甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第19話

”forest story” f-s4

フィクションです

明治初期東京の昼時をかなり過ぎた時間帯。
”パチパチパチパチ”辺り一面に木材の燃える音が聞こえ始めて漸く火事だと周りの住人達が気付く。
「火事だー!火事だー!先日出来たばかりの洋食屋の隣から火が出てるぞー!」
その日は運悪く隣家から洋食屋に向かって吹く風がとても強い日だった。

火事と聴き白いコック服で飛び出して来た西洋料理店の主人。
隣が燃えているのを見て飛び上がる。

まだ火の手は大した事は無いがその家は江戸時代の古い商家。
昔ながらの建物なので住人や手荷物を外ににがしたらある程度燃えた所で火消しが柱を壊し建物を倒壊させる。
それと同時に火元の周りの建物で延焼しそうな物を先に倒壊させそれ以上火事が広がらない様にする。

この時代の消火は江戸火消しと余り変わらず。
延焼を防ぐ為に火元の消火では無く周りの建物を火が燃え移る前に壊す方法が取られていた。

明治になり東京になっても消防車も無いし井戸から水を汲み上げるポンプも手漕ぎでロクに使えない時代だ仕方ない。

それを知っている西洋料理店の主人必死で火事を消そうと桶の水を柄杓で掛けている。

借財して漸く完成した最新鋭の白い木造洋館。
日本でまだ数少ない西洋料理店。
自信を持って店を出したけれどもお客さんが来たのは最初だけでその後の入りが悪い。
値段も少々お高いがそれだけで無くどうも西洋料理自体が庶民の口に合わないらしい。

何か新しい味と発想の料理を考えなければと頭を捻っていた時にこの火事、まだ新しい店をペシャンコにされたらもう首を括るしか道が残っていない。

必死に水を掛けているがそれこそ焼け石に水、火に近づき過ぎて顔も身体も既に煤まみれだ。

それでも必死で水を掛け続ける。

§

東京の老舗西洋料理店の前で写真を撮り終え買い物籠を咥えて黒蜜おばばの山小屋に帰ろうとした私は植込みの暗闇に入った次の瞬間見た事の無い場所に出て戸惑う。
私の出て来たのは、木造の白い洋館入口にに置いてあった脱ぎ捨てられた白いコック帽の中からだったからだ。

こんな事は今まで一度も無い買い物籠にどうして?と聞く。
『そんな事より隣の家が燃えている!今すぐ白いコック帽に飛び込んで黒蜜おばばから”消火魔法薬”を貰って来て!私はここで様子を見ているからコック帽の横に私を置いて!早く間に合わない!』

