四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter1-13:ため池の怪

 オジョーさんは大丈夫ですか、と小さい声で聞いてきましたが、委員長がそれで終わりですか? と質問しました。
「一応、次の日の話があるんです。
 女の子は次の日に友達をたくさん連れてその路地に再び行ったんです。すると壁には落書きなんてなくて、ただ、その――からからになった小さな干物みたいな物が何個も転がっていた……」
 オジョーさんはふうと小さく息をつき、微笑みました。
「この噂、犬が猫とか鳥だったり、足が折れた犬は殺処分されたとか飼い主を見つけたとかバリエーションが幾つかあるんですよ」

 僕は目を瞑って溜息をつきました。オジョーさんは苦笑いを浮かべました。
「荒唐無稽ですわよね。でも、別に監督さん達が子供だからってこんな話をしたんじゃないですわよ。わ、私としては、その、とても――」
「……いや、僕は信じますよ。委員長は?」
 委員長は無言で首を振ると、眼鏡をくいっと直し僕を指差しました。
「こいつの溜息は別の意味です。あたし達には納得できるし、嫌な展開になって来たな、とかそういう感じ?」
 僕は眼鏡をなおす真似をしました。委員長のチョップが頭に刺さりました。

 オジョーさんは目をぱちくりさせ、金網にもたれかかりました。
「……丸ごと信じているっていう目ですわね。そんな人達にあったのは初めてです」
「まあ、小学生ですんで。それに、あなたも信じていそうな雰囲気ですね」
 え、とオジョーさんは固まってしまいました。
 僕は立ちあがると、ため池を眺めました。
 成程、すぐ近くの岸辺にはオジョーさんが集めたと思われるゴミの小山がありますが、それでも取りきれなかったのでしょう、空き缶やらペットボトルやらの小さなゴミがまだ浮いていました。
「あの……そう見えちゃいました? その、お友達とか姉からはよく子供っぽいって言われちゃうんです、ですから、その――」
 委員長がそういうわけじゃないんです、と言いました。
「なんというか……あなたは何か経験したって感じがする。でしょ?」
 委員長につつかれ、僕は大袈裟にうん! と答えてみました。見てください、子供っぽいとはこういうことですよ、と委員長。
 ですが、オジョーさんはぎこちなく微笑んだだけでした。僕は話題を変えようと思いました。
「ところで、交差点の噂ですが、さっき図書館でそれが上書きされたんです」
 上書き? と首を曲げるオジョーさんに委員長が異次元交差点の噂から始めてゴミダイブまでを説明しました。
 オジョーさんはなんですか、それ? と呆れた声を上げ、立ち上がると両腕をぶんぶん振り回しました。
「ご、ごみを捨てる言い訳に、怖い話を持ち出すなど言語道断! 監督さん見てください、この池を! 掃除しても掃除してもゴミが浮いてるんですよ!」
 少しわざとらしいカラ元気に見えるのを僕は流しました。同じく流した委員長も立ち上がろうとしました。と、その時、足元の紙コップがころりと倒れました。
 あ、と屈んで拾おうとする委員長。と、僕の紙コップもころり。

 二つの転がった紙コップ。

 僕はすかさずカメラを構えました。
 転がった紙コップズは左右に揺れていましたが、突然、弾かれたように転がり出しました。呆気にとられる僕達三人。
「風はない、と――」
 委員長が絞り出すように実況しようとした瞬間、紙コップズは跳ね上がるとフレームの外に飛びあがりました。慌ててカメラで追うと、紙コップズは金網の上で一回跳ね、ため池にひゅーん……ええ~っと委員長とオジョーさんは顔を見合わせました。オジョーさんは地面とため池と僕の顔を順番に見て首を捻る、を繰り返しています。
「見て!」
 委員長の叫びに僕達二人は金網に飛びつきます。
 ため池の上をゴミが流れていきます。ああっというオジョーさんの声に目を転ずると、岸に積み上げたゴミの山が崩れ始めていました。水に落ちたゴミは今まで浮いていたゴミと合流し、渦を巻くように中心に流れていきます。
 息を飲んで見守る中、ゴミの渦はしばらくくるくると回り続けたのですが、急にふあっと拡がって消えてしまいました。ここら辺、風のせいだとか対流のせいだとかコメント欄で色々論じられていましたが、映像通り周囲の草花は揺れておらず、日が陰ってもいないのに渦は消えたのです。

 委員長が金網から離れると辺りを見回しました。そうこうするうちに手提げバッグからオペラグラスを取り出し、遠くのマンションを観察し始めます。
「どこか上からこの池を観察できる場所が無いかと思って……うーん、あのマンション、こっち側に廊下が無いわね」
「じゃあ、電柱にでも登るか」
「却下。確か法律違反よ。よし……」
 委員長はがちゃがちゃと金網をよじ登ると、天辺でオペラグラスを構えました。が、すぐにダメだあと項垂れます。
「遠すぎるしゴミが邪魔。……あの、ここって深いんですか?」
 オジョーさんはいえ、と首を振りましたが、でも駄目ですよ入っちゃ、と言いました。
「泥が多いんです。岸の近くですら私の膝くらいまですっぽり入ります。足を取られて倒れたら多分起き上がれません。最悪溺れちゃいますよ」
 そりゃ駄目だ、と金網から飛び降りる委員長。僕も渋い顔をしました。

「この池の中に何かある、と考えてるんですわね?」
「さっきの紙コップズダイブの原因があると思います。多分、あの真ん中あたりに」
 オジョーさんの質問に答えながら僕はため池にカメラを向けました。
 後でチェックしたら何か映っているかも、と思っていたのですが、どうも妙です。池の中心がぼうっと光って見えるのです。
 僕は委員長にカメラを渡しました。
 げっと声を上げる委員長。
 どうしたのですか? と首を傾けるオジョーさんにカメラを渡す委員長。
 オジョーさんはカメラを覗いて、あっと声を上げました。
「そのカメラ、徐々におかしな物が映るようになってるんです。色々ありましてね」
 委員長の簡潔な説明に、オジョーさんはカメラと僕達を何度も見比べ、それから、しばらく黙ってしまいました。

 雲が流れてきて、大きな影が風と共に池の向こうから駆け足でやってきました。ゴミが揺れ、背の高い草が揺れ、金網が小さな音を立てました。
 オジョーさんの顔が影になり――そして陽が射しました。
 目がきらりと光ります。
「ちょっと前に――ある経験をしたんです。それは、とても衝撃的で、その、誰にも、その――自分の経験として言えなかったんです」
 委員長が眼鏡を押し上げ、僕は頷きました。
「う、噂みたいに話したんですけど、でも、それを夢に見て……もう本当にあったのかどうかもよく判らなくなってきて……でも、『確実にあった出来事』なのは間違いなくて、だから、いつか押しつぶされてしまいそうで……。だからその、ゴミ拾いをしてたんです。掃除をしてると気持ちがとても落ち着きますから……」
 委員長がそっとオジョーさんの腕に触りました。
 オジョーさんはさっとその手を掴みました。
 二人の額には汗が浮かんでいました。僕の額もそうだったに違いありません。
「……申し訳ありません。でも――」
「いや、『そんな体験を実際にした』んじゃ、仕方ないですよ」

 そう、皆さんももうお判りでしょうが、さっきのオジョーさんの聞いたという落書きの話は、オジョーさんが実際に体験した事だったのです。
 この時、僕はある人が、やっぱり自分の体験談を伝聞風に語っていたんじゃないかと気づいたのですが、皆さんもうお分かりですよね?
 まあ、今はその事は置いときましょう。

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