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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第270話 分断

『制限時間、残り4分です!』

 行き止まりに当たりつつも、着々とゴールに近付こうとしているタクマ達に、冷静さを欠くアナウンスが流れた。
 しかしあと少し、タクマ達もメア達も、ゴールは目と鼻の先にあった。

「やっと、やっと着いたで……!」
「後はこのボタンを押せば、拙者達はZの所に行けるでござるな」

 一本道の前に大きな扉。その横には、押せと言わんばかりに赤く膨れているボタン。ここがゴールで間違いはない。しかし、コレを押すということは、メア達を殺すことでもある。
 言わずもがな、誰もゴールのボタンを押そうとはしない。
 きっと今頃、Zはこうして悩む俺達を見て笑ってるんだろう。そう思えば思うほど、腑が煮えくり返る。
 とその時、突然天井からカメラ付きのモニターが現れたかと思うと、そこにメア達の姿が映し出された。

「め、メア!」
『タクマさん!皆さんも、ゴールしてたんですね』
「えぇ。けど……」
「押せへんよ。やっぱり」

 ナノの一言に、目から雫が零れ落ちる。やろうと思えば、ドンと殴るように押せば、どちらか片方のチームは助かる。
 でも、どっちかが死んでいいなんて、そんなもの決められない。相手が仲間であれば、尚更だ。

『あの野郎、最初からアタシらが悩んでる所を見るためにハメやがったんだ。クソっ!』

 堪忍袋の尾が切れたアリーナは、感情のままに拳を出そうとした。しかし、その拳はオニキスによって止められた。
 
『よせ。大事なジジイを殺すつもりか?』
『くっ……』
『皆様……私が、私がわがままを言ったばかりに……』
「フラン殿、気にすることはないでござる。どんな罠であろうと、フラン殿は何も悪くない」

 吾郎の言葉に、フランは泣きながらも嬉しそうにしていた。
 しかし、時間は待ってはくれない。制限時間が残り2分に差し掛かったことを知らせるアナウンスが鳴る。

『しまった、もう時間がない。グズグズしてねぇで早く決めろ!でないと両方──』
「分かっているでありんす!」

 オニキスの言葉を遮り、おタツは怒鳴った。

「タツ姐……」
『そうですよ。後2分で決めろなんてそんなの私達にはできませんよ!』
『でも、決めねぇと、だろ?オバサン』

 オバサン、その声におタツは顔を上げた。そこには、涙を流しながら笑うアリーナの顔があった。
 よく見てみれば、オニキスは顔を逸らしている。

『お前らが行け、タクマ』
「えっ?」
『うむ。リュウヤは、タクマの親友で、タツの大事なフィアンセじゃろ?』
『私達なら、大丈夫です。ずっと、見守ってますから』
「おい!何言ってんだよお前ら、そんなもう最後みたいな……」
「諦めたらあかん!そんな、そんな悲しい事言わんでな!」

 ナノの声は、涙でぐちゃぐちゃになっていて、最後の方は聞き取れなかった。しかし、それ以上に、メア達の方も涙に濡れていた。
 もう、どちらかの死は確定している上で、彼女達は死を選んだのだ。見殺しにもできたのに、死を選んだのだ。

『タクマさん、後は全部任せましたわ』
「ダメでござるフラン殿!死ぬなんて、死ぬなんて!」
『そうカッカとすんなジジィ。高血圧で死ぬぞ?それに俺、案外忘れてねぇんだぜ、例のヤクソクってヤツ』

 約束……その言葉に、タクマはハッとした。

「皆、すまない……」
『安心せい。必ず、そっちに行く』
「っ……!」

 もう、後戻りはできない。タクマは涙を押し殺し、ボタンを押した。その瞬間、扉が開くと同時に、モニターの画面も消えた。
 その後のことは想像できない。想像したくもない。
 扉を抜け、タクマは思い切り跪き泣いた。

