冷寧である俺は戦争に行かないし、救護手当てもしない。~完結済み~

青篝

希望である俺達は

数日後の土曜日。桝北家のリビングに
くだんの人物達が集まる。
昴に西難、南関、東真。
そしておまけの葉月。
皆を招集したのは他でもない昴で、
手には一枚の紙を持っていた。

「皆、待たせたな。
コラボ企画用の作詞原稿、
『五度目の逢言葉』が完成した」

昴は手の紙を掲げ、
皆に見やすいようにする。
四人の視線がそれに注がれ、
感嘆の声が上がる。
その紙には印刷された文字ではなく、
昴の直筆によって書かれていた。

「まぁ、ひとまず読んでみてくれ」

その後で良し悪しを
判断して欲しい、と昴は付け足す。
テーブルの上に原稿を置き、
昴は床に座る。
四人が原稿に注目している間、
昴はじっと瞑想していた。
今回の作品は昴にとって
大きな機会であり、
大切な人のことを思い出しながら
書いたものであった。
それ故に悩み、苦戦したが、
出来は最高に近かった。
もしこの作品が彼らの、
いや東真の望む物でなければ、
昴は今回の企画その物を
辞退する覚悟でいた。
それ程までの自信作だった。

「…なんだか、昴らしいね」

「ああ、『北極うさぎ』じゃなく、
桝北昴のうたって感じだな」

西難と南関が感想を口にする。
二人とも、昴が何を想いながら
この作品を書いたのかを
分かったようだった。
その証拠に二人の瞳は
涙で潤んでいた。

「お兄ったら、ここ数日ずっと
部屋に引き込もって
書いてたんですよ。
でも、ちゃんとご飯は
作ってくれてたので、
そこもお兄らしいですよね」

葉月も少し遠い目をしながら呟く。
葉月は葉月で、
昴のことが心配だったのだ。
ある日、帰ってくるなり
部屋に向かったと思ったら、
兄が耳にイヤホンを
差したまま泣いていたのだから。

「…東真はどうだ?
お気に召したか?」

三人のちょっとした発言により
恥ずかしくなった昴は、
東真へと矛先を向ける。
東真は何度も何度も
書かれた文字を追い、
やっと口を開いた。

「正直、予想以上の出来。
…なんだけど……」

「なんだ?気になることがあるなら
是非聞かせてほしいんだが」

言葉の最後を濁す東真に、
昴は問いかける。
作詞は今後も続けていくつもりだ。
もし何か改善すべきことがあるなら、
それは昴にとって
聞かねばならないことだろう。

「作中に出てくる人物なんだけど…。
『僕』が昴で、『彼』が和斗で、
『彼女』が星奈で、『君』が私…
までは分かるんだけど、
『あいつ』って誰のことなの?
それと、『あいつ』の言葉って何?」

東真が疑問に思ったことを
ストレートに、素直に言うと、
西難と南関、葉月は
うんうんと首を縦に振る。
東真の疑問は最もである。
昴の書いた『五度目の逢言葉』に
登場する『あいつ』とは、
朱空楽のことだからだ。
朱空と東真は会ったこともないし、
今まで東真の前で朱空の
名前を出したこともない。
だから東真が朱空のことも、
朱空の言葉のことも、
知らなくて当然なのである。

「『あいつ』は…俺達の仲間だ。
名前は朱空楽っていうんだが…
2年前に死んじまった。
とにかく音楽が大好きで、
俺達と出会ったきっかけも音楽だった」

「天然というかおっちょこちょいで、
よく振り回されてたよな」

「そうそう。楽ったら、
大事なこと程後回しにしちゃってさ。
その度に昴と和斗にお説教されてたの」

若干暗めに言う昴に続き、
西難と南関が言葉と思い出を繋ぐ。
二人とも明るく言ったつもりだったが、
東真は少し俯き申し訳なさ気な
表情を浮かべていた。

「ねぇ、お兄。
星奈さんに聞かせてあげたら?」

葉月がそう言うと、
東真はその目を昴に向ける。
葉月が何を言わんとしているのか、
昴は考えずとも分かった。

「…そうだな」

そして昴は、朱空と過ごした
あの日々のことを、
一つ一つ東真に話し始めた。



「…楽しかったんだね」

昴が朱空の話を終えると、
東真の第一声はそれだった。

「あぁ。あの頃はよかった」

昴達はまだ高校二年生。
朱空がいなくなってからは
二年程しか経っていない。
それなのに、昴達からすれば
朱空の生きていた頃が
遠い昔のことのように感じる。

「『あいつ』のことは分かったけど、
その朱空君が遺した言葉って?」

「楽の夢のことさ」

東真がもう一つの疑問を聞くと、
それに答えたのは南関だった。
後に西難も続く。

「楽が持ってた夢。
今は昴が、私達が持ってる夢。
それを『逢言葉』にしたんだよね」

「その通りだ。朱空の夢は、
音楽で世界を救うこと。
大袈裟おおげさかもしれないが、
あいつは自分の音楽で
人を救えるって本気で信じていたし、
俺達も、俺達なら出来るって
心から思っていた」

そこで一旦昴は言葉を切った。
葉月、西難、南関、東真と
昴は順に一人ずつの顔を見る。
そして、言い放つ。

「俺達の夢は音楽で世界を救うこと。
この世にいる一人でも多くの人が
俺達の音楽で幸せになれるように、
あいつの、朱空の想いを
俺達が継いでいくんだ」

昴の言葉に皆強く頷く。
彼らの音楽に直接関係のない葉月も、
彼らを応援する立場で
頑張っていくようだ。
彼らを後押しするように
小さな拍手を送った。

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