そう買い物籠に言われ隣を見ると煙と火が!。
火を消そうと煤で真っ黒な人が柄杓で水を掛けている。
言われるままに買い物籠を置き急いで白いコック帽に再び飛び込んだ。

出た先は黒蜜おばば山小屋の居間。

目の前に居た黒蜜おばばに声を飛ばす。
「火事!・火事!・”消火魔法薬”・買い物籠・指示」

それを聞いた途端台所に置いてあったテニスボールに良く似た球を急いで持って来て。
「これを火元に投げつければ大火事でなければ消える!早く行きなさい!」

球を軽く私の口に噛ませ食器棚を指差す。

私は全力で指差す暗闇に飛び込んだ。

白いコック帽から飛び出した私は隣の建物の火元に向かい首を横に振り”消火魔法薬”を投げ込む。

”バシッ!”と言う音と共に一瞬にして火事が消えた。

それを見て私を含めた周りに居た人々や火を消そうと煤で真っ黒になっていた人もその場にへたり込む。

するとパンパンパンと拍手をしながら私に近づき。
「見事な効きの”消火魔法薬”だった!きっと名のある魔女の作だろう。そうだろう?真っ黒い使い魔さん」

シルクハットを被り丸い片側だけの丸眼鏡、両脇にピンと跳ねた髭、黒いタキシードに黒いフロックコートまるで探偵小説の怪盗の様な男性が柔かな顔で言う。

私はその通りと首を縦にブンブン振る。

「私は黒田善哉くろだぜんざい西洋魔術を研究している駆け出しの魔術師だお見知り置きを」
その場でシルクハットを取り私の礼をする。

釣られて私もお辞儀をした。

先程柄杓で水を掛けて煤で真っ黒になった人が私の前に来て両前脚を手に取り。
「ありがとう、本当にありがとう。君のお陰で店を失わずに済んだ。ありがとう」

私も火事が大きくならないで良かったと思いまた首を縦にブンブン振る。

「使い魔さんに西洋料理店のご主人、店の前に来てくれないか?私が開発中の魔道具”即席ふぉとぐふいっく”で店が無事だった記念写真を取ろうではないか!」

煤で真っ黒な料理屋のご主人と店の前で並んで
「ハイ!チーズ!」
ん?何だかついさっきもやった様な?

この魔道具欠点は同じ写真が一枚しか出て来ない事だとか。

出来た写真には真っ黒なご主人と真っ黒な私。
白い店の前に黒い人影と黒い犬の影が・・・。

一枚しか無い写真はご主人に渡しておく。

買い物籠と白いコック帽を持っていてくれた黒田さん。コック帽と買い物籠を何やら調べている。

料理屋のご主人にコック帽を返しながら。
「このコック帽はどこで手に入れましたか?西洋魔術の強い加護の魔法が掛かっている」
「そのコック帽はイギリス船のシェフだった私の師匠が国に帰る時に一人前になった証と私に下さった物です。師匠はイギリス貴族の三男で実家は魔術で王室を護る家だとか。分家を継ぐのでイギリスに帰るそうで」
「やはり、これは私の師匠が掛けた加護だ。世界を見てみたいと船に乗り込み料理人をしている末の息子に渡したと言っていた物に間違い無い」

買い物籠を持ち私を見ながら。
「真っ黒な使い魔さん。この買い物籠は一体何なんだい?どうも意思のある魔道具らしいそれに中に入っている美味しそうな料理が冷えずに出来立てを保っている!未熟な私ではまだ判らない機能もありそうだ。一体誰がこんなに優れた魔道具を」

私には判らないと首を横に振る。

買い物籠を覗きこんだ西洋料理店のご主人。
「どんな料理か見せて下さい!」
そう断ってから籠の中身を取り出す。

白いレジ袋には四つの蓋が透明な持ち帰り用容器に入った2種類のソースが掛かったオムライスが入っていた。
黒い秘密兵器さんケチャップとデミソースのオムライスを1人に一種類ずつ4計人前も入れてくれたのね。

太っ腹な黒い秘密兵器さん。

でも黒蜜おばばと私で4人前はキツイわ。

透明な蓋に興味を示す黒田さんとオムライスに興味を示す料理屋のご主人。
二人の方にケチャップとデミソースのオムライスを一個づつ鼻先で押しだす。

「「えっ?くれるの?」」
二人揃って声を上げる。

頷く私に飛び上がる二人。

残りの二個のオムライスを買い物籠に戻して貰い、コック帽を横にして店入口に置いて貰う。

買い物籠を咥え見守る人々にお辞儀をしてからコック帽に飛び込んだ。

無事に帰って来た私を見て喜ぶ黒蜜おばば。

でもお話しは温かいオムライスを食べてから。

お皿に半分づつに分けた2種類の味のオムライスを乗せて貰い頂きま〜す。

ケチャップの方はオーソドックスな形、デミソースの方は出来立てをナイフで開いたフワトロオムライス。
まずはケチャップから。

んー!やはり少し酸味のある自家製ケチャップ良いわこれ。
でも上の卵とケチャップライスと一緒に食べるとまた格別。
混ざり合う事により味が変化する。
よくテレビでリポーターさん
「美味しい」
しか言わないけど私もそれしか思い付かない。
食べ進むとバターやクリームが卵に使われていると感じる。

ケチャップの酸味でそれらが寄り明確にわかって来た。
美味しい、本当に食べれて良かった。
おっとまだデミソースが残っている。

おおっ!噛もうと上唇にフワトロ卵が触れた感触がもう美味しい。
こちらは卵、デミソース、チキンライスを分けずにパクリ。

蕩ける〜口の中が蕩ける〜!

