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冷寧である俺は戦争に行かないし、救護手当てもしない。~完結済み~

青篝

感動した俺は

その男に見つめられると、
背筋が伸びきってしまう。
という表現が恐らく正しい。
身長は190cm前後あり、
肩幅もとても広い。
何かスポーツをやっていなければ
このような体格にはならないだろう。
さらに、その恵まれた体格に加え、
顔立ちも整っており、
鋭いが笑えば柔らかくなる目に、
筋の通った形のいい鼻、
綺麗に揃っている真っ白な歯。
若い頃は所謂いわゆる美青年だったに違いない。

「君達が星奈のお友達かい?」

その出で立ちの良さの光る、
急ないい大人の登場で、
昴達は口を開けない。
だが、救いはすぐにやってきた。

「あっ、パパ。
ちょうどいいところに来てくれた。
昴達をモニター室に
案内してあげてくれる?
あと、機材の説明もよろしく」

今の東真の言葉で、
昴は確信を得ることが出来た。
男は東真のことを『星奈』と
名前で呼び捨てにしていたので、
まさかとは思ったが、
この男は東真の父親だ。
東真の所属する事務所の社長で、
昴の素性を調べさせた張本人である。

「あぁ、分かったよ。
今日はその為にわざわざ来たからね。
それから、星奈。
人前で『パパ』呼びはやめなさい」

東真パパの言葉に、
東真は、は~いと間延びした
返事をした。
その態度に苦笑する
東真パパだったが、
特に何も言うことなく
昴達をモニター室に案内して、
諸々の機材の説明もしてくれた。

「――以上で一通りの説明は
済んだのだが、他に何かあるかい?」

懇切丁寧に教えてくれたので、
正直分からないことは無かった。
といっても、元よりこういった
機械系は南関の得意分野なので、
南関に一任することにした。

「ええ。大丈夫です。
どうもありがとうございます」

その南関が理解できたようなので、
問題は無いだろう。
昴も特に気になることもなく、
西難も同様のようだ。

「そうか。では私はこれから
別件があるのでそちらに向かうよ。
もし何かあれば、星奈に言いなさい」

そう言い残して、
東真パパは去って行った。
昴達は東真パパを見送ったが、
その後ろ姿も立派なものだった。

「準備できたー?
私はいつでもいけるよ」

モニター室内に東真の声が響く。
モニター室には計九つの画面があり、
様々な角度から東真を映している。
その真ん中の画面は
東真を正面から映しており、
画面越しに手を振っている。
昴達、主に南関が説明を
受けている間、
東真は発声練習や
軽いボイストレーニングをしていた。
歌う前のアップだと思われるが、
そのアップも今しがた終わったらしい。

「こっちも大丈夫。いけるよ」

その東真に、
南関は機材を確認しながら答えた。
南関の声も東真には
聞こえているようで、大きく頷いた。

「じゃあ早速いくか」

「了解。星奈、音流すよ」

直後、東真の顔は別人に変わる。
先程までの笑顔は消え失せ、
清楚な可愛さに真剣さが宿る。
南関が曲をつけた前奏が流れ始めると、
東真は目を閉じ、一度深く呼吸する。
そしてゆっくり目を開け、声を発する。

曲が始まってから、
後奏の終わりまで約4分半。
その途中も、終わった後も、
モニター室では誰も口を開かず、
ただ呆然ぼうぜんと真ん中の画面を見つめていた。
まさに、圧巻の歌声であった。
豊かな自然の中で
耳を澄ませば聞こえてきそうな、
透き通った声でありながら、
野生動物が遠くの仲間に
何かを伝える時のような驚異的なノビ、
そのノビの後半にやってくる
さざ波の如く静かなビブラート、
さらに、この世の中に対する
思いをぶつけるような力強さ。
そして曲の最初から最後まで
その強さが衰えることの無い、
マラソン選手並みのスタミナ。

「どうだった?」

不意にモニター室内に
スピーカーから声が響く。
曲は終わったのに
何も言ってこない昴達を
変に思ったのだろう。
画面から見つめているその顔も
眉を寄せて不安そうな表情だ。
例えるなら、
親に成績表を渡した子どもが、
良いとも悪いとも言ってくれない親に
対して抱く、期待と恐怖が
入り交じっている時の顔だ。

「おーい、聞こえてるー?」

それでも何も言ってこないので、
東真は再び問いかける。

「ご、ごめん、星奈。
あまりに凄かったから…つい…」

「そ、そうそう!
星奈凄い上手でビックリしちゃった!」

東真の二度の問いかけにより、
何とか自分を取り戻した南関と西難は、
受けた衝撃を未だに
消し去ることが出来ず、
しどろもどろな返答になる。

「いや~、やっぱり動画で聞くのと
こうやって直接聞くのとだと
全然違うね。
なんか、こう、迫力?が凄かった」

まるで、自分の中の動揺を隠すように、
西難は必死に言葉を紡ぐ。
そのせいか、語彙力が一段と
低くなっているが、
西難が何を言わんとしているのか、
この場にいる全員が分かった。

「そう、ならよかった。
私も自分で確認してみるね」

全ての画面に東真が
映らなくなると、
モニター室のドアが開き、
幸せそうな顔の東真が入ってくる。
慣れた手つきで機材を操作すると、
先程の東真の映像が
画面に流れ始めた。
二度見ても、素晴らしい歌声だ。
と、昴達が感心したのも束の間。

「…う~ん。イマイチね」

一瞬も、何の躊躇いも無く、
東真は映像を消去した。

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