四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter1-9:船と落書きと虐待と

「おう。俺ぁ、その――店が休みの日は、よくここで釣りをしてんだけどよ、去年ぐらいから妙な噂を聞くようになってな。
 何でも朝とか夜とかにこの川を見ると、妙な船が浮いてる時があるんだと。しかもその船、人が一人乗ってる」
 船? 船っていうと、と僕は川に目を向けました。ここは一番川幅が広い所ですが、船が必要とは思えません。水深だって一番深い所で僕の腰ぐらいまでです。
「小さい船、なんですね?」
「ああ。乗れてもあと一人ってとこじゃねーかな? 
 しかも乗ってる奴がまた妙でな、ボロボロのマントみたいな物を羽織ったやつでな、男か女かは判らねえ。昨日も隣で釣ってた爺さんが朝の散歩の時に見たって言ってたよ。最初はゴミが乗ってるのかと思ったんだが、よく見ると船の先っちょで、うずくまってやがったって……」 

「その船って、具体的に何かするんですか? 例えば見た人が呪われるとか」
 委員長の質問にヤンさんは、呪われ、と言葉を詰まらせた後、首を振りました。
「い、いや、そんな話はねえ、と思う。俺が聞いた連中はみんなピンピンしてる……まあ、最近出て来たばっかの噂だからな、更にこの先があるかもしれねえ」
 最近出て来たばかり、か。
 僕は委員長と顔を見合わせます。ばーちゃんが小さく手を上げました。
「あたしも聞いた。その船の話。まったく同じ。あと、同じ奴から、場所はここじゃないけど落書きの話も聞いたな」

 落書き? それは、学校でたくさん寄せられた、あの落書きの話でしょうか? 
 僕はカメラを通して辺りを見渡しました。すると橋桁の下に何か描かれているのが見えます。
 近づいてみると、それは大きな赤い矢印でした。向きは下向きです。委員長がその下にしゃがむと、地面や壁をぺたぺたと触り、振り返ると肩を竦めました。

 僕は、ばーちゃんにカメラを向けました。
「ばーちゃん、落書きの話ってのを詳しくお願いします」
「ああ、壁に描かれた落書き、女の人の絵らしいんだけど、それの髪の毛がうねうね動くって話。まあ、飲み屋でそれ聞いたおっさんはべろべろで、しかもその続きの話が――」
 間違いなく学校で寄せられた話の同類です。 ヒョウモンさんが首を捻りました。
「それって錯覚じゃないですか? 光の加減、いや、お酒でべろべろだったからとか……」
 ばーちゃんが膝をぴしゃりと叩きました。
「あたしもそう思う。しかもそのおっさん、何だこれ? て絵に近づいたら絵から髪の毛が浮き出てきて手に絡みついたって言っててさ、で、女が笑い声をあげて……」
 笑い声? あのボンヤリとした噂も『妙な笑い声』だったな。
 それはないなー、とヒョウモンさんと委員長が苦笑いをしている横で、ヤンさんが腕を組んで壁を見上げています。
「笑い声は、ここ結構人の往来が激しいし、声が響くから、まあそれだと思うが……髪の長い女の絵か。先月の末ぐらいに、ここにそれっぽい絵があったんだよなあ。いつの間にか消されちまったんだけどさ、なんか気持ち悪い絵だったな。ばーさん、その絵の場所ってどこよ」
 ばーちゃんは繁華街のあるビルの名前を上げました。ヤンさんは額に縦筋を作りました。
「あそこら辺良く行くけど、落書きなんてあったかな……。つーか、この町で落書きしてまわってる奴がいるってことか。困ったもんだぜ」

 僕はこの時、妙な気持ちになった事を覚えています。
 動く落書きの話なんですが、実は場所がバラバラだったんです。そのうち一つは通学路の高架下で、試しに行ってみたらそこには落書きなんてなかったんです。女性の大きな落書き、美術の教科書に載ってそうな絵、という報告もありましたから、見落とした、とは考えにくいのです。
 この橋桁の下と同じく、もしかしたら、そこにも落書きがあったのだろうか? 誰かが消した? もし同じ絵なら、何のために同じ絵を描いてまわってるんだろう?
「どうしたい、坊主、鼻の穴がデカいぜ」
 ヤンさんが僕のおでこを指で軽く弾きました。僕はハッとして、頭を振りました。それから照れ隠しというか冗談めかして、いや、もしかしてヤンさんが自分で描いて自分で消してたりして、と言いました。ヤンさんは笑いながら、そんなメンドいことはしねえし、第一俺には絵心がねえ、と言いました。
「ただ、まあ――」
 ヤンさんは橋桁の下をちらりと見ました。ただ、なんですか? という僕の質問にヤンさんは、首を捻りました。
「絵は消えてるのに、壁が汚えままなのが、ちょっとな……」

 さて、その後に撮影は色々と風景を撮って終了となりました。僕はヤンさんに頭を下げると、それで、相談と言うのは? と聞くとヤンさんは、おお! そうだそうだと大声を出しました。どうやら本気で取引を忘れていたようです。
「いや、実は――ちょっと重い話なんだけどよ、知り合いから仕入れたネタなんだが、最近、野良猫や野良犬を虐待してまわってるクソがいるらしい。警察も動いているんだが、俺的にとっとと止めさせたい。で、探してるわけよ。ちょっとオハナシしたくてな」
 委員長の眉が吊り上ります。
「うわっ、ムカつく。そんな連中死んじまえばいい」
 過激だ。でも僕も同意見です。ヒョウモンさんが顎を掻きました。
「ヤンさん、もしかして小学生を疑ってます?」

 ああ、そういうことか。ヤンさんは犯人を捜している。でも見つからなくて、小学生にも捜索範囲を広げるつもりだった、と。
「まあ、そんなトコだ。高坊や中坊には知り合い通じて手は打ったんだが、小学生はなあ。疑いたくはねーけど、今の時代じゃ何があってもおかしくねーだろ?」
 ばーちゃんが頷く。
「むしろ、子供の方が怖いんじゃないかな。で、そのクソ犯人はどういうことやってるの?」
 ヤンさんの説明はかなり惨いので詳しくは語りませんが、足や尻尾を無くしたり、死体も結構見つかってるとか。ヤンさんはリョータちゃんの頭を撫でました。
「こいつの親もそいつだかそいつらにやられたんだ。俺の知り合いの妹が保護した子犬もそうじゃないかって話でな。まあ、その妹さんが現場に出くわしたらしいんだが、話してくれないんだな。どうもショックな出来事らしくてなあ」
 委員長とヒョウモンさんはぷりぷり怒って、見つけたら押し倒して石で喉仏を潰す、とよく判らないけど、非常に痛そうな事を言っております。

「お前ら、学校でそれとなく聞いてみてくれよ。あと、取材にも行くんだろ? なんかわかったら教えてくれ」
 委員長とヒョウモンさんが勿論ですとも! と声を上げ、信じらんない、とかぜってー潰すとか、物騒な盛り上がりをしている中、僕はヤンさんに判りましたと返事をしました。
「ただし、交換条件で、僕らの取材に暇な時に協力してくれませんか? ヤンさん、良いキャラしてるんで」
 ばーちゃんがあれま、と笑いました。
 ヤンさんは、へ? と言う顔の後、まあ、いいかと言いました。結構面白そうだしな、と。
 フードから顔を出したリョータちゃんがビヤァーと鳴きました。

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