甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第55話

東京の実家に戻って来た黒蜜おばば。
「蜜〜お土産」
名古屋の汁粉サンドクッキー。
京都の柔らかい八つ橋。
大阪のお好み焼きの煎餅。
呼び出された私は遊びに行った割には不満そうな顔の黒蜜おばばを不思議に思っていたら。
「大阪に行った後に予定が空いていた私だけで九州に行こうかと思っていたら仕事の入ってる餡子が私だけで九州行くの狡いって引き摺られて東京に帰ってきたのよ」
森の中の山小屋にいた時に作り置きしてあった魔法薬が大量にストックしてあるので注文が入ると私が届けるだけで良かった。
対する魔道具を作る粒餡の魔女、十勝餡子さんは仕事が詰まっていて旅行から帰ったら魔女修行中のたるとちゃんとてんてこ舞いだそう。
その上来週から新たに魔女修行に来る瑪瑙ちゃんの対応もしなければならず黒蜜おばばだけを遊ばせるのが悔しいみたい。
「蜜、もし貴女の負担にならなければ今夜九州の小倉の屋台で御萩とラーメンを食べに行かないかい?」
小倉と言う地名に惹かれる物を感じた私は旦那さんに仕事が入ったので晩御飯は一緒に食べられないとメールを送った。
御免ね人郎さん。

九州小倉の屋台は基本的にお酒が無い。
お酒を飲んだ後にラーメンや御萩を食べるのだ。

黒蜜おばばと老舗の屋台の暖簾を潜る。
「いらっしゃい!」
と言う元気な声で迎えられる。
木枠にガラスを嵌めたケースに御萩が並ぶ。
寸胴にラーメンスープ。
お握りに稲荷寿司もある。
「最初にラーメンを一杯ずつ頂戴。あと稲荷寿司とお握りも一個ずつ頂戴。最後に御萩を」
慣れているのか淀みなく注文する黒蜜おばば。

待つほども無く目の前にトンコツのラーメンが置かれる。
スープは意外とスッキリしている。
麺は細麺。
お酒を飲んだ後のシメに食べるラーメンらしく少し塩分が強い。
九州のトンコツは他の地方の物とは違う。
何だろう?トンコツスープに掛ける意気込みの違いを感じる。
このトンコツで育ったら他の地方のでは満足出来なくなるだろう味なのだ。
あっと言う間に麺が無くなる。
黒蜜おばばは替え玉を二つ頼んでから稲荷寿司を片づけに掛かっている。
私も負けじと稲荷寿司をパクリ。
ジューシーなお揚げさんから甘辛い汁が口の中に広がる。
稲荷寿司も出汁か砂糖が違うのかしら?
これも味が他とは違う。
替え玉でラーメンを啜る。
気がつくとお握りは胃の中に消えていた。

最後に御萩、この店は粒餡とキナコ。
癖の無い小豆が優しく口腔を満たす。
北海道には悪いけれどもこの小豆、北海道産と比べると繊細。
一口食べると早く次を食べたくてグイグイ箸で御萩を口に押し込んでしまう。
キナコ、香りが良いわぁ。
九州って私が知らなかっただけで素材の宝庫なのかも。

食べ終えて『ふぅぅぅ』と息を吐くと。
横にいる黒蜜おばばが、『どうだ参ったか?』と言う顔で私を見ている。
私は参りましたと空の丼と黒蜜おばばに頭を下げた。

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