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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第247話 小指の結

 Zの暴走があったなどとはつゆ知らず、太陽はいつにも増して、サンサンとメルサバの街を照らし、朝が来た事を報せる。ハルトマンとの最後の別れで憂鬱な気分になっているというのに、お天道様はそれを許さなかった。
 二度寝をしようにも、わざと日差しを顔に当て、さっさと起きろと催促する。こんなに太陽を憎く思うのも、きっと今日が最初で最後だろう。いや、そうでありたい。
 タクマは太陽の攻撃に参り、重くなった頭をゆっくりと起こした。

「タクロー!起きろー!」
「んぇ、ごぼぅ!」

 とその時、アリーナの声と共に慌しい足音が聞こえてきた。そして、何事かと開眼したその瞬間、額に激痛が走り、再び目の前が真っ白になってしまった。
 だが、それほど強い衝撃ではなかったため、タクマは10秒も経たずして気絶から復帰した。下半身に重さを感じて見下ろすと、やはりそこには額を抑えて布団に顔を埋めるアリーナの姿があった。

「アリーナお前なぁ、なにも頭突きする事ぁねぇだろ」
「(訳:うっさいうっさい、アンタがいきなり頭上げたからだろ)」

 布団が口に入っているようにモゴモゴ言っているせいで、何を言っているのかはハッキリ聞けなかったが、訳的には俺がタイミングよく頭を上げた事に怒っているらしい。
 怒りたいのはこっちだよ、と言いたい所だったが、寝起きでかつ憂鬱、しかも記憶が飛びそうな痛みが重なって、そんな気にはなれなかった。
 だが、お陰で二度寝する気も失せた。タクマは気を紛らわす為に、ポジティブに捉えてベッドから出た。そして、アリーナを置いて、タオルを片手に部屋を後にした。

 バシャ。バシャ。珍しくしんと静まり返った一階の洗面所で、タクマは顔を洗う。人が消えたように静まり返っているためか、いつもは気にならない水の音がよく聞こえる。
 普段はちょっとうるさいかな程度に談笑する皆も、タクマと同じで、暫くはそんな気持ちになれないのだろう。

「偶には、リュウヤの代わりに俺が作ろうかな、朝ごはん」

 鏡に映る自分の顔に向かって、タクマは言う。なんの特徴もないモブ顔のせいか、元気のなさが顔にはっきりと現れていた。そんな顔に出た疲れを取るように、タオルを押し当て、水を拭き取った。乾燥したタオルが水を吸って、しっとりするのがよく感じられる。
 

「おはよう」

 顔を洗って早速、タクマはみんなの前に顔を出した。ちゃんとしたいい声で挨拶するつもりだったが、口から出た声は、元気なんて言えたものじゃない低い声だった。低すぎて聞こえなかったのか、誰の返事もない。それどころか、誰もいない。
 まあ、あんな事があってからだ。タクマは割り切り、リュウヤの代わりとしてキッチンの方に向かった。すると、なんとそこにリュウヤ含めた7人が立っていた。しかも、リュウヤは「俺ちゃんの仕事場」とアピールするように朝食を作っており、他6人はその姿を唖然とした様子で見ている。

「あっ、タクマさん大変です」
「リューくんが、リューくんが壊れた!」
「リュウヤが?いつも通りな気がするけど、壊れてんの?」

 突然の告発に、タクマは目を丸くした。リュウヤはいつも陽気でご機嫌上々、わけのわからない事をベラベラと喋り出しては周りを和ませるのが“いつも通り”なのだ。側から見れば陽気キャラを通り越した、宇宙的な人物に見えるが、それがリュウヤ、剣崎龍弥と言う生き物だ。
 昔からの付き合いのせいで、異常を正常と見間違えているのかもしれない、と一度思いはしたが、リュウヤが料理するなど、会社員がオフィスで仕事をしているのと同じくらい、当たり前の事。そのため、口に出すまでもなく、頭の中に浮かんだ説はバッツリと否定された。
 しかし、6人の唖然としている様も、嘘をついているようには見えなかった。とどのつまり、誰がどう言おうと、リュウヤが何かまたわけのわからない行動、若しくは発言を連発した事に変わりはないようだ。

「とりあえず、席について話しんしょう」
「それが一番じゃな。丁度、長い付き合いのタクマが来た事じゃし」

 こうして、タクマ達は一旦席に着き、リュウヤが取った摩訶不思議な行動について聞く事にした。
 すると開口一番、吾郎が話を切り出した。

「実は、拙者が一番にリュウヤ殿に会ったのでござるが、拙者を見るや否や『じっちゃん!』と言い出したのでござる」
「それだけじゃあねぇ。リョーマの奴、アタシに向かって『アネゴ』とか言い出したんだよ」
「それにですね──」

