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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第242話 雨に濡れて

 それから、カプリを後に船へ帰還したタクマ一行は、キャシーを船室のベッドで寝かせ、出航の準備をしていた。
 早く逃げなければ、船諸共海の藻屑になる危険性があるからだ。しかも、よりによって豪雨もある。それと一緒に隕石まで来るなど、まさに天変地異、終末の刻だ。

「くそっ!動け、動けってんだよポンコツが!」

 急ぎすぎるあまり、アリーナの乱暴な操舵で船は強制停止する。いや、こんな生死に関わる状況の中、落ち着けと言うのは難しい。それに、どんな理由があろうと、一番船に詳しいのは紛れもなくアリーナだ。ここはもう、彼女に任せるしかない。タクマは雨でずぶ濡れになる中、落ち着けるように後ろで見守った。

「へっくしょん!……あれ?君達、私は確かパーティー会場に居たはずだが……」
「何寝ぼけた事言ってんだオッサン、パーティーなんて端からなかったぞ」

 雨風に寒気を覚えて現れたハルトマンに、オニキスは嘘を教える。これまでの事は全部夢だったと。ライオン仮面も、カプリへの遠征も、全てこの船で眠っている間に見ていた、ただの夢だと。
 ボロボロになったドレスを着て、顔面血だらけにしているくせに、そんな嘘が通用するか。一瞬そう思ったが、ハルトマンは何かを察したように間を開けて、「長い夢だった気がするよ」と言葉を返した。
 すると、アリーナが格闘に勝利し、微動だにしなかった船が動き出した。そこからは、逃げる事だけを頭に詰め込み、何処へ行くわけでもなくアクセル全開でカプリの港から旅立った。

「でもリューくん、あのままじゃ皆隕石の下敷きやで!皆、ええんか!?」
「そ、それは……」
「なあタツ姐、タっくん、どうなんよ!」

 本当に逃げていいのだろうか。ナノの言葉に、ハッと気付かされる。
 しかしこの状況、負傷した俺達だけでどうこうできる問題じゃない。ましてや、赤黒く染まった隕石なんて、万全の状態でも無理だ。

「──信じよう」

 葛藤していたその時、リュウヤは呟いた。

「リュウヤ殿、それつまり、αを信じると?」
「何を言う!彼奴も悪魔と同等の存在じゃぞ!あんなの、信じられるものか!」
「皆まで言うな。正直、俺も信じ難い。けど、忘れたか?アイツの美学」

 美学、そう言って、リュウヤはカプリブルグのある方向を向いた。刻一刻と隕石が迫り、周囲の海温も熱気で上昇していく。
 その様子を見て、すぅっと息を吸い込む。

「無益な殺生はしない。アイツ、俺達と戦った時にそう言ってたんだ。だからきっと、奴が生かす価値を見出してくれれば、他のみんなも助けてくれる。そんな気がすんのよ」
「お前様……」
「リュウヤさん……」

 確かにそうだ。αは、何を目的にオーブを解放し、何を目的にZやオニキスを仲間にしたのか、その正体すらも分からない、謎の存在だ。だがしかし、彼は幾度もの戦いで、追い詰めるまでは行っても殺しはしなかった。むしろ、回復や手合わせの例など、我々が得する事をしてきた。
 更に言えば、そもそも彼が完全な悪とも言い切れない。正義を自称するアナザーとの対決から見ても、彼の方が正義に見えなくもない。
 正直、リュウヤと同じく信じ難い思いだが、良くも悪くも知り合いである彼を、信じるべき。そんな気がした。
 なんて思っていたその時、突然船がぐわんと揺れ出した。遊園地のバイキングのように、極端に揺れる。

「こ、今度は何です!」
「気味の悪いこの殺気、避けろタクマ!」

 オニキスは叫び、タクマを突き飛ばした。すると、さっきまでタクマが立っていた場所に白い人影が現れた。血付きの白い服を纏い、銀髪の男。この男、知っているぞ。

「Dr.Z、どうしてあなたが!」

 ノエルは叫ぶ。そう、なんと船の中に、Dr.Zが現れたのだ。しかも、彼の右腕はどう言うわけか、鋭い爪を持った、ゾンビのようなものに変わっていた。
 あれだけ細く、戦闘に不向きそうな体だったのに、右腕と体のバランスが崩れ、左肩側に傾いている。

