この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

27.化学反応

直前で方向を変え、俺の隣にいた坂本講師と挨拶を交わす。




彼女だ。




微妙な空気が流れる。
お互いがお互いを認識しつつも、坂本講師の紹介がなければ挨拶を交わすことさえ叶わない二人。
早く、早くこの息苦しさをどうにかしてくれ。




「こちらが、あのコメントを書いた雨宮君よ」




坂本講師の手のひらが、俺の存在を浮き彫りにした。
慌てた俺の体には針金のような緊張が走った。




「どう、も、雨宮透です、初めまして」




自分の喋り方が不自然だと気づきつつも、その違和感を修正する能力は俺にはなかった。




「で、こちらが雨宮君との面会を希望していた矢田さん」


「初めまして!矢田祥子と言います!今日は突然お呼びたてしてしまって申し訳ありません!でもでも、お会いできて本当に光栄です!」




少し待ち合わせに遅れてきたからだろうか。
その話し方には、普段とは違うだろうと容易に想像できるほどの焦りが見えた。
そういえば、こころなしか息遣いも少し荒い。
おそらく走ってここまでやってきたのだろう。




「あの、本当に今日は来てくださってありがとうございます!ところで雨宮さんは、次の講義とか大丈夫なんですか?」


「あ、自分は大丈夫ですよ。今日はもう終わりですから」




それを聞いていた坂本講師が、気を利かせたのか、二人分の席を用意してくれた。




「それじゃあ二人でゆっくりお話していてください。私は仕事をしていますから」




そう言って先生は踵を返した。
俺たちはまたしても不意に訪れた沈黙に、眉をひそめる。
今度のそれは、まるで作為的なものにさえ思えた。




「あ…じゃあとりあえず座りましょうか」




ほんの少しだけ勇気を出して、道なき道の草を分ける。
しかし俺はまだ、彼女の顔をまともに見ることさえできなかった。




「あ、はい、そうですね。えっと、でも本当にいいんですか?私は、一目お会いできただけでも十分なので…」




気を使われているのか、それとも警戒されているのか。
彼女の言葉には、どことなく迷いが垣間見えた。


もしかしたら、俺と会ったことを後悔しているのかもしれない。




「自分は大丈夫ですよ。えっと、なんかすいませんね。こんな奴が現れて、ビックリされてるんじゃないですか?」


「えっ!いやいや全然そんなことないですよ!」




彼女のリアクションは、俺の中の嘘発見器には反応しなかった。
金髪で後髪が妙に長く、耳はピアスで彩られている俺の風貌にショックを受けたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。




「そうですか…えっと、矢田さん?は時間とか大丈夫なんですか?」


「一応次の講義があるんですけど…出席取らない講義なので、多分、大丈夫です」




無意味な気の回しに、疲労感を覚える。
元々出会うはずのなかった二人だ。
必要以上にお互いが探りあいをするのは仕方のないことかもしれない。
だけど、俺にとってその行動が全て無駄に思えて仕方なかった。






「…えっと、俺が書いたコメントを読んで、俺に会いたいって言ってくれたみたいなんですけど…」




世間話など必要ないと判断した俺は、当然の流れのように核心に迫る話を切り出した。




「あ、はい…」




一度躊躇して顔を背けたが、気を取り直した彼女は吐き出すように喋りだした。




「私、あの出来事の後しばらく外に出ることさえできなくって。世界の全てが恐かったんです。それでも外に出れたのは彼氏という存在のおかげだったんですけどね。でも家族に話せる内容でもないし、わかってくれる人もいなかったので本当に苦しかったんです。友達には話して、慰めてももらったんですけど、どうしても“あなたに何がわかるの”って気持ちになっちゃって…」












彼女の言葉は静かではあったが、しかしそれでいて激しくもあった。






「それで、半ばヤケクソであのコメントを書いたんですね。誰かに助けを求めるとか、そういうつもりは全然なかったんですよ。むしろ、当てつけの気持ちがあった気もするし…」


「当てつけ?」


「えぇ」


「誰に対しての?」


「何かに対して、です」




彼女の気持ちが、手に取るようにわかった。
行き場を失くした情動の自己主張にも似た行動。
誰かに共感を求めながらも、誰にもわかってほしくないというしゃがれた気持ち。


彼女を、自分の代弁者にさえ思えた。




「それで、次の講義の時に貰ったコメント集の中で色んなコメントを頂いたんですけど…正直、どれも上辺ばかりで。誰にも自分の気持ちなんかわからないって自暴自棄な気持ちになっちゃって。…自分で書いておいて、本当に勝手だなって思うんですけど」


「…わかりますよ、その気持ち」


「でもその中で、唯一雨宮さんのコメントだけが違う意味を持っていて。この人なら私の気持ちをわかってくれるって勝手ながら思ってしまったんです。…それで、失礼なのは承知していたんですけど、いてもたってもいられなくなって、先生に相談したんです。一目でいいからお会いしたいって」














嬉しかった。
どんな理由にせよ、自分が人に必要とされていることが嬉しかった。




思えば、不思議な巡り合わせでこの出会いは作られた。


自暴自棄に書いた彼女のコメント。
そのコメントを見て、気まぐれな気持ちで書いた俺のコメント。




何十、何百ともわからない数のコメントの中で、この二つだけが化学反応を起こした。




出会いという名の化学反応を。

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