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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第246話 ラベンダーの夜

「えーそれでは皆様、棺に土を被せてくださいませ」

 司会の案内と共に、タクマ達含め参列した人々はハルトマンの棺に土を被せた。埋葬式の葬儀は初めてだったが、日本の火葬とは違い、まだ手が届きそうな所にあるものが、だんだん土に埋まって届かなくなる事に、重い悲しみを感じた。
 これが俺達が唯一してやれる事、そう割り切って土を掬うも、完全に土で二つ目の蓋をされた辺りから、ずっしりとシャベルに重みが加わった。まるで、100キロある砂袋を持ち上げていると錯覚してしまうくらい、辛く悲しくなってきた。

「うわぁぁぁぁん!ウチ、もう無理や……おっちゃんを埋めるなんて、ウチにはできへん……」
「馬鹿野郎お前、何泣いてんだよ!テメェのせいで、アタシも……」
「2人とも、ここまでよく頑張ったでござる。後は、拙者達に任せるでござる」

 悲しみの限界が来たのか、2人はシャベルを置き、ナノはわんわんと大きく、アリーナは目頭を抑えて大粒の涙を流した。
 その涙を汲んで、代わって吾郎が先陣を切って土を掬った。だが、強く逞しい吾郎でさえも、目に涙を浮かべていた。
 守人としての役目を持って生きていたのに、ハルトマンを守れなかった。そんな自分の不甲斐なさに、激しい責任の念を抱いている。
 すると、吾郎の涙に気付き、フラッシュが彼の肩をポンと叩いた。後は私に任せて、彼女達の側にいてあげたまえ。真っ直ぐなその眼でそう伝えて。
 
「我慢は体に毒だ。君達も、辛いのなら泣きたまえ。さもなくば、いつか自分の“個”を殺す事となり、コイツが心配して、現世に残り続けてしまうぞ」
「フラッシュ、お主……」
「なに、アイツも1人ぼっちではない。私達が彼の事を忘れなければ、完全には死なない。この墓も、彼を完全に殺さない為のものだ」

 フラッシュは、大人しい声色で冷静に言い、淡々と土を運んだ。そして、その言葉で、タクマは少年が初めに語っていた言葉を思い出した。
 ──家族や親戚、友人など、親しかった者達全員がその人を忘れて存在しなかった事になってしまう、記憶の「死」
 そうだ、忘れなければ、ハルトマンさんは完全に死ぬことはない。そう思うと、それまで重かった土が軽くなり、どこか安心感が芽生えた。
 
 
 そして、葬儀は滞りなく全てのプログラムを終え、タクマ達は宿屋に戻った。
 リュウヤはまだ寝ており、その近くには青やピンク、黄色といった花束と、綺麗な字で「ほんの気持ちだ、アイツに渡してくれ」と書かれたカードもあった。
 
「これって、オニキスさんの……」
「あの女もどき、相変わらずクールを気取りおって。どうしてこうも素直になれんのじゃ」

 メアは呆れた様子でカードを読み、そのまま花束の上に戻した。全く、不器用なアイツらしい。タクマは明日代わりに備えてあげようと、リュウヤの隣のベッドに倒れ込んだ。
 図らずも、頭が窓の方に向いていて、真上に月が見える。昔見た絵本に、死んだ人は星になる、なんて話があったっけか。流石にいい歳だから信じはしないが、ハルトマンさんが天国でもやっていけると信じて、タクマはそっと目を閉じた。


 ────その日の真夜中。
【αのアジト 花の間】
『解放するオーブは残り二つ。緑と、水色のみか』

 αは、解放されていないオーブの事を思い浮かべながら、オーブと同じ緑と水色の花に水をやる。
 どれもただの趣味で育てていた花だが、丁度凛々と咲き誇り始めた。そのため、ハルトマンへの弔いの念を込めて、これらを手向けの花にしようと考えていたのだろう。

『これも、全ては世界のため。神に見放されし悲しき羊を救済するためだ』

 誰に言う訳でもなく、αは呟いた。オーブの復活には、多くの犠牲が伴う。
 タクマの怒る気持ちも、理解できない訳ではない。しかし、何かを得るにはそれ相応の対価が必要となる。どれだけ人智を超越した強さを持ち、理から逸脱しようとしても、必ずどこかで理の壁は現れてしまう。
 悪魔と罵られようと、私は私の信じた道を進む。
 そんな信念を抱き、αはじょうろの水補給の為に、花の間を後にした。とその時、玉座の間の方向から悲鳴が聞こえた。絹を裂いたような女の声、アルルの悲鳴だ。
 勿論、αはこの声を聞き逃さず、じょうろを捨てて声のもとへと向かった。

【玉座の間】
 玉座の間の扉を蹴り破ると、そこはみる影もない程に荒らされ、周囲には獣のような五本の深い爪痕が大量に残されていた。更に、チェスやオセロ、数多のボードゲーム達もバラバラになり、それらと一緒にアルルが横たわっていた。
 コウモリのような羽は薄膜全てに穴が開けられ、身体は痛々しい程に傷付いていた。幸いQサキュバスでかつ、人を食べた後の元気がある状態だったお陰で、致命傷には至らなかったが、弱っていたのは事実だった。

