笛の『怖さ』は異質なんです。
 こう、魂にぎゅっとクル感じ……。

 ヤンさんがすっと前に出ました。ポケットに手を突っ込んで、前傾姿勢、汗をダラダラ垂らしながら正面にきりりとガンを垂れています。
「俺の後ろからこい」
 いやあ、カッコ良かったです。ばーちゃんと委員長が惚れるわー、と言ってました。ヤンさん人気ってここが最初だった気がします。
 僕も一歩踏み出しました。
 一応、僕も男の子である、というプライドみたいな物がありますので、ヤンさんの真横……は無理なので、やや斜め後ろにつくと、はふはふ言いながら――あ、これは撮ってる時はそんな息づかいになってるのに気がついてませんでしたが――まあ、何とか足は動きましたね。

 後で動画を確認した時に、やっぱり口笛と僕達の音以外が一切録音されていないってのが、また、なんとも……。
 ちなみに、もう一台の方、オジョーさんが録画していたカメラの映像が無い、とコメント欄でツッコんでおられる方がいらっしゃいましたが、そちらの方はですね、音も映像も酷いノイズが入っていて駄目だったんです。
 というか――もしかしたら、あれは『ちゃんと撮れ過ぎていた』のじゃないか、と考えてしまうのです。
 ばーちゃん曰く『公開して良いものではない』だそうです。僕も全く同意見でして、これが僕の遺言ビデオになろうとも、あの映像自体は公開されることはないと断言できます。

 僕達はじりじりと進んで行きました。最初の電柱を超え、次の電柱まで数メートル。
 確かにあの時、次の電柱の後ろにちらりと動くものを見た気がしました。ヤンさんが足でじゃりっと大きく音を立てました。威嚇みたいなもんだ、と後で聞きましたが、途端に口笛がふっと遠くなったんです。
 あれっ、これって近づくとどんどん遠くなるパターンじゃないのか? そう僕は思い、少しだけ緊張が解けました。ヤンさんもそうだったそうで、僕達はやや速足で進み始めました。ヤンさんが振り返って手を出しました。僕はすかさずカメラを渡します。ヤンさんはカメラを受け取るやいなや、けっ! と一声吠えるとダッシュです。あまりに素早いダッシュに僕は一瞬立ち止まってしまいました。

 その時、音が変わったんです。

 僕は瞬間、噂を思い出しました。

 そうだ、この噂は、『どこまでもついてくる口笛』だった。

 口笛は僕のすぐ後ろ、通り過ぎたばかりの二本目の電柱の影から聞こえてきていたんです。
 左肩に『そとっ』という妙な音ともに『重さ』が!
 前の電柱の後ろに回り込んだヤンさんが振り返ると、あっという顔をしました。

 後で動画を見ると、僕は真っ白な顔で目がやけに大きかったです。肩には手――というより、細い枝があみだクジみたいに所々横棒で結んである束みたいな物ですが、確かにそれが、その先を喰い込ませていました。
 ヤンさんが一歩、僕の方に踏み出そうとし、足を止めました。後で聞いた話では、正面から行って、僕ごと瞬間移動でもされたら発狂しちまうかもしれない、とのこと。
 ヤンさんは横道に飛び込みました。その道はぐるっと一周してこれるのだそうです。だから、そっち側から、後ろ向きで近づけば、と思ったそうです。僕も何となくそれは察しました。ということは、このままでいなければならない。

 ここから先はヤンさんが住宅街を走るあの動画の裏で何があったのかってやつなのですが――まず、僕はおしっこを漏らしました。
 いや! 正確には勝手に出た、ですかね。
 ここ大事です。
 なんかね、あれに掴まれ続けて、ずっと口笛を聞かされてると、体がフワフワしてくるんです。で、体の隅々に命令がいかないっていうか、ソフトな金縛りですか? 
 ところが頭の方は逆で、すごい勢いでザワザワしてくる。
 で、そのうち白と黒の細かいジャーッてのが視えてくるんです。
 いや、目はちゃんと風景を見てるんですよ? でも、頭の大部分を占めてるのはそれ。口笛に合わせて白と黒が歪んだり膨らんだり、凄い速さで回ったりする。
 そのうち、白と黒がいきなり数字になるんです。僕は残念ながら小学生で算数もそれほど好きじゃありませんし、プログラミング等もできません。だから頭を埋め尽くしたあの数字がどういう法則の基に出たり消えたりするのかは判りません。そもそも、ちゃんと記憶すらできませんでした。
 次は色です。モヤモヤとした緑と赤が渦を巻き、金色と紫がジグザグに動き、それから――あの空の図形、欠けた円が黄緑色で現われたのです。

 途端に、頭に凄い衝撃が走りました。

 掴まれた、と今に至るもそう思います。ただし、頭の外じゃなくて、中をです。
 言葉が流れ込んできました。声じゃなくて、言葉です。頭の中にどすんどすんと言葉が転がってくるのです。それが痛くて僕は悲鳴を上げました。

「こっちを向け!」

 ヤンさんの叫びが耳に飛び込んできました。僕は、腕を振り払って後ろを向きました。いや、正確に言うならば、腕は既に僕を掴んでいなかったんです。
 あれの役目は終わっていたんです。
 僕は尻餅をつきました。自分のおしっこの上に尻餅をつくっていうのは、もう二度と経験したくないものです。カメラを『ぶら下げた』ヤンさんが電柱の向こうに立っているのが見えました。
 そして、そのゴージャスな金髪が、ぞわっと逆立つのが見えた気がしましたが――僕はそこで気絶してしまったらしいです。
 人生初の気絶でしたが、うーん、何が何だか判らないままガチャガチャとなって気がついたら一時間後に家で寝ていたって感じですか。

 さて、口笛の回は尻切れトンボと言われております。動画ではヤンさんが住宅地を周って元に戻ったら、もう既に口笛は消えていたってことになって、テロップで『口笛の噂はそれ以来聞かれなくなった』と出て終わりなんですね。
 あの最後の映像、僕が尻餅ついて寝転がってるのは、実は後日撮ったフェイクです。ばーちゃんと相談して一応オチは付けとこうということになったからです。
 勿論、これはヤンさんが録画ミスをしていた、というわけじゃないんです。住宅地を走り抜ける所まではカメラをちゃんと構えていました。
 でも、角を曲がって後ろ向きになり自分の顔を撮りながら近づいてた時に、肩越しにちらりと『あいつ』を見てしまったのだそうです。

 これはカメラでは撮れない。

 そう思ったんだそうです。
 人に見せてはいけない物は絶対にある。
 ヤンさんは僕に声をかけ、完全に振り向いてあいつと相対した時に、自分の判断は間違っていなかったと確信したそうです。僕とヤンさんに挟まれたからなのか、それとも役目を終えたためなのか、ともかくあいつは消滅したそうです。ぽんっと弾けて消えたそうです。
 僕は正直に、どういう風貌なのか見てみたかったと次の日、ヤンさんの店で言いました。ヤンさんは中華鍋でチャーハンをじゃっじゃっと炒めながら僕を睨みました。

「気持ちはわかっけどよ、腕見たろ? ああいうのがもっと生えてんだぞ?
 しかも頭みてえのがすげえ上の方にあってよ、そのくせ、口は緑色の足の間にあんだぞ。そこだけ、その口だけがよ、厚ぼったい人間みたいな唇しててよ、それがこう、すぼまって口笛を――」

 僕はそこで手を挙げて、もういいですと言いました。

コメント

コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品