『またしても、まタシても我々の計画を邪魔しタナ!モう、今日ト言う今日は許しマセんヨ!』
「な、なんやあの姿!気持ち悪い……」
「チッ、おめぇらとにかく捕まってろ!」

 アリーナは急いで梶へ戻り、左へ勢いよく舵輪を回転させた。それにより、一気に航路を変更した船は、乗組員などお構いなしに、荒波に逆らって旋回した。
 そして、雰囲気を出すためとして置かれていた樽が転がり、Zの方へ向かっていった。

『邪魔デス!〈屍ノ鉤爪〉!』

 だが、Zは船の揺れ方を予測しているように動き、獣の爪で樽を切り裂いた。しかも、その断面は鏡のようにツルツルで、これが木製であることを一瞬忘れさせる。

「あーもう!アタシの船で勝手な真似してんじゃあねぇ!《ウェーブ・クライシス》!」
「こんな時に来ないで!《ギガ・フリズ》!」

 Zの第二撃に備え、アリーナとナノは同時に攻撃を加えた。放たれた水の斬撃が、Zの体に入った瞬間凍るように調節して。
 だが、彼の爪は恐ろしい程に強靭で、アリーナのウェーブ・クライシスも、ノエルのフリズも切り裂き、彼女達に反撃をした。
 真空波の刃が飛び、ノエルとアリーナの体に切り傷が生まれる。

「ノエちゃん!」
「アリーナ!くそっ、言って聞く相手じゃないし、どうすれば……」
『そレモこレも、全テはアナタが来てかラデす。タクマ君、アナタのせいデα様ハ、幾度も敗北ノ苦汁を吸ったのデス!』
「何がお前のせいだ、笑わせる。テメェは研究研究って引きこもってたくせに」
『貴様に分かルハズがなイ!完璧な計画を遂行するタメには、君が死なナケればナらなイのだ!』

 オニキスの煽りを受けるも、Zの目的はタクマ一直線のようで、全く見向きもしなかった。それどころか、更に怒りを増幅させたようで、タクマへの攻撃が強くなった。
 必死に避けようと頑張るが、骨が折れているせいでろくに身動きがとれない。
 
「タクマ殿に触れるでない!ぬおおおお!!」
『ジジィの出る幕ではナイ!』
「じぃじ!嘘やろ、あんなのありなん……」

 吾郎が護りにかかるも、Zの斬撃は吾郎の抜刀よりも早く、攻撃する前に弾き返されてしまった。先の戦闘で消耗しているが故、船上に戦える者は居なくなった。
 逃げようにも、ワープが使えない以上、この大海原に逃げる場所はない。まして、カプリに戻ろうとも、滅びゆくかの街に戻る事も、この大嵐の中では困難を極める。

「タクマ君!」
「ダメでありんすハルトマン様、奴には勝てないでありんす!」
「でも、このままじゃタクマ君が殺されるぞ!彼は骨を折っているんだ、アレで逃げられるハズがな……ハッ」

 どうして骨の事を?一瞬疑問を抱いたが、その疑問ごとZの爪が襲いかかった。
 それに対し、もう動けないと察したタクマは、剣で出来るだけの防御をしながら、Zに反撃を与えるチャンスを窺っていた。
 だが、Zの力はこれまでにも増して強くなっており、波動ひとつでタクマは成すすべなく吹き飛ばされた。船室扉の左に体を打ち付けられ、剣も船体に突き刺さる。

『鬼ごっコモ終ワリです。死ネぃ、タクマァァァァァァァァ!!』

 もうダメだ。死ぬのか、俺。折角αに助けてもらったのに、こんな所で。皆、俺の魔王封印の為について来てくれたのに、こんな所で先に行くのかよ。
 スローモーションになり、ゆっくりと近付いてくるZを見ながら、タクマは考える。そして、まだ死んでもいないのに、自然と口が開いていく。

