甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第57話

「人郎君が浮気?そんなの世界が終わってしまうじゃあないの!地獄の軍団に月からの隕石攻撃、天界の空からの光・・・蜜ちゃんファンの亡くなった歴代首相の隠し持つ破壊兵器での攻撃、暴れる切っ掛けを待つカミーラお婆様と大福コンビの黒田式火星将軍ロボの暴走、今度こそ整備万端の人狼一族の魔導列車砲Ω《オメガ》の無差別攻撃・・・。どれか一つでも日本は焼け野原よ!」
「震電さん・・・それだけでは無いわよ。蜜ちゃんが各国の政府関係者やVIPから頼まれた世界中の美味を届けるお使いをして買って来た美味しい物を『お口を開けてアーン』と言いながら食べさせて貰い。蜜ちゃんLOVEの骨抜き状態の彼等が何をするか分からないわ」
人狼一族の駄犬巌配下の者からの緊急報告を受けた紅と震電は恐怖におののいた。

事の起こりは二週間前、蜜から連絡が入り仕事で晩御飯を一緒に食べられないと言うメールを受け取った人郎。社長を努める横浜駅近くにある一族が持つ不動産会社を早めに退社して横浜駅地下街にあるハ○天で天麩羅を食べながら冷酒を飲もうと駅へ向かって歩いていた時。
人郎の目の前で紺色のスーツを着た二十代後半の物凄い美人がヒールの踵を舗石の隙間に挟み転びそうになった所を人狼の反射神経と身体能力を活かし女性が地面に身体を打ち付ける瞬間に助けた。

転んだ方の手にバッグを持っていた女性は地面に叩き付けられるのを覚悟して眼をつぶっていたが衝撃が来ない。
眼を開けると高級スーツを着たイケメン中年にお姫様抱っこをされている。
「大丈夫?どこか痛く無い?」
爽やかな笑顔で尋ねる人郎。
顔を赤らめ首を横に振る女性。
お姫様抱っこした女性を優しく立たせ地下街に消えようとする人郎に女性が声を掛けた。
「助けて頂きありがとうございました。私これから鰻の○○屋に行くのですが一緒に如何ですか?一緒に行く予定だったクライアントが都合で来れなくて独りで二人前のコースをどうしょうか悩んでいたらヒールを引っ掛けて転んだんです」
鰻の○○屋と聞いて地下街の向かおうとしていた人郎の足が止まった。
本当は○○屋の鰻か天麩羅で悩んだが鰻は予約していないと夜は難しい。
涙を飲んで天麩羅を選んだのだ。
丁度食べたかった鰻と聞いて爽やかな笑顔でキラリと白い牙を見せながら。
「良いね鰻の○○屋か御誘いを受けるよ。僕は大神人郎。すぐそこにあるビルの不動産会社の社長をしている。怪しい者では無いよ」
懐の名刺入れから名刺を出し女性に手渡す人郎。
横浜で明治時代からある超有名な財閥の不動産会社の社長の名刺を貰いビビる女性。
慌ててバッグから名刺を取り出し。
「私、ジュエリー皇の社長兼チーフデザイナーをしております。皇雲母すめらぎきららと申します」
自己紹介をし終えた二人は連れ立って鰻屋に歩いて行った。

鰻の肝焼きを食べながら冷酒で乾杯した二人。
「雲母さんは、あの皇一族の方なんだ。一部では有名だよ。天皇家の忍者って。僕の曾祖父の巌と昔満州で君のお爺さんが一緒に仕事してたと聞いてるよ。僕の大神一族の事は聞いてい無いかい?」
「は、はい巌さんの大神一族は敵に回してはいけない。神罰が下る。触らぬ神に祟りなしだとお爺様が生前言ってらっしゃったと」
「直接、裏の仕事をしてないらしい君には詳しい大神一族の事は知らされていないみたいだね。ならば僕は一族の経営する不動産会社の社長とは名ばかりの仕事も出来ない子供の頃からボーっとしている盆暗跡取りと言う話は?」
「私は裏の仕事は時代遅れだと言う父親が普通の生活をしなさいと小さな頃から寄宿制の学校に入れられ大学はイタリアのデザイン科に進んで余り世間の常識を知らなくて。大神一族の事は独身の跡取りがいるとしか聞いていません・・・」
「そう。目の前に居るのがいい年で独身の跡取りさ」
その時に丁度出来上がった鰻が運ばれて来て会話が中断される。
鰻を食べ終えた後、冷酒を飲みながら雲母の左手を握りながら人郎が言った。
「君の左手の薬指とピッタリな婚約指輪と結婚指輪を僕の左手の薬指とペアで作ってくれないか?」

それから密会を重ねる二人。
昼にお客と会って来ると出かけ雲母とカフェで会ったり蜜に接待で遅くなると言いイタリアレストランの個室で密会など。
普段使われない人郎の会社用のクレジットカードの明細書に不審を持った一族の者から巌の配下に報告が有り。
調査をした配下から紅に連絡が。
それを聞いた紅が震電に相談をした。
密会の詳しい内容を知りたいが体調万全の人郎に近づくと察知されてしまうので遠隔からの監視しか出来ない。

