四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter1-11:オジョーさん登場

 図書館の二つの噂はこんな感じです。

 一つ目は『図書館のヌシ』――図書館の二階には、ヌシである猫がいるのだそうです。この猫は年を取ることが無く、誰もいない部屋でよく本を読んでいるのですが、最近はノートPCでネット検索をしている――というものです。委員長が猫ってだけで、うわーこれ見たいわーと言ってました。どんな色なのか、雄なのか雌なのかもわからない、ふわっとした噂ですが、誰もいない部屋でノートPCや本を読んでまったりしてるってのは親近感がわきました。

 二つ目は『異次元交差点』――図書館の南側にはため池があります。その横に交差点があるんですが、二月の始めに、そこで信号待ちをしていると後ろから空き缶が転がってきたそうです。
 缶はきれいに左に曲がり、図書館の方へ。
 で、信号が変わって、歩き出すと今度は向かいの歩道から空き缶が転がってきたそうです。
 それも全く同じコースで交差点を曲がる。
 そこで、その人は風が全く無いのに気がついたそうなんです。
 地味だけど、怖いな、と委員長。僕としては怖いというより興味深いです。ただ、異次元という名称は下駄を履かせ過ぎだと思いました。

 僕達は昼前に図書館に到着しました。とりあえず入館すると二階に上がってみます。ちなみに撮影禁止との張り紙がありましたのでカメラは切ってます。
 談話室に、持ち出し禁止の本が並んでいる部屋。机がずらっと並んでいる学習室と巡ります。
 すると、あ、と小さい声を上げ委員長が僕の袖を引っ張りました。
 学習室から視線を廊下の奥へ移すと、階段の脇、窓際に猫がいたのです。それは真っ黒で艶々と光っていました。
「なあんだ……」
 口を尖らせて委員長が猫の頭をぴんと弾きます。きぃんと陶器特有の音がしました。
 黒い陶器の猫は金色の目を下に向けています。そこには一冊の本が開いて置いてありました。
「あら、今日は洒落が効いてるわね」

 いきなり後ろから声をかけられ、僕達はひょぇっと声を上げて振り向きます。
 図書館職員、というバッジをつけた女性が立っていました。
 四回しか出演してないのに、やけに人気な図書館姉さんとのファーストコンタクトはこの時でした。チェックの服にジーンズの活動的な感じで、図書館にはなんとなく合わない人だな、というのが第一印象でした。ラクロスとかやってそう、というのは委員長の弁。後で判りましたが、サッカーだそうです。
「あの、その……洒落って?」
 委員長の質問に、図書館姉さんはにこりと笑うと置いてある本を持ち上げて表紙を見せてくれました。
「猫探偵第一巻! ふふっ可愛いよね!」
 図書館姉さんは図書館なので静かに笑い、そして階段を降りようとしました。慌てて委員長が呼び止め、事情を説明しました。『図書館のヌシの話』は更なる笑いを図書館姉さんから引き出しました。
「ふふふ、そんな噂になってるの! まあ、確かにちょっと変ではあるんだけどね」
 図書館姉さんは僕達を手招きすると、一段声を落としました。

「実はね、誰がこの本を交換してるのか判らないの。誰も見てない時に誰かがやってるはずなんだけど、交換してる所、誰も見てないんだよねえ」

 へー、と僕達。うんうんと頷くと図書館姉さんはにやりと笑いました。
「この猫、外から撮影するのはOKだから」
 ああ! と僕達。お礼を言って階段を降りようとすると、図書館姉さんは更に妙な事を教えてくれました。
「あとね、これ――ま、いっか……実は今ってネットで借りる本を予約できるんだけどさ、この地下に職員以外入れない書庫があるのよ。」
 図書館姉さんは猫を指差しました。
「この子、時々そこからも拝借してくるのよ」
 ほうほうと頷く僕の横をすり抜け、委員長は階段を降り、速足で本の海に入っていきました。これはここで待った方が良いのかな? と図書館姉さんに異次元交差点の事について聞きますと、ちょっと困ったような顔をしました。
「……それって、多分言い訳かな」
「言い訳?」
「あの交差点の横、ため池になってるの知ってる? そこにゴミが結構浮いてるんだけど、ゴミが勝手に飛び込んでるって噂を聞いた事があるの。道路を転がってきたゴミが金網を飛び越えて、池にダイブするんだって」
 僕がうわぁと苦い顔をしていると委員長が一冊の本を持って戻ってきました。
「頭の栄養も良いけど、やっぱりお腹もね」
 料理の本でした。九十年代のやつだから誰も読まないと思う、と言いながら委員長は指を入れていたページを開きました。ツナを使ったサラダのページです。
 図書館姉さんはニッコリ笑いました。

 外から猫のいる窓を撮影し、すぐ下の窓で手を振っている図書館姉さんにお辞儀をしました。これが図書館姉さん初登場のシーンです。ちなみにちゃんと出演許可は取っていましたので、あしからず。
 僕達は図書館の敷地を出て南に向かいました。左側には金網で囲われた大きなため池、右側は住宅地です。交差点は五十メートル先、といったところでしょうか。横断歩道の横に、自転車ゾーンの緑色が見えます。
 図書館姉さんから聞いた話を委員長に話すと、うむむ、と下を向いてしまいました。
「……つまりは、ここらには異常は起きてなくて、馬鹿な連中がゴミを池に投げ込んでるだけってことなのね? となると、F神社とオタクビルの方……いや、あの図形を地図に当てはめること自体が間違いなのかな……くそっ」
 さっきまで猫動け動けとカメラの横で小声で言ってた委員長はどこへやら、この時僕は、ああ、彼女焦ってるんだなと確信しました。番組作りを始めてから大体一ヶ月です。そろそろ思い切って聞いてみようか、と口を開きかけた時、僕達二人はギョッとして足を止めました。

 オレンジ色の作業着、ジャンプスーツっていうらしいんですけど、それを着た人が左手のため池の周りに生えた背の高い草をかき分け金網に飛びつくと、がしゃがしゃとよじ登ってきたのです。
「ちょっと、なになになに……」
 半歩僕の後ろに隠れる委員長。思わずカメラを構える僕。軽く前に僕を押し出す委員長。おいおいおい、と僕。すると金網の上まで来ていたオレンジの人はこちらにピースサインをしました。
 僕達二人の体から緊張が抜けました。ああ、カメラって偉大だ。
「とりあえず、話が通じる存在のようね」
 委員長の呟きの直後、オレンジの人は金網の上にすっくと立つと、イェーイと声を上げてダブルピースをしました。
「前言撤回。しかも女かよ」
 その通り。
 とうっとジャンプすると左膝と左の拳をアスファルトにつくスーパーヒーロー着地を決めたオレンジの人は、にこやかな顔でこちらに小走りで近寄ってきまして、僕達の手前でまたもダブルピースを決めました。
 このシーンはGIF動画になったりコラ画像になったりネタ動画になったりして有名ですね。何度も言いましたが、この場面、一切加工や編集の類はしてません。

「こんにちは! カッコよく撮れたでしょうか? ところで何の撮影でしょうか? あ、ゴミ拾い手伝ってくれませんか?」

 委員長にカメラを向けると、予想通り絶妙な顔をしていました。
 いやあ、オジョーさんは最初っから飛ばしてましたねえ……。

コメント

コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品