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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第227話 ノッポ・ダディー

「そんな、ハルトマンさんの追いかけていた怪人が、自分自身だなんて……」

 おタツは信じられない様子で目を丸くし、怪人、もといハルトマンを見た。声、目の色、体型、どれも全て、ハルトマンの特徴と合致する。まさか、これがハルトマンの素の姿?
 いや、あり得ない。仮にも相手は怪人だ。かのルパンのように、変装であえてハルトマンの顔を使い、彼に化けたのかもしれない。かもしれないではなく、そうであってくれ。一行は密かに願った。

『ハルトマン?いいや、ソイツはもう1人の俺様で、俺様はビナーってんだ。全く、御目当ての怪人様がもう1人の自分であるなんて気付かずに、我ながら呆れちまうよ』
「そんな。じゃあ、この事件を仕組んだのも全部、ハルトマンの、ビナーのおっちゃんって事!?」

 現実は非情だった。一行の願いも虚しく、ビナーは真実を教えた。
 とどのつまり、ハルトマンが追いかけていた男は自身の第二人格であり、舞踏会のやる気消滅事件は全て、ハルトマン、もといビナーの仕組んだものだった。そういう事になる。
 まさかの敵が知り合い、それも久し振りに再開した人間だなんて、あんまりだ。

『さぁどうする?俺様と一緒にハルトマンも殺し、オーブを奪い取るか?』
「そ、それ……やっぱり、αの言う通りってワケか」

 更に自分が器である証拠に、ビナーはオレンジ色のオーブを見せた。今一行が探しているオーブと、同じだ。嘘はついていない。
 やっぱり、覚悟を決めなきゃいけないのか。
 リュウヤは拳を固め、ビナーを見つめた。だが、苦しそうな表情を見せる事はなく、むしろ楽しそうな表情を見せた。

「受けて立つぜオッサン、面白そうじゃねぇの」
「お前様!」
「安心しろってのタツ、俺ちゃんはしっかりと覚悟決めたぜ。でも……」
「うむ。不殺を貫き、生かしたまま奪い取る。でござる」

 吾郎もリュウヤの覚悟を察したのか、代わりに言った。オーブはこちらにとっても大切なもの。しかし、殺してでも奪い取るのは違う。少なくとも、二重人格で片方が悪人だとしても、根っからの悪人だとしても、人殺しはしない。
 それに、彼と鏡世界が無関係とは考え難い。今ここで死なれるわけにも行かないのだ。

「なるほどな。ならこのアタシ、アリーナ様も参戦してやるぜ!」
『ほぉ、5人全員、か。やる気があって素晴らしい』

 ビナーも、リュウヤ達の覚悟を肯定し、力を溜め始めた。まだ罪源の仮面は解放されていないが、あくまでも器に選ばれし存在。気は抜けない。
 リュウヤ達5人も、相手の動きを伺いながら武器を構えた。どちらも相手の動きを見切る事に集中しており、全く動かない。
 そしてついに、ビナーの気が溜まった時、彼は力強く雄叫びをあげた。
 今だ!そうして、リュウヤ達も攻撃に出るため足を踏み出した。しかし、相手の様子がおかしく、一瞬踏みとどまる。

『うぉぉぉ……まぁいい、その覚悟に免じて、こんな石っころテメェらにくれてやる。ふぁぁ』

 なんとビナーは、戦闘する事を放棄してオーブを投げ捨て、廊下の上でごろ寝をした。まさに、これから戦いの始まりだ!と意気込んでいたリュウヤ達は、あまりのやる気のなさに勢い余ってずっこけてしまった。

「な、なんやねんそれ!そこ普通、戦う流れやろ!もっとこう、城めちゃくちゃにする勢いで……」
『戦う?無理無理、俺様そんな力ないもん。それに城めちゃくちゃにするなんて、俺様もそうだし、片付ける兵士めんどくさくね?』

 たしかに。と言いたい所だが、最早ビナーはさっきまでの恐怖を匂わせていた姿とは打って変わり、ただのやる気のない休日のオヤジと化していた。
 しかも、魔法が使えないと言う証拠に、やる気なく「ふれあ」と唱えた。すると、指からチャッカマン程度の火が噴き出した。確かにこれでは、戦う以前に灯火になるかどうかのレベルだ。彼の言う通り、これでは攻撃魔法にはならない。
 更に、物理面でも戦えない、戦う気はないと言う証拠にまた、ナイフを一本、リュウヤの前に投げ捨てた。

「今度は何だ、ナイフか?コイツがどうしたってんだよ」
「……あ!これもしかして!」

 何かにピンと来たリュウヤは、アリーナからナイフを譲り受け、それを自身の腕に刺した。

「リュウヤ殿!……おろ?」
「痛ってぇ〜。なーんて、コレ演劇でよく使われる、刺してるように見せる偽ナイフだ」
「もう、脅かないでくださいよお前様」
『ま、これで分かったろ?今の俺様はなーんにもやる気ないの。分かったらその武器しまえよ。重いだろそれ』