 話をまとめると、リュウヤは突然人が変わったように、仲間に変なあだ名を付けて呼び出したらしい。
 メアは『姫』、ノエルは『野江っち』、おタツは『ママ』、ナノは『ナーちゃん』と呼ぶようになっていた。
 すまない、話を聞いただけだが、おタツさんにママ呼びは悪いがツボってしまう。

「リュウヤさんなのに、リュウヤさんじゃないような気がして……」
「それでタクマさん、リュウヤさんがこんな風になった事今まであったか、聞かせておくんなし?」
「お主なら何か、原因が分かると思うてな」
「そう言われてもなぁ」

 そう言われても、俺にはいつも通りに見えるぞ。と言いたい所だったが、確かにコレはおかしい。少なくとも、おタツさんの事は『タツ』と呼んでいたし、吾郎爺に関しても、『吾郎爺』と気軽に呼んでいた。更には、他の女子達には『〇〇ちゃん』とちゃん付けで呼び、大袈裟なあだ名などは付けなかった。
 これはかつての付き合いもそうで、リュウヤこそ「リューくん」やら「リュウ」、読み間違えで「ケンザキ」とか「リョウ」と呼ばれていても、本人は相手にあだ名を付けようとはしなかった。他の友達が、その人をあだ名で呼んでいたとしても、だ。昔のことすぎて、記憶にもやがかかっているが、彼女達の声のおかげでうっすらだが思い出せた。
 しかし、結局異変が起きていると言う結果以外は、残念ながら分からなかった。タクマは申し訳なさそうに首を横に振った。

「やっぱ、タっくんでも分からんかぁ。リューくん、ホンマに大丈夫なんやろか」
「誰が大丈夫だって、ナーちゃん?」

 ナノが落胆して天井を仰ぐと、なんとその先にリュウヤの顔が現れた。脅かすつもりで現れたようだが、笑顔に狂気を感じたナノは、驚きのあまりおタツの方に逃げ込み、彼女の胸の中でガクガクと震えた。
 すると、それを見たリュウヤはガッハッハと大笑いし、「悪ぃ悪ぃ」と軽く謝ってから朝食を置いていった。魚に米、味噌汁の定番和風朝定食、見た目も香りもそこまで変わらない。

「俺っちは元気百倍、誰の心配もいらないぜ。勿論、さっきの答えは大丈Vだぜ!」

 相変わらず何を言っているのか理解できない。しかしリュウヤは、唖然とする皆には目も暮れず、箸を人差し指の間に挟み、「いっただきまーす!」と大声で唱えた。

「おいタクロー、ちょっとアイツの熱測ってくんね?」
「えっ、今?」

 そんな必要あるか、なんて愚問を受け付ける暇もなく、アリーナはほら、ほら、と自分の額を軽く2回叩き、さっさとやれと促す。
 確かに熱がある時、人はわけのわからない行動をするものだ。タクマは何故か納得し、リュウヤの額に手をやる。しかし、自分の額の熱と比較しても、平熱という結果が出た。

「どうでござったか?」
「平熱、いつも通りだったよ」
「どうしたよオメェら。ちゃんと朝飯食わねぇと、昼近くにお腹と背中がくっついて、涙で玉ねぎ作る事になるぜ?」

 リュウヤは白米を飲み込んだ後に言い、魚の骨をバリボリと食べた。言動だけでなく、明らかに行動もおかしくなっている。考えるのではなく感じるべきなのか、脳が追いつけない。
 だが、涙で玉ねぎ栽培はさておき、食わねば昼までやる気が出なくなるのは確かだ。話は後でするとして、タクマは白米を口に入れた。
 当たり前だが、味におかしな所はなかった。強いて言うなら、前よりも腕が上がったのか、米の甘味が増しているような気がする。

「なぁリュウヤ」
「どうしたよタクマ、やっぱり俺っちの料理美味ぇか?だよなだよな、それはそうと昨日ブリっぽい魚売ってたんだけど、どうよ!」
「えっと、おう!めっちゃ美味い!」