 ドスッ。

 覚悟を決めて目を瞑った瞬間、鈍い音が響いた。ああ、俺死んだんだ。そう思い、ゆっくりと目を開けた。
 しかし、目の前にあった光景を見て、タクマは光を失った目を丸くした。
 なんと、そこには……

「は、ハルトマン……さん……?」
「なん、じゃと……」
「おっちゃん……」
「ハルトマン様……」
「お、おやっさぁぁぁぁぁぁんッ!!」

 タクマの目の前には、ハルトマンが立っていた。彼は鏡を行き来する力で、Zの斬った樽とタクマの剣をポータル代わりに、彼の前へと姿を表した。ピンチのタクマを守る為に、ハルトマンは能力を使ったのだ。
 仲間たちの悲涙の叫びがこだまし、落雷がそれをかき消した。

「チッ、またシテモ邪魔が……もう薬が切れてしまうと言うノニ……」

 タクマを殺す為に力を使ったせいで、Zの腕は元の腕に戻ってしまった。とは言っても、腕はゾンビのようにボロボロのままで、完璧ではなかったが、辛うじて体のバランスは元に戻っていた。
 そして、同じく消耗したZは、即席ワープ装置を起動して、アジトの奥へと逃げてしまった。

「待て!逃げるな卑怯者!」
「あっ、お前様!」
「このっ!戦った後に来やがって!男らしくもない、やるなら正々堂々やれ!」

 しかし、ハルトマンに致命傷を負わせた怒りで、リュウヤは閉じていくワープゲートにしがみついた。そして、小さくなっていくゲートを無理やりこじ開け、暗黒城の奥へと走り去っていくZに怒鳴った。
 だが、リュウヤの力も途中で尽きてしまい、ゲートはZの味方をするように消えてなくなった。

「くそっ!くそっ!どうして、どうしてなんだよ!」
「リュウヤ……君……。悲しまないでくれ……」
「は、ハルトマンさん、死んじゃダメです!《ヒール》!《ヒール》!」
「おっさん!頼むコイツで、沁みるけど耐えてくれ!」

 一行はハルトマンのもとへ駆け寄り、必死で回復させようと試みた。アリーナの回復薬の雨が降り、ノエルの回復魔法も一緒に降りかかる。
 しかし、何をしても、傷は良くならなかった。

「よせ、コイツの傷はもう手遅れだ。アイツの爪、回復出来なくなる毒が入ってたみたいだ。ここまで深けりゃ、もう」
「せやからって、おっちゃんの死を受け入れろ言うんか!ウチは、ウチはこんなん嫌や!もう、大切な人を失いたくない!」
「いいんだ。私はもう、覚悟をしたから」
「──っ。不甲斐ない、皆を守るべき拙者が、ハルトマン殿の代わりになるべきだったのに……」
「それはダメだ。貴方は、この子達のお爺ちゃんだろ?盾の代わりがいくらあっても、お爺ちゃんは貴方しかいない」
「おやっさんのバカ、おやっさんの代わりもいねぇだろ!」

 リュウヤの涙声が、誰よりも大きく響く。

「それに、知っていたんだ。もう1人の僕のことも、隠された魔法の力も、全部ね」
「だから、俺を守るために……」
「ああそうだ、それからリュウヤ君。これを君に託すよ」

 そう言うと、ハルトマンは首のネックレスを引きちぎり、そこに付いていた水色と茶色が半分づつ合わさった宝石を渡した。リュウヤの持つ宝玉と、同じ形をしている。

「おやっさん、これは?」
「今度会った時に、渡しておこうと思っててね。まさか、こんな形になるとは思わなかったけど」

 訳を話した瞬間、時間切れにでもなったように、ハルトマンは血の混じった咳をした。
 もう、時間がないようだ。それを悟ったリュウヤは、ハルトマンの手を取ってギュッと握りしめた。

「頼む、まだ行かないでくれ!まだ、まだちゃんと話できてねぇのに……」
「リュウヤ……」
「ううっ、ハルトマン様……」
「アハハ、ありがとう。君達と出会えて、本当に楽しかったよ────」

 仲間達に看取られ、ハルトマンはすっと息を引き取った。それから、タクマ達は大量に涙を流した。涙は雨と一緒に流れ落ち、船体へと染み込んだ。

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