甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第65話

「まてーー!甲斐の猟犬の私を舐めるじゃないわよ!追いかけっこして遊んでる訳じゃあ無いんだからね〜〜!逃げるな子ヤギさん達〜!」
私は今、ドイツとスイス国境近くの山岳地帯でチーズの為に逃げ出した子ヤギさん達を追いかけている。


ドイツでよく食べられているクワルクチーズはフレッシュチーズで酸味が強いのが特徴だ。
脂肪分の少ない物から多い物まで選ぶ事が出来る。
ドイツでは朝にパンに塗って食べたりもする。
お菓子から料理まで幅広く使われていてとても使い勝手が良いチーズだ。
けれどもこのクワルクチーズは水分が多く日持ちがしない。
伊達男さん創作フレンチに一味加えたかったけれども手に入らないので諦めてたそう。
そこで私の出番。
クワルクチーズはドイツ全土で手に入る牛乳を使用した物と山岳地で作られたヤギの乳のみで作られた物を手に入れてと伊達男さんからの注文。
普通の物は直ぐに見つかった。
ヤギのクワルクチーズは買い物籠も流石にデータが無いらしい。

チーズを扱う店で聞き込みをするとドイツとスイス国境近くの山岳地帯で変わり者のお爺さんが孫と手作りしているヤギのクワルクチーズが絶品だと皆が口を揃えて言う。
市場にはほんの少ししか出回らないので手に入れるならば直接行くしか無い。
しかし変わり者のお爺さんが気に入らなければ分けて貰えないそう。
とりあえず場所を聞いて行って見るしか無いわね。

教えて貰った場所の草陰から現れた私は山小屋とチーズを作る作業場と家畜用の建物の前の岩陰から姿を現れた。

周りを見回すと白い髭を生やし目付きの鋭いお爺さんが山小屋の前に立ち買い物籠を咥えた私を睨んでいた。

私が岩陰から姿を現したのを見られたみたい。
ジーっと睨んでいるお爺さんに近づきお辞儀して買い物籠を地面に置いて。
「ヤギさんのクワルクチーズを分けて貰えないですか」
とお爺さんに言うとプイと顔を作業場に向けて行ってしまう。
私は買い物籠を咥えてお爺さんを追いかけた。
作業場に入ろうとするお爺さんにもう一度。
「ヤギさんのクワルクチーズがどうしても欲しいんです」
私をギロリと睨んだお爺さん。
近くの山を指差し。
「昨日、あの山の中腹で放牧した子ヤギ数匹が逃げ出した。儂の上の孫が探しに行っている。逃げ出した子ヤギを捕まえて来たら考えてやる」
私は買い物籠を山小屋の入り口に置くと近くの茂みの暗闇から姿を消す。

先程示された山の中腹に姿を現した私は子ヤギを捕まえ様と必死になっている少年を見つけた。
子ヤギ三匹がコッチにおいでよと楽しそうに駆け回り少年を翻弄する。
私は一番近くにいる子ヤギに向かって黒い矢の様に駆けて行った。
警戒していなかった不意打ちにアッサリ私に捕まる一匹の子ヤギ。
捕まえた子ヤギをやっと追い付いた少年に託すと二匹の子ヤギを追いながら冒頭の台詞を言った。
「まてーー!甲斐の猟犬の私を舐めるじゃないわよ!追いかけっこして遊んでる訳じゃあ無いんだからね〜〜!逃げるな子ヤギさん達〜!」
程なくして子ヤギさん二匹を確保して少年の元へ。
「ありがとう真っ黒な使い魔さん。貴女のお陰で子ヤギを捕まえられた。夕方まで掛かると諦めていたけど早く帰れるよ。僕は、ピーター。君の名前は?」
「私は蜜。ヤギさんのクワルクチーズを分けて貰いに来たの」
「あー、うちの爺さんが貴女に無茶を言ったんだね。ごめんね蜜ちゃん。いつもあんな事を言ってチーズを買い付けに来た人を追っ払うんだ。けれども蜜ちゃんは立派に言われた事を達成したんだ僕が爺さんに言って必ずチーズを分けてあげるよ」
ピーター君は私の頭を撫ぜながら笑顔で言うのだった。
子ヤギさん達を連れてピーター君と帰って来た私にお爺さんは眼を丸くして驚いている。
子ヤギさん達を家畜用の建物に入れてお爺さんの前に行くとピーター君。
「蜜ちゃんは約束を守ったんだからクワルクチーズを分けてあげて爺さん」
苦虫を噛み潰したような顔をしたお爺さんが何かを言おうとした時、山小屋の入り口にぶら下げられた無線機から。
「昨日発生した強盗事件の犯人が麓の村で女の子を人質に取りスイス国境方面へ逃走中、付近の警備隊員は警戒されたし」
顔を見合わせるお爺さんとピーター君。
「麓の村の女の子って妹のエルマしかいないよね爺さん」
山小屋に駆け込み背中にザックとライフルを背負いスキーを担いで出て来たお爺さん。
無線機を持ってピーター君に。
「何かあったら山小屋に置いてある無線機に連絡する。ピーターはここで待機してろ」
懐からエーデルワイスの印が付いた帽子を被ると雰囲気が変わったお爺さんが雪の残る谷に向かって歩き出す。
「猟犬は役に立ちますよ。連れて言ってください」
そう言った私を睨んで顎でついて来いと示すお爺さんの後に続いた私。
ピーター君は心配そうに見送っていた。