 おっさんのようにごろ寝をしつつ、ビナーは呟く。敵だというのに、俺達の心配をしている?
 めんどくさいとか思った事はないが、よく考えたら刀、めちゃくちゃ重い。これまでノブナガ様の見様見真似で戦ってたけど、真剣本来の重さを知る事はなかった。すると突然、不思議なことに刀に今までの数倍もの圧力がかかったような気がした。

「それよりビナー殿、貴殿は本当にハルトマン殿なのでござるか……?」
『その殿っての流行ってんのか?ま、信じてねぇなら見せてやるよ。おい、ミントとか持ってねぇのか?』
「ミント?それなら、小腹空いた時のおやつに持ってきたコレしかないけど、ええ?」
『おお子娘、なかなかいい顔してんじゃあねぇの。おじさんに食わせてくれ』
「えぇ?いやうん、ええけど自分で来てよ」

 文句は言いつつも、ナノは仕方ないなぁ、とミントチョコをベルフェルの口に放り込んだ。
 するとビナーは突然立ち上がり、ハ、ハ、と2回溜めた後、ハックション!と大きくくしゃみをした。

「……あれ?君たち?ここは何処なんだね?」

 なんと、くしゃみをしたその瞬間、ビナーはハルトマンに変わってしまった。目つきも口調も、誠実でやる気に満ちた性格。まさに、怠惰なビナーとは正反対だった。
 しかし、服装はビナーと同じで、白マントに黒タキシードの怪人姿のまま。
 だが、口の中に残っていたミントに反応し、また一発くしゃみをした。すると、今度は目つきが変わり、さっきまで対峙していたビナーになった。そして彼はまた、気怠そうに廊下の上でごろ寝を再開した。

『悪いが、アイツにこっちの世界のことがバレるのは困る。だから面会はここまでだ』
「おいオッサン、同じ体に同居してんのに教えなくて良いのか?」
『アイツには魔法とは無縁の、ただの捜査官として生きてて欲しいからな。鏡の中を出入りできるなんて能力あるって知った時にはきっと……』

 ビナーは暗い表情をしながら、リュウヤ達に背中を向けた。しかし、鏡の中を出入りできる。その言葉を聞いたリュウヤに一回転させられ、手を取られた。

「おやっさん、アンタ今鏡の中を移動できるって言ったな!」
「そ、それは実でありんすか!?」
『お、おうまあ。俺様が元々持ってる力だが……』
「頼むおっちゃん!ウチらを元の世界に戻してくれ!」
「鏡ならアタシのコイツとか使えるんじゃあねぇのか?」

 そう言い、アリーナはくすねた鏡を見せた。彼女の中では、もう既に“アタシ”のものらしい。
 だが、ビナーは手に持った鏡を見て、鼻で笑いながら『それのどこが鏡なんだ?』と訊いた。

「何を言うでござるか。どこからどう見てもこれは……いや、ない」
「ダーリンまで何を……ああ!鏡がねぇ!」

 そんなわけあるか、と鏡を裏返すと、なんとアリーナの持っていた額に、鏡はなかった。そう、ずっと持っていた鏡は、いつの間にかただの額縁になっていたのだ。
 しかし、初めて見た時、コレは紛れもなく鏡だった。それに、丸みを帯びた額縁であるため、少なくとも絵の額ではないのは確かである。

「そんなぁ。帰れると思ったんに……」
「なぁ、おやっさんの力が本当なら、俺ら戻れるんだ。ダチも居るし、頼む!」

 いや違う。ないなら探せば良い。流石に屋敷の中に鏡の一枚や二枚はあるはず。ただ、めんどくさがり屋なビナーが手伝ってくれるのかどうか。
 リュウヤは断られるのを覚悟で、ダメ元でビナーに頼んだ。しかし、ビナーはゴロンと顔を逸らしてしまった。やはりダメだったか。

『しゃーねぇなぁ』

 と思ったその時、ビナーは立ち上がった。そして……

『本当なら朝まで寝てたかったが、仕方ねぇ。アイツを助けてもらった借り、返してやるよ』

 ビナーは言い、大きく親指を立てて見せた。そう、あの日、アルルに生命力を吸い取られて死にかけていたあの時、助けてくれた事を覚えていたのだ。
 そして、それを聞いたリュウヤ達は、大いに喜んだ。

「おっしゃあ!さっすがおっさん!太っ腹!」
『まだ痩せ型だ。とにかく、俺様ももうやる気集めなんてやってられねぇ。ちょっとした話してやるから付き合え』

 頼もしいとはいえ、正直一人で居たい。ビナーは一刻も早く静かな時間を取り戻すべく、本音を心に秘めて鏡探しに向かった。自分に国家転覆を起こす気がない事を教える為、話を交えながら。

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