甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第6話

地獄門前の岩陰から現れた私にちょっと驚いた門番さんでも買い物籠を見て黒蜜おばばの使い魔と判り安心したみたい。
門番さんに近づき買い物籠をグッと示すと身体を屈め「通行証を見せてね使い魔さん」と首輪を覗き込む。

すると門番さん首輪に付いた古銭の両脇にある牙を見て尻餅を付いた。
「だ、奪衣婆と懸衣翁のき、牙?何でこんな凶悪な魔力を内包した呪具みたいな物を二つも首輪に・・・」と震えながら呟く。

私は、もう一度買い物籠を前にグッと突き出し中を見てと示すと門番さん漸く行動を理解して籠の中にある”門番さんへ”と書いてあるメモに気づく。

尻餅のまま読み出した門番さんメモを読んだ途端に跳び起き地獄門に居る仲間に向かい「緊急!緊急!火車を大至急ここに呼べ!そしてこの真っ黒な使い魔さんを甘味大王様いや”閻魔大王様”の元に至急お連れしろ!急げ!」と叫んだ。

閻魔大王様って甘味大王様と普段呼ばれているのね以外と働き易い職場なのかな地獄って?などと考えていたら空から炎を纏いながら火車が目の前に舞い降りた。
火車を引く鬼さんが「使い魔のお嬢さん閻魔大王様の元に至急お連れしろと連絡があった早く乗って下さい」と後ろの火車をみる。
私は急いで火車の座席にチョコンと座った。
「超特急閻魔大王様前行き発車致しまーす」と言った途端本当に超特急で空を駆け巡り始め剣山地獄や血の川を過ぎ地獄の裁判所で罪人の裁きを終え次の罪人の資料を読んでいた閻魔大王の目の前にある広い空間に降り立った。

火車を見た閻魔大王様「門番が火車を呼び使い魔をここに寄越す程の緊急事態か・・・一時亡者の裁きは中止する。火車に乗っている黒い使い魔を目の前に」。
蜜を降ろした火車の鬼さん一礼すると空へ駆け上がる帰っ行く。

閻魔大王様の前にチョコンと座った私はお辞儀をした後に買い物籠を前にグッと示す。

蜜の近くにいた眼鏡を掛けた事務官らしき若い鬼さんが買い物籠を受け取って閻魔大王様にわたす。

”閻魔大王へ”と書いてあるメモを読みだし読み進めて行くと閻魔大王様の頭から湯気がシュウシュウと音を立てて出て来た。

余りの事に絶句する事務官達。

メモを置いて蜜を見た閻魔大王様「本当に今朝あの店で買って来た期間限定、賞味期限本日限りの品だな?」と問われコクンと頷いた私。

頷いた私を見た閻魔大王様、買い物籠から箱を取り出し蓋を開ける。

中身を見た途端に声を上げて泣き出した。
「夢にまで見た甘味が此処に!閻魔大王になって何年かもう分からないが此れ程嬉しい事は無かった。
絶対に手に入らないと思っていた水菓子が80本も届けられる日が来るとは。補佐官!職員全員を呼べ!一人半分づつなら全員で食べられるだろう。
本日の地獄の業務は休止する他の法廷に居る裁判官の十三王も呼ぶのだぞ」と買い物籠の中にある箱を別の事務官に指し示す。

買い物籠から箱を取り出し用意をしに行く事務官。

「黒蜜おばばのメモによると蜜と言うのか真っ黒な使い魔よ。今回の事は本当にご苦労であった。
後でワシからお礼をする受け取ってくれ。それにメモにある地獄人参等の薬材も最高の物を用意するので暫しこちらで待っていてくれ」と自分の座っている席の横に呼ばれた。
閻魔大王様の横にチョコンと座った私。
法廷が一望出来て偉くなった気分。

しばらくすると閻魔大王様に似た服装の人達が法廷に事務官達を連れて入って来る。
先ほど言っていた十三王らしい。

閻魔大王様を睨む十三天の一人、秦広王(不動明王)が「地獄の業務休止までして一体何の騒ぎですか?」とクワッと眼を開き怖い顔。
その時別の扉が開き盆に乗せた半分に切った水羊羹が運び込まれた。

秦広王が不審気に盆を覗き込むと声を荒げて笑い出した。
「良くある賞味期限本日限りの水羊羹に似せた添加剤てんこ盛りの水羊羹ですか?こんな物に騙され我々どころか職員全員を招集とか、甘味食べたさで呆けましたな閻魔大王」。
「ならば真実の鏡で確かめて見よ」と閻魔大王様が大きな鏡を持って来させた。
閻魔大王様が私の頭を撫ぜて「分からず屋に真実を見せてやろう。蜜ちゃんを疑っているわけでは無いからな。鏡よ真実を映せ!」。

真実の鏡に伊勢の川に架かる橋の上で並ぶ私の姿から二日間掛かりやっと水羊羹を買い黒蜜おばばに言われ三途の河へ行き奪衣婆のさんの所での出来事そして地獄門から火車に乗ってこの場に運ばれて来た映像が早送りで流れた。