雪の上を猛スピードで滑るお爺さん。
雪の中の岩陰を渡りながら移動する私をみでニヤリと楽しそうに笑っいる。
最初に山小屋に現れた時に私の能力を見ていて付いて来れると確信してたのね。

山間の道を走っている一台のジープを発見。
双眼鏡でジープを確信するとお爺さんが。
「後部座席に孫娘のエルマが・・・」
「任せてお爺さん」
私は近くの岩陰に紛れた。
エルマちゃんが乗せられたジープの後部座席下の暗闇から姿を現した私は強盗犯人達が状況を理解出来ずに固まっているうちにエルマちゃんのスカートの裾を噛んでから出て来た暗闇に再び紛れた。
お爺さんの待っている山の中腹にエルマちゃんと共に現れた私を見てお爺さんはびっくりしている。
お爺さんを見たエルマちゃんはお爺さんに抱きつき泣いている。
エルマちゃんを抱き締めたお爺さん。
「エルマ、お前に怖い思いをさせた馬鹿どもに天罰を下してやる」
背中のライフルを構えると前方の白い山に三発撃った。
数秒待つと逃走を続けるジープの横の山が雪崩を起こしジープを谷底に押し流す。
地獄の宗帝王【文殊菩薩】さんみたいな黒い笑いを浮かべているお爺さん。
人間でこんな笑いを浮かべる人は初めてみたわ。
お爺さん無線機をに向かって。
「人質の女の子は無事。犯人達はジープごと雪崩に巻き込まれ谷底に落ちた。奴らの探索は来年度の雪解け後だ」
すると無線機から。
「鬼の隊長殿、伝説の谷底落としですか?お孫さんのエルマちゃんが無事で何よりです。麓の警察にはエーデルワイスの鬼が始末を付けたと連絡しておきます」
チーズを作っていたお爺さんは元ドイツ国境警備隊の隊長さんでバイアスロンのオリンピック代表だったそう。
ドイツ国境警備隊のマークがエーデルワイスの花なんだとか。
山小屋に帰った私達は大喜びするピーター君に迎えられお茶を頂いているところ。
「無線機で聞いたけど爺さんアレをやったんだ。昔、国境を超えて逃げる犯罪者達を何人もライフルで雪崩を起こして葬った事から谷底落としのハンスと呼ばれてアルプス中で恐れられてたのは本当だったんだ・・・」
物凄くヤバいお爺さんだったのね・・・。
「孫娘を助けてくれてありがとう蜜ちゃん。これは心ばかりの御礼だよ」
ヤギさんの乳から作ったクワルクチーズを脂肪分の異なる物を数種類買い物籠に入れてくれた。
「それからこれはドイツ国境警備隊からの御礼だ」
ポケットからシルバーで出来たエーデルワイスのピンバッジを私の真紅の首輪に付けてくれる。
ドイツ国境警備隊の名誉隊員の印なんだとか。
「蜜ちゃんのお陰で孫娘が無傷で助けられたこれは、本当に凄い事だよ。もし、ドイツの山岳地帯で困った事があったら我々国境警備隊が力になる遠慮しないで言ってくれ」
頷く私にお爺さんがポソリと。
「山岳地帯のトンネルに隠し持っているスーパーガンを撃っ時が来るかも知れん・・・フッフフフ」
また破壊兵器が増えたわ全く。

お茶を飲み終え買い物籠を咥えた私はお爺さんやピーター君にエルマちゃんにお辞儀して暖炉脇の暗闇から黒蜜おばばの元へと戻った。

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