「くそぉぉぉぉぉぉ!!」
「タクマ殿……辛かろうに。よく、よく判断したでござる……」

 吾郎はタクマの背中を摩り、彼の痛みを共有した。そんな吾郎もまた、5人を守れなかった悲しみに漢泣きしていた。
 だが、タクマもただ自分の手で殺した事を悔いてばかりではなかった。
 オニキスが最後に言った言葉、ヤクソク。タクマもまた、その約束を忘れてはいなかった。

「……行こう」
「タっくん……?」
「皆が信じてくれたみたいに、俺も信じる」
「信じるって、メアちゃん達はもう……」
「おタツさん、それでも賭けましょうよ」

 賭ける。その言葉を聞いた瞬間、ふとリュウヤの言葉がおタツの脳裏に駆け巡った。

『タツさん、俺が住んでる所にも洗剤ってのがあるんだけどよ、国の決まりで“100%汚れが落ちる!”って書けねぇのよ。だから皆、こぞって99.9%って使うんだ』
『99.9、でありんすか?』
『けどよ、俺の国はこの数字が好きでさ、0.1%は眼中になくて、99.9は絶対だと錯覚しちまうのよ。“絶対”かどうかなんて、誰にも分からねぇのにさ』
『けど、空は飛べないでありんしょう?』
『いいや。できるさ、数秒だけでも』

 そう言って、自ら滝に落ちていくリュウヤ。そうだ、ウチはそんな瞬間的に行動に移して痛い目を見る、そんなリュウヤに惚れたでありんす。確かにあの時、意地悪で言ったつもりが、あの人は本当にやった。そして数秒だけ、本当に飛んだ。
 多分違うのは分かっている。けど、リュウヤが本当に伝えたかったのは、今みたいな時に、あり得ない希望を信じてみろって事なのかもしれない。

「0.1%も、信じればひっくり返る。でありんすか」
「?」
「ウチの覚悟は決まりんした。メアちゃん達の生還を信じるでありんす」
「なっ、おタツ殿?先程確か……」
「細かい事はええやろ。ほら、早う行かんとリューくんが間に合わへんで!」
「だな。よし、全速前進だ!」

 そうして、タクマ達は先に、Zの待つ最下層へと向かったのだった。

 その一方、メア達は……

「……行っちゃいましたね」

 ノエルは真っ暗になったモニターを見つめながら言った。黒く塗りつぶされたそのモニターには、涙を流す皆の顔が反射して写っていた。
 泣くつもりなんてないのに、勝手に涙が出てしまう。

「良いのじゃ。これで、タクマが、タツがリュウヤに会えるだけで」
「言うなタヌキ、俺はまだ諦めたりはしねぇ。言っとくが、テメェらがどうなろうと知ったこっちゃねぇ。俺は、ここが死に場所なんてゴメンだからなぁ!」

 そう言いながら、オニキスはボタンを押す。しかし、既に押されてタクマ達が脱出した今、真っ赤なボタンはうんともすんとも言わない。
 それに見かねたアリーナは、悔しさを扉にぶつけるようにして殴った。

「もうやめろ。どうせ足掻くなら、潔く死んだ方がマシだ!」
「……」
「ブレンも、何とか言えよ!お前がゾンビだかなんだか知らねぇけどよぉ!兄貴に殺されて、悔しくねぇのかよ!」
「やめるのじゃアリーナ。フランに当たっても、どうしようも無いじゃろ」

 するとフランは、メアを押し退けるとアリーナの胸ぐらに掴みかかった。
 
「私だって悔しいですわ!皆様を巻き込んで、殺してしまう事。悔いても悔いきれません!」
「フランさん……」
「ったく、テメェの怒り顔、あのバカ兄貴に見せつけてやりたかったよ。クソが」

 そう言うと、オニキスはそっと壁に寄りかかり、目を閉じた。そして、疲れたから起こすな、と気をテレパシーのように使った。
 天井からスプリンクラーが現れて、そこから何かが噴出している。
 彼奴らしい、毒ガスか。私達は、あれにやられて死ぬんだ。
 何か足音みたいなのがする。
 きっと、死神の足音だ。
 死神が死神に連れてかれるなんて、皮肉なもんだ。
 すっと意識が途切れていく中、足音を最後に、皆目を閉じた。

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