 ダメだ、一言声をかけるだけで、言葉のマシンガンが放たれる。俺の事どう呼ぶんだろう、なんて好奇心で動くようなものじゃなかった。リュウヤの料理に「不味い」の三文字が出る事は絶対にありえないが、ここは元気に美味いと言わないといけない気がして、タクマはかの〇獄さんのように言った。
 と言うか、他のみんなの呼び方は大きく変わっているのに、俺だけは普通に『タクマ』なのか。それはそれで嬉しいが、なんだか寂しい。

 ──それから、食事を済ませたタクマ達は、オニキスの花を持って、ハルトマンの墓に赴いた。
 昨日見たものと変わりはなかったが、早速墓の前には数本の酒瓶と花束、フラッシュの仮面が置かれていた。勤勉で信頼されてきた証拠だ。きっとこれから、この墓の前にいくつもの涙が零れ落ちるんだと思うと、胸が張り裂けそうになる。

「ここがおやっさんの墓か。姫、おやっさんの霊居る?」
「残念じゃが、妾が目視できるのは未練で天に逝けず、この地を彷徨っている霊だけじゃ。ハルトマンもビナーとやらも、ここには居らぬ」

 メアは静かに目を瞑り、皆に言った。
 しかし、それを聞いたリュウヤは、霊としても会えないことを悲しまず、空を仰いでそっか。と一言呟いた。

「お前様、本当はあの場所に居たかったのではないでありんすか?」
「……いや。これでスッキリしたぜ」
「スッキリ、でござるか?」
「だって、おやっさんがここに居ねぇって事は、未練がない。つまりは、安心して天国行けたってワケだ。だろ、姫?」
「まあ、そうなるのぅ」

 急に話を振られ、困惑しつつもメアは答える。

「って事はだ。おやっさんは墓じゃあなくって、実質的に俺っち達の側にいるようなもんだろ?見守ってくれてんだから」
「せやね、お空はいつもウチらの側にあるもんな」
「だからほら、俺っち達がおやっさんの死に長ぇ間クヨクヨしてたら、それこそおやっさんの死が無駄になっちまうだろよ」

 そう言うと、リュウヤはドラゴン拳法のような動きを披露し、タクマの顔の前に拳を打ち込んだ。しかし、タクマは不思議とその動きが読む事ができ、飛んできた拳を掌でキャッチして見せた。
 
「リュウヤお前、いきなり何すんだ」
「いいか、アイツらだって、俺っち達が喪に服してる時間は待ってくれねぇんだ。折角おやっさんが救った命、おやっさんの分も生きて生きて、魔王ぶっ飛ばして世界救っちまおうぜ!」
「……ったく、いつにも増してキザだなお前。けど、そういったの嫌いじゃあねぇぜ馬鹿野郎!」

 リュウヤの元気に乗ったアリーナは、彼の思いに賛同するように、後ろから不意打ちを仕掛けようと飛びかかった。だが、更に後ろに居た番人──おタツにゲンコツを食らわされ、はたき落とされたカエルのように地面に倒れ伏した。

「ぷっ、アハハ。アリーナさん、一本取られましたね」
「痛ってぇ〜!おいオバハン、なんて事すんだ!ノエチビも、笑ってんじゃねぇ!」
「誰がおばはんですって?ウチの亭主に手出しするなど、このタツが許しんせん」

 不思議だ。さっきまで気味が悪いほどに元気がなかったのに、今では完全に元気が戻った。
 そうだ。そうだよな。クヨクヨしてても、何も始まらない。それどころか、クヨクヨしている間にも、奴らは世界を恐怖に陥れる何かを起こそうと、今も動いている。

「ほら皆、騒いでると他の人達の迷惑になるから、早く済ませよ」
「ささ、アリーナ殿。喧嘩は後にしてこちらに」

 タクマも心を入れ替え、ごちゃごちゃになった皆を呼び戻し、再び墓に目をやった。そして、ハルトマンとの出会いを感謝し、タクマ達は皆自分の私物を墓の前に供えた。
 魔力の抜けた風弾石、雑貨屋のドクロリング、猫耳カチューシャ、龍の置物、かんざし、大和産の日本酒、どんぐりの髪ゴム、新品の銃、そしてオニキスの手向けた花。タクマ達を思わせるアイテム達が、墓の前に集結した。
 そして、オニキス不在の中、8人は手を合わせ、ハルトマンの墓に祈りを捧げた。

 ──見ててくださいハルトマンさん。俺たちは必ず、貴方の分まで生きて、魔王やα一味の悪行を阻止します。

 タクマは心の中で固めた決意をハルトマンに伝え、彼と約束を結んだ。
 その時、タクマの小指に、ハルトマンの小指が結びついたような、温かい気を感じた。

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