四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter2-3:彼方よりの口笛1

 スタート地点としまして、一番最近の報告、つまり腕を掴まれた、という投稿に書かれた場所である〇〇町××番地の電柱から東西に分かれる、ということにしました。
 最初に僕がカメラを回し、残りの三人で電柱を調べてもらい、まあ案の定、なにもありませんねえという事になりまして、じゃあ、もう追うしかねえな、とヤンさんがカンペをちらちら見ながら言いますと、食い気味にオジョーさんが声を張り上げました。
「では、お互いに無理せず元気に参りましょう!」
 びしっと敬礼をするヤンさん。
 早いよ! でもイエッサー! と僕がカメラの外から元気よく答え、委員長が溜息をついたところで、午後二時半。

 追跡開始です。

 組み合わせは、僕とヤンさん、委員長とオジョーさんという形になりました。
 まあ、あれです、グッとパーで合った人、で決めました。
 デジカメは二台。回しっぱなしじゃなくて要所要所で撮る感じ。連絡はヤンさんとオジョーさんの携帯です。
 歩き始めて数分でオジョーさんからメールがありました。
『とっても蒸し暑いですわ~』
 えー、実際のメールはもうちょっと長く、絵文字やら委員長との写メやらが入ってまして、ヤンさんがカメラと僕を何度か見て、俺もこれやんのか? と深刻そうに聞いてきました。
 いや、やらんでもよかったのですが、とりあえず一枚撮っときました。通行人のおばちゃんに頼んで、二人でヤンキー座りを決めてるやつです。タイトルは『撮ってみた』。
 まあ、あれが後に某掲示板で拡散され、AAアスキーアートになるとはねぇ……あまりに吃驚して無表情になりましたよ、僕は……。

 時刻は三時半です。この日の時間をやたらと細かく覚えているのは、オジョーさんとヤンさんとのメールのやり取りを後になって何度も確認しているからです。気の早い蝉が遠くの木で鳴いているようです。見上げると、ぬけるような青い空に黒い電線。そこにとまっている黒い固まり。なるほど烏が多いです。
 ポーン、とメールが到着する音。
『休憩しませんか! あたし達はもうしてます!』
 ヤンさんが苦笑いしながら僕にメールを見せました。汗だくで、熱中症対策として被ってきた帽子をうちわ代わりにしてた僕はこくこくと頷きました。
 続いて写真がポーンと来ました。
 二人で変顔をしつつアイスを食べています。
 コンビニの前で、絶妙な位置に白い猫が、何だこいつらって顔で見切れていて僕とヤンさんは笑いました。
「確か、もうちょっと行くとコンビニがあんだよな。よっしゃ、もうひと踏ん張り――」
 ヤンさんが言葉を切ると、僕の後ろを睨みました。釣られて僕はカメラを構えたまま振り向きます。一台の白いバンがぎゅっと音を立てて、横を通過していく所でした。

「……撮ったか?」
 僕は映像を確認しました。とっさに録画ボタンは押しましたが、カメラ自体は追い切れておらず、少し先のカーブを曲がっていくバンの後ろの部分は撮れていたのですが、肝心要のナンバープレートはダメだったのです。
「例の車ですか?」
 僕の質問にヤンさんが首を捻りました。
「いや、別にスピードを落としてたわけじゃないし、俺の勘違い……かな。それよりもコンビニだな!」
 おうっと口を丸くする僕の背中をほれほれと押すヤンさん。
 二人でしばらく小走りすると、コンビニが見えてきました。
 うわっ、もう涼しい! と思わずつぶやく僕。
 ヤンさんが笑いました。と、同時にメールが届きます。あー、はいはい、アイス食べ終わりましたよ、ってやつか――とスマホを見たヤンさんの動きが固まりました。

 写真が送られてきました。
 コンビニの入り口から道路の方を撮った写真です。
 急いで撮ったせいか、全体的にややピントが呆けているような感じで、委員長が右側に顔半分、駐車場の方を向いて写っています。通行人の類は映っていません。道路の向こうは畑です。
 ただ、そこ――写真の真ん中に電柱が一本立っていました。
 ヤンさんが写真を拡大しました。
「これ……写ってるのか? 例のアレが……」
 電柱の両側から、何かがちょっとはみ出しているように見えます。電柱までの距離が遠いので今一つはっきりしません。

