四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

Chapter1-2:不思議世界

 あれは僕が小学校にあがる前、ばーちゃんちに一週間ぐらい泊まりに来た時です。春だったような気もしますが、夏かもしれません。ともかく僕はばーちゃんと家を出ました。
 実は前の日に橋を降りた所にある公園で、妙な場所を見つけたんです。

 それは公園のトイレの裏、低い植込みです。

 ばーちゃんと赤いゴムボールでキャッチボールしていたのですが、キャッチ失敗で追いかけて、トイレの裏でしゃがんだ時です。
 植え込みの向こうは畑のはずなんです。事実、その時の僕の身長と同じくらいの植え込みの前に立って公園の外を見ると、赤茶けた畑でした。でも、ボールに手を伸ばしてしゃがむと葉っぱの無い根元越しにアスファルトが拡がっているのが見えるのです。
 あれ? と僕は立ったりしゃがんだりしてたんですが、やっぱり上と下とで風景が違う。その時ばーちゃんに呼ばれ、僕はボールを拾って戻りました。そのまましばらく遊んで、家に戻り、夕ご飯を食べた後、そういえば、とばーちゃんに植え込みの向こうの話をしました。
 ばーちゃんは僕の話を聞き終るとにやりと笑います。
「明日確認しにいくよ」

 そんなこんなで、僕は再び植え込みの前に立ってしゃがんだのでした。やはり、アスファルトが見えます。僕がばーちゃんを見上げると、ばーちゃんもしゃがんで向こうを見ました。うおっと小さくばーちゃんが叫びます。
「マジか。あたしにも見えるってのは反則だろ」
 今になってみればこの台詞はよくわかります。子供には見えて大人には見えない世界。そんなお約束がひっくり返されてるわけです。僕はしばらく向こうを観察しました。広いアスファルトの向こうに建物が見えました。廃墟のようで、窓もドアもなく、中は真っ暗というより真っ黒です。

「行ってみるか」
 ばーちゃんが言い、僕はさっと頷きました。よく判らない興奮を感じていた気がします。ばーちゃんと二人、痛い痛いと言いながら茂みの下を潜り抜けました。
 途端に――物凄く広い場所に出ました。
 視界のどこまでもがアスファルト! 
 ちょっとしたテーマパークの駐車場みたいですが、気持ち悪いのは、車はおろかゴミ一つ落ちてないってところで、風もなく暑さも寒さもない。のへーっとした場所なんです。
「後ろを見てみな」
 ばーちゃんに頭をポンポンと叩かれて、振り返ってみると僕はあっと叫びました。後ろも見渡す限りのアスファルト。でも僕達の目の前に小さな植込みがあるんです。ゆっくりとしゃがみ込んで下を覗くと、公園のトイレの裏側が見えます。
「ばーちゃん、これって、どうなってんの?」
「わからんねえ。だけども、帰り道はあるってことだな」
 ばーちゃんの言葉に、僕はおお、と声を出しました。勇気百倍――とはいきませんが、三倍くらいにはなりました。ゲームの能力上昇なら中々の数字といえましょう。
 僕は建物を見ました。正面に扉があり、左右に窓が幾つもあり、三階建て。僕らは無言で建物に向け歩いて行きました。
「この建物を知ってる。ずっと昔につぶれちゃった工場だ」
「つぶれちゃったの? 何を作ってたの?」
「フィルム。薄っぺらい透明な奴だよ。あたしはバイトしたことがある。結構給料は高かった。掃除が面倒なんだよ」
 僕とばーちゃんはとうとう入口に立つと、恐る恐る中を覗き込みました。暗い建物の中はがらんとしていた。何もない――そう思っていたら目が慣れてきて――