『アルル、これは一体どう言う事なんだい?』
「α様、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、おかしくなって、ここに……」

 お兄ちゃん。それはアルルがZを呼ぶ時に使っている呼称である。その事を知っているαは、すぐに彼が襲撃の犯人である事を理解した。

『それで、Zは、彼は何処に行ったんだい?』
「多分、α様の大事なものを……」
『大事な……よし分かった。アルル、この石を使って自室に帰りなさい。Qサキュバスとはいえ、この強さは相当のものだ』

 大事なものが何なのか、まだよく分かってはいないが、いくつか見当は付く。さしずめ、アルルは探し物をするZを偶然目撃してしまったが故に、やられてしまったと言ったところだろう。
 αはアルルに使い捨ての転送石を渡し、部屋に避難するように言った。少なくとも、彼女の部屋にZが来る危険性はないからだ。
 彼女が言いつけ通りに自室へ戻ったのを確認すると、αも一緒に自室へとワープした。
 きっと彼の狙いはオーブに違いない。それも、保管している最後の緑は、私がやっとの思いで対処できるほどの力を持っている。それ故、生半可な器に与えた際、どんな悲劇を被るか、私には分からない。これまで最後の器を選ばなかったのも、それが理由だ。

『Z、やはりここに来ていたか』

 畳の敷かれた和室、αの部屋。案の定、Zはここにも数多の爪痕を残し、緑のオーブを持って立ち尽くしていた。

「おヤおヤ。これハα様、今マで私の研究ヲ支援してくレて、どうモあリガとうござイまス」
『悪い事は言わない。そのオーブを元の場所に戻したまえ』
「残念でスガ、私もアナタと同ジで、目的を完遂スるにはコレが必要なのデス」
『それが他のオーブよりも恐ろしい事は、君に教えた筈だ。人に戻れなくなるぞ』

 αはZを必死に説得した。何があろうと、Zを猛獣に変えさせない為に、αの知るZが消えてしまう最悪の展開を招かない為にも、αは言葉でZの心を動かそうと試みた。
 しかし、Zの胸に、αの言葉は響かなかった。まるで胸の前に破壊できない壁が現れたように、話しても寸での所で弾き返され、地面に落ちた。

「モう良イのデス、私は、私ハ……」

 だんだん、Zの右腕が異常発達していく。灰色に変色した腕は、筋肉ごと膨張し、白衣の裾を破った。それだけでなく、顔にも血管が浮かび、目からは血涙を流し、口裂け女のように口が裂けた。
 
『コノ身ガドウナロウトモ、私ハ罪源ト一ツニナリ、無能ニ汚染サレタコノ世界ヲ、一ツ残ラズ粛清スルノデス!』

 時既に遅し、Zの身体は魔物の体に侵食されていた。オーブを手にした彼が完全な魔物になってしまうのも、最早時間の問題だった。
 しかし、運が良いのか悪いのか、オーブは人間を捨てたZに賛同するように、緑色の光を強く輝かせた。オーブは、自らの意思でZを器として選んだのだ。

『ダメだZ、これだけは私でも許す事はできない。早くオーブをこちらに渡せ』
『モウ遅イ!コレハ、私ヲ選ンダノダ!聡明ナル私ニ、力ヲ貸スト!』

 すると、オーブはそうだそうだと便乗するように、植物の蔓を発生させ、鞭のような勢いで攻撃を放った。そして、勢いの乗った蔓の鞭は日本刀と同等の切れ味を出し、αの左腕を斬り落とした。
 腕をなくした肩からは、血と共に火花を撒き散らす銅線が姿を表し、バチバチと音を立てる。しかし、その程度で負けるほど、αも弱くはない。超能力で左腕を持ち上げ、魔法で再度接合した。すると不思議なことに、斬り落とした筈の腕は何事もなかったかのように動き出した。

『ソレデハ、今マデオ世話ニナリマシタ、αサマ。クヒャヒャ、アーヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!フィーハッハッハッハッハ!』

 これでα様も私の力を理解してくれた。α様も危惧するこの力がある以上、私はα様と同じ高みに登れたも同然。それこそ、これまで計画を邪魔立てしてきたコピー使い共も、今では赤子を相手にするのと等しい。
 Zは究極に至った事を喜び、狂った笑い声を上げながら、研究室へとゲートを潜って消えてしまった。
 αはただ、消えていくZの背中を見送ることしかできなかった。

『まさか彼が、あれほどまで力を発揮するとは……やはり、彼らの協力を得るしかないのか……』

 最悪の事態になってしまった。αは、Zの暴走を止める事ができなかった自分を憎み、ぐっと拳を握りしめた。
 そして、切り刻まれて畳の上に落ちたミミナグサを手に取り、それに祈るように胸の中に押し当てた。

『どうか、私の勝手を許してくれ。タクマ君』

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