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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第245話 最後の顔合わせ

「それでは、宜しいですね?今が、ハルトマン様とお会いできる最後の時間になります」

 司会の声が、メルサバの墓地に響く。墓地の中央では、綺麗な長方形にくり抜かれた墓穴があり、その隣にハルトマンの棺が置かれている。
 まさか二度目の棺をこんな所で見るとは思わなかったが、あの時とは違って、胸が苦しくなる。αのせいでないと誤解は解けたものの、どうしてもモヤモヤが残ってしまう。
 そんなモヤモヤを抱きつつ、タクマ達はハルトマンとの最後の顔合わせをした。
 やはり、今も彼が死んでいるのが信じられないくらい、満足そうな寝顔をしている。タクマ君を助ける事ができて、幸せだった、そう言っているように。だが、彼は二度と目覚めない。
 口から滴っていた血や、ビナーの服は全て綺麗な死装束に取り替えられているため、彼の清々しいほどに幸せな顔がよく目立つ。そのためか、誰もが彼の顔を見て涙を流した。吾郎も、アリーナも、そして、タクマも。
 しかし、皆がハルトマンとの最後を惜しんでいる中、リュウヤだけは喪服姿のまま、無心でハトにパンを与えていた。

「お前様、本当に見なくて良いのでありんすか?ハルトマンさん、お前様とすごく仲良かったじゃありんせんか」
「笑顔で見送れねぇ、それなのに涙も出ねぇんだ。あん時、枯れるほど流しちまったせいかもな」

 おタツに呼ばれるも、リュウヤ魂が抜けたようにパンをちぎっては撒き、ちぎっては撒きを繰り返した。しかも、いつもならちゃんと顔を合わせて話をしていたリュウヤが、ずっと背を向けた状態で応対している。

「リューくん……」
「悪い、俺ちゃん先帰って寝るわ。何か、食欲もねぇしさ、金置いとくから好きに食いに行ってくれ」
「うむ、気を付けるでござるよ」
「あんま、無理すんじゃねぇぞ、リョーマ」

 一行に見送られ、リュウヤはとぼとぼと宿屋に向かって歩みを進めた。夕陽も、哀しそうに帰る彼の背中を見送るが、彼の前に余計な影を作るだけで、逆効果になっているような気がした。
 と、リュウヤが戻ってしまった頃、時間が来たのか、棺の閉まる音がした。蓋に金の十字架が彫られた、彼だけの棺。日本の葬式とは違い、一度閉じて埋めてしまえば、二度と顔を拝む事はできない。
 なんだか、リュウヤが心配になる。けど、あの雰囲気、そっとしておいて欲しいような気がする。

「おお神よ、この大義なる青年ハルトマンに、慈愛と祝福を与えん事を願わん。アーメン」
「ハルトマン君、君の勇姿は永遠に刻もう。君は、この世界の英雄だ」
「それでは、どなたか男性の方、ご協力を」

 ワンダ国王の一言の後、協力を仰がれたタクマ達は、司会の葬儀屋と共に棺を氷の柱の上に載せた。棺の底面には鉄の板が貼り付けられているようで、それを利用して、氷の柱をじわじわと溶かすようだ。
 現に、置いた瞬間から氷が溶け始めている。

「それでは皆様、こちらをお渡しします」
「何ですかこれ、魔法石?」
「コイツは時報石だな。棺の氷が溶けた頃、テメェらを呼ぶ石だ。ったく、癪なモンを見せやがる」

 初めて見る石の説明をした後、オニキスは片手で時報石を砕いた。石とはいえど、その中でも砕けやすい材質だったようで、繊細なガラス細工を破壊するように、綺麗な音が鳴った。
 その中で偶然に残った小さい破片をポケットにしまい、オニキスも行ってしまう。