「『それ』が見えたんだ」
 委員長はいつも通り腕を組んで、時々ずり落ちる眼鏡を鍵状にした右手の人差し指で押し上げていました。
「『それ』って?」
 僕はカメラを再び覗き込むと――
「答えはCMの後で!」
 委員長はふっと鼻息を漏らし、口の片端を上げました。
 僕は委員長を見て片眉を上げました。委員長は小さく頷くと、先頭を切ってずんずんと歩いて行きます。僕はカメラで委員長の後姿を撮ったり、自分に向けて、いやあ、ちょっと今日は暑いですねえとか喋っていました。ここら辺の素材は全然使われてないので、記憶がちょっとあやふやです。
 橋の横にある細道を下って公園につくと、人が減っていました。親子連れや犬の散歩の人は消え、ハンカチを顔に乗せてベンチに豪快に熱転がっている男の人と鉄棒で遊んでいる女の子たち――多分、二年生か三年生――数名だけ。委員長は外周を回りながらトイレに足早で近づきます。後になって、まるでトイレに急いでいるみたいだから、あの部分が使われなくてホッとしたと委員長は言ってました。
 トイレの裏は昔よりも植え込みが伸びていて、壁ぎりぎりまで枝を伸ばしているのがわかりました。委員長は壁に張り付くように真ん中付近に立っています。僕もガサガサバキバキと枝をかき分け隣に行きました。
「ここ?」
「たしかね。もう、覗いた?」
 委員長は頭を振ると、うーんと首を捻りました。
「オッサン、まさかとは思うけど、『それ』のためにあたしを騙してるってことない?」
 一瞬『それ』が何かわからなかったです。彼女は僕が同級生を『ひっかけ』て、その様子を撮影する可能性を思いついたのでした。僕はいやいやと首を振りました。
「そんな悪趣味な事はしない。笑えない」
 委員長はふんと鼻を鳴らすとバキバキガサガサとしゃがみました。僕もバキバキガサガサとしゃがみます。背中がざらざらしたトイレの壁にひっかかってちょっと嫌です。ひんやりとして小石がやけに多い地面に手をつきました。

 あの場所はありました。

 無い、という考えは浮かばなかったのですが、やはりギョッとしました。恐る恐る委員長を見ると、委員長は渋い顔で眼鏡を袖で拭いています。眼鏡を外すと委員長の目は大きいです。その目がちらりとこちらを見ると、さっと前を向き、眼鏡を装着。うーんと唸り声をもらしました。
「あるね、不思議世界……で、まさか、その――撮るの?」
 僕は頷くと、カメラを構え録画ボタンを押します。モニター越しにもちゃんと謎の場所は映っています。
「あの建物?」
 委員長は生垣の下に腕を突っ込んで、十メートルくらい先の建物を指差しました。
「うん。あの建物の中にでっかい機械がある」
「機械?」
 委員長はそう聞き返しながら、頭を生垣の上にさっと出して、またしゃがみました。
「くそっ、ホントに向こうは畑じゃん……。で、その機械って?」
「ばーちゃんが言うには、フィルムを熱で伸ばす機械なんだって。周りにローラーが付いた箱みたいな形で、頭とお尻に人が入れる穴が付いてる」
「……まさか、その中に入るってんじゃ」
「うん。詳しい説明は、そこでしたほうが良いと思うけど……委員長はどうする? ぶっちゃけ、安全かどうかはわからない」
「正直ね……考える時間は?」
 僕は肩をすくめると生垣を潜り抜けました。トイレの壁と生垣に挟まれての会話は、狭くてもう嫌だったんです。

 そこは記憶と同じアスファルトが延々と続く世界でした。振り返ると委員長も生垣を潜り抜けてきました。正直、来ないんじゃないかと思ってたと言うと、あんたが誘ったんでしょ? と返されました。
 僕達は建物に近づいて行きました。前と同じく、暑くも寒くもない、のへーっとした世界です。空は抜けるように晴れていますが、ずっと見ていると、もしかして青いだけで、何もないんじゃないかっていう気持ち悪い考えが浮かんできました。
「あれね」
 入口に近づく前に、委員長が呟きます。成程、最初からわかっていれば、建物の真ん中に機械があるのは判るのです。建物の入り口を潜り、近づいていくと機械は細部がはっきり見えるようになりました。

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