この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

16.ざわつき

教室のドアを開けると、総ちゃんが先に席に座っていた。




「なんだよ、今日来てたの?」


「まるで来ちゃいけないような口ぶりだなー、ショックだよ、俺」


「まさか。暇つぶし相手ができて嬉しいよ」




二人の顔が笑顔でくしゃくしゃになる。
まだ先生は来ていない様子だ。




「そうそう、先週のコメント集にすげー事書いてあったの。持ってきたから見てみ?」




例のコメントを総ちゃんにも見て欲しかった俺は、律儀にも先週配られたコメント集を持ってきていたのだ。
鞄から取り出すなり彼に渡し、感想を求めた。
どんなリアクションをするのか知りたかったのだ。




「ふーん、恐いねぇ」




彼に共感を求めるのがどれほど無駄なことかよくわかった。




















「はい、講義を始めるので静粛にお願いします。」




いつものように坂本講師が教室の空気を変える。
いったい何人の生徒がこのバーサンを煙たがっているのだろう、という疑問がふと湧き出るが、考えても無駄だと判断してやめた。


そんなことよりも、総ちゃんの一週間の合計睡眠時間の方がよっぽど気になる。
隣を振り返ると、早くも彼はあくびをしている。
今度聞いてみよう。
しかし、そう思って結局毎回聞きそびれていることに気が付いた。


そんなことを考えていると、いつの間にか前列の人がプリントを持って俺に差し出していた。
どうやら今日はいつもより早目にコメント集を配るらしい。
俺は手に余るほどの量のプリントを手に取り、後ろの列の人にさりげなく渡した。


坂本講師の声を意識から遠ざけ、コメント集を食い入るように見る。
やはり今週は例の彼女に対するコメントが多く、どれも言葉を選んで、当たり障りのないように書かれている気がした。


それが余計彼女を傷つけることを彼等は知っているのだろうか。






関係のないコメントを選り分け、自分の書いたコメントが載っていないかどうかを緻密に探す。


ない。
ない。
どこにあるんだ。


あった。
後ろから三番目にあたる七十九番だ。
ホッと胸を撫で下ろし、自分の書いたコメントを改めて見直す。
もし彼女がこれを見てくれたら、どう思ってくれるだろうか。


ふと、自分の行動の無意味さに気付く。
彼女に向けたコメントだけでこれだけの数があるのだ。
俺のコメントなど、ただの一意見に過ぎないだろう。
彼女にしてみれば、一人一人に返事を書く余裕などあるはずもない。
または今日の講義を休んでいる可能性だってある。


おもわず苦笑が漏れる。
まぁ、ただのちょっとした好奇心から書いたコメントだ。
良い暇つぶしになった、とでも思っておこう。


身近の事実を知れただけで俺は満足だった。
彼女のおかげで、今まで気付かなかったことに気付けたのだ。
顔も名前も知らないが、御礼がいいたい。


ありがとう。


安心したのか、ただ飽きただけなのか。
突然悪魔のような眠気が襲ってきた。


総ちゃんはとっくの昔に寝ているから余計つまらない。
俺も寝てしまおう。
今日は、コメントとして書くネタもないのだから。


次の瞬間にはもう、俺の意識は夢の彼方へ飛んでいた。








数分後、教室は先週と同じ質のざわつきを持っていた。



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