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コピー使いの異世界探検記

鍵宮ファング

第195話 時の止まった花屋

 それからタクマとデンジは、彼の家で一泊した後、見せたいものがあるとワトソンに連れられ、異様に綺麗な民家の前に来た。そう、タクマがずっと気になっていた例の家だ。
 その民家は綺麗な割には寂しい雰囲気が漂っており、屋根の上には掠れた文字で「花屋 キング」と書かれていた。

「ここが、彼の家族が暮らしていた家だ」
「綺麗ですね。まだ誰か居るんですか?」
「いいや、彼は3人家族。オニが居ない今、ただの廃墟と同じだよ」

 言ってからワトソンは、我が物顔でドアノブに手をかけた。勿論、不法侵入はマズイと、タクマは止めようとする。
 しかし彼は、「今は僕の所有物だから」と言い、扉を開けた。

「所有物?まさかこの家を、買ったと言うのかい?」
「そうだよ。反逆者だったとしても、ここは彼の帰る場所だからね。どんな状態であれ、帰って来たらプレゼントするつもりだよ」

 ワトソンは内装を見回して言う。薄暗くて不気味に見えるが、この状態でもそのまま店を再開できそうなほど、沢山の花が元気に咲いている。
 彼が全てを管理しているのだろう。帰って来た時何も変わってない事に安心させる為なのだと思うと、奴がどれだけ信頼されていたかが窺える。
 しかし、何故か違和感を覚えた。青、黄、緑、紫。ここまで色があるのに、何故か赤い花とバラだけがない。花屋の代名詞とも言える花がない事に、違和感を覚えたのだ。

「あれ?あの、赤い花はどうしたんですか?」

 訊くと、ワトソンは花に水をやりながら「散乱していたんだよ、現場にね」と答えを返した。

「両親の死体と血に塗れて、白かった花も真っ赤な花も、全て赤に染まっていたそうだ。だから、帰って来た時のことも考えて、それだけは置かないって決めたんだ」
「ワトソンさん、あなたは本当に優しいお方だ」
「非難されるだろうに、ここまでしてあげるなんて凄い人ですよ」
「そうかなぁ、照れちゃう」

 二人に褒められ、ワトソンは顔を赤くして頭を掻いた。そして、照れるのをやめた後、植木鉢の黄色い花の花びらを撫でながら優しい声で言った。

「僕は信じてるんだ。どんなになっても、彼は彼だって」

 ──タクマとデンジが花屋を見てから数時間後、二人の知らない頃に奴がやって来ていた。そう、オニキスだ。
 しかし彼は、オーブを衛星のように漂わせるでもなく、暴れるでもなく、フードで顔を隠し、密かに墓石の前に立っていた。
 その墓石には、ラピス・キング、エメラ・キングの名前が彫られている。そう、オニキスの両親だ。

「2年ぶりだな。親父、お袋」

 両親に再会の挨拶をし、お供え置き場に酒を置く。父親用にウィスキー、酒の弱い母親用に度数の低い酒。二つを置いたオニキスは、心の中で飲めるはずもないのにな、と馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑った。
 それから、オニキスは墓の前で胡座を描き、心の中で二年間の日々を語った。

 ──アンタらの葬儀が終わってから、俺はガラに復讐する為に2年間最強を狩り続けた。お陰で今じゃあ言い値が首にかかっちまったがね。
 でも、後悔はしてねぇ。お陰で命を狙う馬鹿を狩って強くなったからな。それに、面白ぇ奴とも出会えた。
 ただ、悪魔に魂売っちまったのはちょっとは後悔してるかもな。心臓のタイムリミットが迫ってるとはいえ、人を殺しかけた。アイツだけを殺す為に、今まで殺しはしなかったのに。なのに、ガラの野郎は俺が出てってすぐ死にやがった。

「ホント、俺の2年間は、何だったんだよ……」
「ほぉ、やはりそう言うコトでしたカ」
「誰だ!」

 聴き慣れた気味の悪い声にハッとしたオニキスは、怒鳴りながら振り返った。そこには案の定、Zがいた。それも、墓石の上に乗った罰当たりな状態で。
 クソ、最悪な野郎に見られちまった。本来なら殺してやりてぇが、俺の力はそんな事のために使うんじゃあねぇ。誤魔化せ、何か方法があるはずだ。
 ……いや待て。もうガラは逝っちまったんだ。それに病で死ぬくらいなら、気に食わねぇコイツを殺して、金に困ったガキ共に言い値の首をよこすのがいいかもしれない。
 オニキスは考えた。するとその時、Zはニヤリと更に口角を上げ、いいのですカ?と訊いた。

「何の話だ?」
「確かガラでしたかネ?彼は妻と娘を残して、この世を去ったようデス」
「何を言いたい?あくまでも俺の目的はガラ一人。女子供を殺すつもりは……」

 だが、オニキスが振り向き直そうとした時、さっきまで後ろにいた筈のZが両親の墓の後ろに立っていた。
 見えなかったぞ、いつの間に移動したんだ?初対面の時から動きの速い野郎とは思っていたが、まさかここまで速く!?
 しかし動揺している間に、Zはオニキスの顔の近くにまで迫っていた。

「彼は君が気に食わないという理由でアナタの両親を殺シタ。それなのニ、国民から信頼サレ、死ぬまでの短い間いい時間を過ごしタ」
「……っ!」
「どうせ復讐するナラ、地獄の彼を不幸のドン底に突き落として仕舞えば良いのですヨ」

 ──そうだ。アイツは俺の家庭を滅茶苦茶にしたのに、娘や妻なんて、俺の家庭を奪うように楽しい時間を過ごしていたんだ。さぞ楽しかったろうなぁ、さぞ面白かったろうなぁ、さぞ気持ちよかったろうなぁ!俺から全てを奪ったくせに!テメェだけいい思いして勝手に逝きやがったくせに!この際寄付も何も関係ねぇ!皆殺しだ!
 Zの注いだ油により、オニキスの中で煮えたぎる怒りがコントロール範囲内を大幅に上回った。止め処なく溢れるその怒りは、心、神経、人格、理性の更に奥にある潜在意識からも湧き上がった。
 その怒り様は、まさしく煉獄の炎が如し。今の彼にとって、誰を殺す、誰だけを殺すなんていう冷静な判断はできない。
 何故なら、その怒りにより、ガラへの憎しみがガラの家族、取り巻き、そして彼を正義と称えたフォーデン全体へと拡がってしまっていたからだ。

「フハハハハハ!!ハハハハハ!!ハーッハハハハハハハ!!待っていろ!テメェら纏めて、この俺“復讐の死神”が地獄に送ってやる!」

 壊れたようにオニキスが叫ぶと、禍々しい剣と鞄に隠していた二つのオーブが光り輝いた。
 止め処なく溢れる怒り、フォーデンの幸せを奪ってやるという欲。その二つの感情が混ざり合い、今の彼が出来たのだ。

「さて、仕込みは上々。後は彼らがどう動くのカ、楽しみですネ」

 ゆっくりと歩いて行くオニキスの背中を見送り、Zは不気味な笑顔でこれから始まる事を楽しみにした。

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