「見送りはここまでだ。今度こそ俺は旅に出る、あばよ」
「待ってーなオニちゃん!」
「あ?」

 その時、おタツの元を離れてナノが駆け出した。そして、振り返った時、彼女は大きく頭を下げて「ごめん!」と謝った。

「ウチ、ずっと誤解しとった。アンタがアナザーやって、勘違いしとった。ホンマに、ごめん!」
「あーそういやあったなこんな事……って、コイツがアナザーじゃなかったのかよ!」
「気付くのが遅いよ、アリーナ」

 アリーナの中にあるオニキス=アナザーのイコールに、スラッシュが入る。その今更な気付きに、タクマは静かに突っ込む。たしかに、オニキスとアナザーが同一人物なら、あの場にアナザーが現れる筈はない。1日にして、まさかαとオニキスの誤解まで解けるとは思っていなかった。
 だが、オニキスは言葉を返すわけでもなく、そのまま歩いていく。と、途中で何かを思い出して足を止めた。振り返り、タクマの方に近付く。

「アイツに伝えておけ、我慢すんなって。それとお前も、ダチだってんなら近くにいてやれ、トカゲ娘と一緒にな」

 タクマにだけ聞こえるように胸ぐらを掴んだと思えば、用事が済んだらさっさと手をほどき、再び旅の続きに出てしまった。

「そ、それでは皆様、溶けきった頃にまたお呼びいたします故、どうぞご自由に」

 ──
「とは言ったけど、お腹空かないな」

 タクマは虫の鳴かない腹をさすり、カフェ街の噴水ベンチに座り込む。しかし、本当にお腹が空いていないわけではなく、少しだけ満たない気持ちはある。
 ただ、もしハルトマンも生きていれば、彼を囲んでの食事ができたんだと思うと、喪失感が食欲を削いでしまう。夕陽の中に、彼と楽しく団欒している皆の姿が浮かび、また涙が込み上げる。

「タクマ、何ぼおっとしておる。ほら、サンドイッチじゃ」
「ああ、ありがとう。それで、他のみんなは?」
「アリーナと吾郎爺は、お腹が空いて仕方がないと言うて、ナノを連れて3人でレストランに行ったようじゃ。こんな時に、羨ましい」

 言って、メアはサンドイッチにかじり付く。それに続いて、タクマもサンドイッチを頬張る。普段はモーニングなどで朝に食べるものを、夕食として食べていることに違和感を覚える。
 しかし、美味しさは変わらず、チーズとハムの織りなす味が広がり、気分が少し明るくなる。確かに、これくらいならお腹にも溜まる。それに、大食いの3人が羨ましく思える。

「あ、いたいた!タクマさん、私を置いてかないでくださいよぉ」
「あれノエル、おタツさんと一緒じゃなかったの?」
「そうでありんすけど、タクマさんを見つけた瞬間走り出しちゃって……」

 ちょこんと座るノエルの隣に、おタツは買い込んだ紙袋と一緒に座り込む。中を覗くと、フランスパンや飲み物、それだけでなくリュウヤの好きそうなものが沢山入っていた。

「リュウヤ、やっぱり起きないですか?」

 タクマが訊くと、おタツは頬に手を当てながら、心配そうに頷いた。一応リュウヤが置いたお金を取りに行く際に立ち寄ったが、その時は既に眠っていた。
 それにオニキスのあの言葉、『我慢すんな』。言われてみれば、待合室の事といい最近のリュウヤといい、楽しそうに見える一方、どことなく無理して道化を演じているようにも見える。しかも、それは今に始まったことではなく、思い返してみるとこれまでのリュウヤの態度も、無理な道化が混じっているように思えてきた。
 もしそうなのだとしたら、親友として気づかなかった事が実に不甲斐ない。いや、親友失格かもしれない。
 とその時、チリンチリン、とポケットが騒ぎ出した。取り出してみると、そこに入れていた時報石が青い光を発しながら、集合の合図を鳴らしていた。

「そろそろ、ですね」
「行こう」

 タクマはその一言だけを呟き、ハルトマンとの本当の別れを告げに向かった。

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