デミソースの香りが鼻に抜ける。
ちょっとビターな大人の味。
何だかもう少し詳しく味を説明しようと思っていたのに気がつくと空。
美味しい物って無くなるのが早いわ。

地獄人参茶を飲みながら今回の報告。

買い物籠を耳に当て会話をする黒蜜おばば。
やはり怪しい。

買い物籠をテーブルに置いて一口地獄人参茶を飲む。

「言った通り五代目に気に入られたろ?それと今回の火事騒動お疲れ様。”消火魔法薬”効いただろ?代々黒田家で改良しているからね。爺さんが作り始めて私が漸く完成させた自信作だよ。そう言えば爺さん。あの老舗洋食屋の初代と親しく知り合った火事現場で見た意思を持つ魔道具をいつか作るのが生涯の目標だと言っていたけど。私の妹が魔道具を作る事を生業にしている魔女で私の特注で作ったこの買い物籠を見て。
「ワシの作り方が悪いのでは無く”魔女の血脈と強力な魔力”が必要だったんだ!」と叫んでたな魔術師はどちらかというと魔力を持たない技術者に近いからね」

黒蜜おばばのお爺さんは西洋魔術の研究者で西洋の進んだ薬や道具を輸入し日本の近代化に励んだ人だとか。
一人息子のお嫁さんを中国の古い魔女の一族から迎え産まれた孫娘達が魔女の力を発現して喜んでいたそうだ。

私の首輪に付いている中国の古銭はそのお母様の実家から持って来た物だと教えて貰った。

ん?でも何かおかしいぞ?

さっきのシルクハットの人、黒田さんだっけ?

確かめようと買い物籠の持ち手を咥えると。
「タイムパラドックスの危険性有り。今回の事は二人だけの秘密です」
だって。

私は火事が無事に消せて美味しいオムライスとサービスの品々が食べられただけで満足だからこれで良いか。

§

コック帽の中に消えた使い魔を見送った二人。
集まった人に礼を言いオムライスとコック帽を抱えて勝手口から厨房に入る。
黒田氏に暫し待ってと断り厨房裏の井戸へ。
服を脱ぎ井戸水を被り黒田氏から貰った魔法洗浄剤で体を洗う。すると信じられない程簡単に汚れが落ちた。
もう一度井戸水を被り体を拭き、井戸近くに干してある洗濯物から下着とコック服を着て厨房に戻った。

厨房では透明なプラスチックの蓋と下皿の黒い発泡スチロールを観察している黒田氏と身重で近くの実家に行っていた妻の姿が。
「火事は無事鎮火したもう大丈夫。この方は黒田さん先程知り合った方だよ。丁度いいお前も一緒にこの美味しそうな料理を頂こう」

手早く皿とスプーンを用意してオムライスを盛り付ける。

冷めない内にと食べ始めた。

一口食べて衝撃が走った。
この食べ物だ!これが自分が求めていた日本人が好む味だ。これで西洋料理が日本人に近づくそれにこれなら今より安く提供出来る。

無言の内に三人が食べ終わり黒田氏が。
「ご主人、この料理をこの店で出してくれれば私は毎日通うぞ」
「私もそう思います。滋養も有って体にも良い。店で出して下さいな」
そんな二人の意見にこう答えた。
「俺が考えていたのはこの料理の名前さ。オムライスと言うのはどうだろう?そしてこれから作る日本人好みの西洋料理を洋食と呼ぶと親しみ易くないかな?」

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