 本日は追跡だけ。
 深追いはせずに、情報を集め、観察し、その後に対策を練る。

 だけれども、今は口笛が恐らく聞こえているはずです。かなり怖いはずです。それに相手はどうやら物理的に接触できるナニカなんです。
 だからさすがの二人も緊張し、文章を打つどころではないのでしょう。とても、もうちょっと近寄ってくれなんてメールはできませんでした。
 ポーン。さっきよりも電柱に近づいた写真に短い文面。

『聞こえているので、寄ってみた』

 おいいいいいいっ! 叫ぶ僕。
 ヤンさんはマジ半端ねえな、あいつら、と呟くと、ちっと待ってろ、とコンビニにダッシュし飲み物を買って戻ってきました。
 僕達はその場でごくごくと喉を潤し、来た道を取って返しました。
 マナーモードにしました、というメールが来たので、ヤンさんが画面も見ずに右手だけで、そっちに向かうというメールをうちます。ホントにすげぇです。こういうのを見ると、早く大人になりたいって思いますね。
 歩きながらさっきの写真を拡大します。ノイズのような縦線が何本か入っていますが、やはり電柱の後ろに何かが居るのがわかります。

 この写真、後でばーちゃんや掲示板の有志の皆様が解析しましたが今に至るも『よく判らない』んですよね。
 見れば見るほど、何かの色が頭の中でくるくる変わるっていうんですか? 
 もう二度と見たくないからあれは削除してくれって要望が多くて、この回は三回ぐらいアップし直したんですよね。今ネットで出回ってるやつも、全部違う色っていうか――まあ、ともかく、僕達も初見時から全然わからなくて、スマホを覗き込む角度を変えてみたりしながら歩いてたんです。

 そしたら、ふっと気がつくと交差点に居たんです。歩行者用の信号がピヨピヨって甲高い音を上げてて、イライラしながらヤンさんにメール来ました? なんて聞いてました。で、信号が変わったんで歩き出したんです。一刻も早く、委員長達に合流しなきゃ! そう思ってたら――

 何かが聞こえた気がしました。

 振り返るとヤンさんは横断歩道を渡っておらず、目を大きく見開いて、ただ立っていました。
 え? と僕も立ち止まります。
 ヤンさんはゆっくりと右を向きました。
 僕も釣られてそちらを向きます。
 目の前の道路は確か県道ですが、住宅地です。土曜の夕方前で静かです。

 いや――静かすぎる。

 車の音も、生活音の類も、それに蝉! 遠くで鳴いていた蝉の声が――というところで、僕の耳にもはっきりとアレが聞こえてきました。僕はカメラを構えました。勿論、僕のカメラはあの謎宇宙で手が飛び込んだやつです。
 録画を開始すると、体がふわっとしました。緊張のせいか、それとも他の理由でか、金縛りみたいな状態になっていたようです。歩道に急いで戻ると、ヤンさんが唇に指を当て、声を出さずに、あれが聞こえるか? と口をパクパクさせました。僕は頷きました。

 甲高くて、緩やかで、うねるような絡みつくような音。

 じっと聞いていると、確かにパターンがあって、曲のようです。ただ、口笛というのは正しくない……ような気がしました。昔、工事現場に通りかかった時に、すごく強い風が吹き、鉄骨に風が通ったのか、ワイヤーが唸ったのか、よくわからない、ウワーンという高音を聞いた事があります。あれを何重にもハモらせた音の口真似……そんな感じ? と後でみんなに聞いたら全員が合ってるような全然違うような、と言葉を濁しました。コメント欄や掲示板の皆さんも全然バラバラの感想で、というか聞こえる人と聞こえない人がいてですね、正直吃驚したというか、なんか納得したというか。

 やはり、あれは『この世の音じゃない』んです。

 聞いてるだけで、この音は、とても、とてつもなく、『怖い』んです。

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