映像を見終わった秦広王ゴクリと喉仏を動かし「疑って悪かったこうしている間にも鮮度が落ちる早く食べたさせてくれ!」と絶叫。

閻魔大王様が法廷の椅子に職員全員座る様に指示を出す。
秦広王様は私の横にすわり物凄い笑顔、怖いけど奪衣婆さんの笑顔の方が迫力があるなぁと思っていると皆の前に水羊羹と地獄人参茶が置かれた。
蜜の前に水羊羹を置かれたけど大丈夫と首を振り隣の秦広王様の前に鼻先で小皿を移動させる。とても驚いた顔の秦広王様、私はどうぞ差し上げますとお辞儀をしたら嬉しそうに頷く秦広王様。

閻魔大王様が「皆に行き渡ったな?せっかくの本日限りだ皆早速頂こう!」と小さな竹製の小刀の様な串で切り分けた水羊羹をパクリ。

大勢いる筈の法廷はシーンと静まり返っている。
耳が痛い程に・・・。

「旨い!こんなに美味しい甘味食べた事無い!」と秦広王様が叫んだ。

隠れ甘味ファンだったのね秦広王様。

閻魔大王様は、泣きながら食べている。

他の皆も「これは寿命が伸びるなでも地獄に居るのが伸びるのか?」や「こんな良い物を食べたと家に居る鬼(奥さん)に知られたら地獄より酷い責めを受ける事に・・・がそれはそれで」等喜んでいた。

食べ終わり地獄人参茶を飲んでいる時に隣の秦広王様が「蜜ちゃん君の分の水羊羹を譲ってくれてありがとう特別なお礼をしなきゃね」と蜜の頭を撫ぜながらニコニコしてる。

それを聞いた閻魔大王様
「皆!今回の甘味、本日限りだけでなく年に一度しか売られない其れも日本の神域で売られる特別な水菓子である!この様な素晴らしい物を届けてくれた使い魔の蜜ちゃんに地獄の最高責任者である十三人の魔王から地獄の象徴である”地獄の腕輪”を贈ろうと思うがどうであろう?反対する者は無いか?」。

法廷を見渡し反対意見が無いと確認してから自分の右腕から金の腕輪を抜き蜜の右前脚に嵌めた。
大きさは自動で調節され右前脚にピッタリの大きさに。
腕輪の嵌った右前脚を隣の秦広王様が引き寄せ「これは私からのお礼だよ」と冠から秦広王の真言が中に刻まれている宝珠を取り出し腕輪にはめる。

それを見た他の魔王もズルイぞお前だけと蜜を囲みそれぞれの冠から腕輪に宝珠を嵌めて行った。

騒ぎがひと段落し自分の冠から宝珠を蜜の腕輪に嵌めた閻魔大王様が「真実の鏡で見たが奪衣婆の所に世界各地の美味を月に一度届けるそうだが、どうか我々の所にもお願い出来ないかな?」。
掌を合わせ蜜を拝む閻魔大王様。

すると買い物籠がガタガタと震える。

買い物籠を耳に当てウンウンと会話している閻魔大王様。

籠から耳を離すと凄く良い笑顔で立ち上がり。
「皆!喜べ!月に一度、黒蜜おばばの使いで地獄の薬材を仕入れに来る時に日本全国どころか世界各地の美味を届けて貰う話しを付けた!この日は午後から地獄の業務を休みにして世界の美味を楽しむぞー!」。
法廷から「ウオォー!」と雄叫びが湧く。

そんな興奮状態の中でただ一人冷静に先の事を考えている者がいた。

十三王の一人、変成王(弥勒菩薩)である。
彼は五六億七千万年後まで修行し続ける仏の仮の姿。
こんなに美味しい甘味を食べたのは初めてだった。
その上これから世界各地の美味を食べられる・・・しかしここで重大な事実に気がついた。

犬の寿命は短い。

下手をすると十年程で世界各地の美味が食べられ無くなる。

知恵を借りようと思い隣にいる宋帝王(文殊菩薩)の眼を見ると「私も同じことに気が付いていました。仏の化身である我々が執着心を持つのは修行の妨げですが、昔と違いネットで情報が入り誘惑が多い現代、月に一度位世界各地の美味を食べた方が修行の励みになるのでは無いかと、そしてそれが失われた時の損失を」。
そう言った後、宋帝王が仏とは思えぬ悪い笑顔で「真っ黒使い魔の蜜さんを”地獄の使者”にしてしまい寿命を無くしてはどうでしょう?そうすれば蜜さんの主人である黒蜜おばばが死んだ後契約魔法が切れれば・・・蜜さんは我々の為だけに世界各地にお使いをしてくれる様に・・・」。

流石文殊菩薩の仮の姿と思うと同時にこんなに短い時間でそれだけの事を考えている頭の回転と内容の黒さに戦慄する変成王「まるで地獄の知恵だ」とここが地獄である事を忘れて思った。

早速黒い企みを二人の横にいる他の魔王に耳打ちする。
魔王達の黒い企みの伝言ゲームが始まった。

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