クレジットカードの明細書の鰻○○屋からが怪しい。
鰻屋に赴いた者の報告では皇一族の娘。
皇雲母と店に来た人郎が雲母の手を握り彼女の左手の薬指にピッタリの婚約指輪と結婚指輪を自分とペアで作ってくれないかと言っていたと鰻屋の配膳をするアルバイトの娘から聞き出した。
アルバイトの娘は物凄い美人とイケメン中年の人郎が気になり話に耳を傾けていたそうで。
あんなに情熱的なプロポーズを自分もされてみたいと眼を潤ませて語ったそうだ。

人郎をよく知る者は報告に耳を疑ったが人郎の母親である紅に全てを報告した。
報告を聞いた紅は眩暈で膝をついた。
確かに人郎と蜜は一緒に住んでいるが正式な届けや結婚式は挙げていない。
結婚式に来る参列者の都合から十月になったのだ。
それでも未だに蜜のファンや世界のVIPから出席したいと連絡があり。
親しい者で中華街の薔薇飯店で披露宴をした後に横浜スタジアムを借り切りグランドで世界中の人々を集めたパーティをする計画を進めている中の浮気。

人郎は世界を滅ぼす積もりなのか?
息子の精神を疑う紅。

しかし事態は最悪の事態を迎える。
雲母と待ち合わせしてイタリアレストランへ向かう人郎達と黒蜜おばばのお使いでシュウマイ弁当と紐を引くと暖かくなるシュウマイを買った蜜と横浜駅前で鉢合わせしたのだ。

買い物籠を咥えた甲斐犬姿の蜜が真っ黒いチャイナドレス姿に変化して買い物籠を手に持ち牙をニョキっと伸ばしニヤリと笑う。
辺りは黒い魔力の霧が立ち込める。
そんな蜜を見た人郎。
「いやぁ参ったな。現場を蜜に押さえられたら開き直るしか無いなぁ。こちらに居るのが皇雲母さん彼女の左手の薬指にピッタリの婚約指輪と結婚指輪が出来上がったと聞いてこれからイタリアレストランの個室で雲母さんの薬指に指輪のサイズが合うか嵌めて見る所だったんだ。蜜には内緒にしてたんだけど。丁度良いかも知れないな秘密をバラすのも蜜も薄々気づいてたんだろ?一緒にレストランに来てくれ大事な話しがあるから」

レストランの場所を聞いた蜜は黒蜜おばばにお弁当を届けてから行くと二人に言うと駅近くの川沿い方面に歩いて行った。
蜜を見送った雲母。
「人郎さん最悪な方に二人の秘密がバレてしまいましたね」
「うん。雲母さん腹をくくるか」
二人は予約してあるイタリアレストランに向かった。

レストランの個室で待つ事数分。
暗い顔の蜜が現れ椅子に座ること無言で二人を睨む。

「雲母さん。指輪を」
「あっ、はいでも恥ずかしいわ」
バッグから指輪ケースを取り出す雲母。
「人郎さんがまず婚約指輪を左手の薬指に嵌めてサイズを確かめた後に私の左手の薬指と同じサイズの指輪を人郎さんが意中の女性に嵌めて下さい」
雲母の言葉に頷きケースから大きなサイズの婚約指輪を取り出し薬指に嵌めてサイズを確かめる。

小さなサイズの指輪をケースから取り出すと蜜の左手を取り薬指に嵌めた。
「まあ、人郎さんが私の左手の薬指と蜜さんの薬指のサイズがピッタリなので指輪を作ってくれないかと鰻屋さんで言われた時はびっくりしましたけれど。本当にピッタリなので安心しました。これなら直しはいりませんね」
「うちの一族は一度見た人の身体のサイズが解るんだよ。今、蜜が着ているチャイナドレスだって蜜を一度見た曽祖父の巌がオーダーで作って来たんだよ」
「何だか能力の無駄遣いの様な・・・」
そんな二人を見ていた私はやっとの事で口を開いた。
「私、人郎さんが女の人と会っているの匂いで解ってました。でも人郎さんが秘密にしているので何か理由があると思って知らない振りを。でもさっき横浜駅で嗅いだ匂いのする女性といる人郎さんに会ってしまい。しまった!と思い焦って黒い魔力の霧を出してしまって。端無い姿を晒してすいませんでした」
「謝るのは僕だよ蜜。ジュエリー皇と言えば今一番有名な店でそこの社長兼デザイナーの雲母さんと知り合いになり最初から気になっていたけれども一緒に鰻を食べた時に彼女の左手の薬指が蜜と同じサイズだと確信したら雲母さんの左手を握って指輪を作ってくれないかとお願いしてたんだ。指輪をどうしようかと考えいたけど蜜と二人で買いに行くのが何だか恥ずかしくて悩んでたんだそれで・・・雲母さんと時間の折り合いを付けてデザインを何個か上げて貰い喫茶店やこのレストランで話し合い今夜完成した指輪を見せて貰い日を改めて蜜にと思っていたけど」
「人郎さんの心遣いを無にしてしまってごめんなさい。でもこの指輪のデザインとも気に入りました。ありがとうございます雲母さん」
二人の婚約指輪には中央の大きなダイヤを挟んだ脇に精密な彫刻が施されていた。
右側には長細いちくわを咥えた狼。
左側には買い物籠を咥えた甲斐犬が彫られていたのだった。

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