エリートの男は未練を果たしに異世界に行く

双葉カイト

プロローグ

 


 僕の名は、新井 純英じゅんえい。現在25歳でありながらITベンチャー企業を設立してその最高責任者である超エリート。エリートだから大学も超一流大学であり、高校中学も超進学校といってガチガチで典型的なおぼっちゃまだ。


 なにもエリートなのは僕だけじゃない。両親は2人とも官僚クラス。兄弟も医者や弁護士で落ちこぼれなんてない。むしろ落ちこぼれはこの家族は人間扱いなんてしてもらえなかった。


 そう……かつての僕のように……


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 ?月?日 晴れ 職場


 今日も最大限の利益を出すために部下達の指導は怠らない。教育は当然で、いいアイデアやその日気づき上げた人脈などのの報告、連絡、相談の強化も重要だ。


 その為にはどんな投資であっても惜しまない。普通の企業は年功序列とかサービス残業が大事などとしているが、あれは愚の骨頂だ。できる人間ができない人間の分まで抱え持つなんて不平等すぎる。


 だから僕は完全な成果主義と1日労働時間をきっかり8時間しかも9時から5時までと制限し、週休は完全二日制にした。


 成果を出した人間に関しての月給は100万は下らないし、成果を出せない人間は最低限だ。それに強制的に5時以降は帰社させている。中には仕事持ち帰ってやってる奴も居たがそんな成果なんたたかが知れてる。


 といつもと同じように朝礼を行ったあと、


「社長!お…お願いがあるんです…」


 と1人の社員が申し出た。まぁこうゆうやつの申し出なんてたかが知れてるがな、


 大抵給料上げてくれとか労働時間を伸ばしてくれとかの下らない泣き言だろう。


 そんな感じの泣き言はもう100回ぐらい聞いた。正直言って飽きた。


「あなたの言いたいことは分かりますが、それだと他の優秀な人達がバカを見るだけですよ。私に何かお願いする暇があったら契約の1本でも取ってきたらどうですか?」


 その社員は諦めたのか、


「は……はい分かりました……。」


 と言い何か言いたげな顔をしながらそのままデスクへと戻っていった。


 このご時世、やれパワハラなどブラック企業など言われてるが何もわかってない底辺達がただ連呼してるだけに過ぎない。確かにひでぇ上の連中とかとにかく下に仕事を押し付けてるような馬鹿なやつはいる。


 俺だってそんなやつらには手を焼いていた。いきなり納期を変更とかさせられた時にはもう二度と契約しねぇなんて心の底から思った。


 でも自業自得で勝手に孤立した嫌われ者がパワハラとか言うのははっきりいって滑稽で邪魔だ。さっきみたいなやつはどうせいずれかは労基とかに駆け込んで訴えるなんて言うだろうしな。


 そもそもエリートの俺が労働基準法を知らないとでも思ってるのか?ブラック企業なんて言われることのデメリットも分かってる。だからちゃんと休みを取らせたりしてるし、職務とかは個人の自由に任せてる。それに採用する時にはちゃんと契約内容とかも虚偽なく載せた。


 でも馬鹿な奴らは楽だから、とか月給がすげぇとか思って入ってきてるのは丸わかり。


 その結果がさっきみたいな泣き言、もしくは退職。挙句の果てには自分のことを棚に上げてインターネットやSNSなどの匿名での悪口や批判だ。


「ははっ…なんて馬鹿な奴らだ。そんなことしてる暇あったら俺みたいになってみろよな。」


 タンタンタン…とパソコンに打ち込む。


 俺にはお前らみたいに時間を無駄にはできない。今こうしてる間にも株や投資、さらに人脈作りなどやることなんていくらでもある。


 だから…兄弟なんかに絶対負けねぇんだよ!


 あの俺をバカにした親もなんかな!


 時々子供の頃なんかを思い出す。と言っても嫌なことしかないんだけどな。


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 昔、俺は学校の底辺クラスだった。どんなに勉強しても学年も真ん中おろかクラス真ん中にもなれなかった。


 そしていつも親には罰として椅子に括りつけられた。そう、勉強が足りなかった罰として。


「お前の成績を見ろ!こんなんじゃ親戚に顔向けなんて出来んぞ!」


「あんただけよ!こんな成績なのは!兄弟たちの成績を見てみなさいよ!この落ちこぼれ!」


 あの時の親は怒ってたのか泣いてたのかすらぼんやりとしか覚えてないが、俺は落ちこぼれなんだと言うことを嫌でも突きつけられてた。


 それを見た兄弟は俺のことを馬鹿にして…哀れんでいた。


「こんなお兄ちゃんなんてほんとに信じられないよ、もう学校に来ないでほしい。クラスの連中に馬鹿にされたくないし。」


「馬鹿な弟持って親も大変だよな〜…これだけお金とか恵まれた環境にいるのにドベなんていっそここに生まれなきゃ良かったんじゃね!」


 そう言って兄は俺の座ってる椅子を蹴り飛ばす。


 悔しかった。とにかく見返したかった。そして認められたかった。


 こんな家なんかに生まれたくなった!なんて思ったのは星の数ほどあった。


 俺をこんな落ちこぼれに生んだ神様なんて滅んでしまえ!


 兄弟なんかに劣る能力なんてふざけるな!


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「しゃ…ちょ…社長!大丈夫ですか!」


 はっと周囲に目を向けるとそこはいつもの職場だった。すると社員が、


「社長、さっきからずっと何か考え事をしていてしかも泣いていたのでちょっと声をかけさせて貰いました。」


「そ…そうか…気にしないでくれ、すまないな。それと何か用があるのか?」


「はい!実は…〇〇商社との契約が取れて…」


 とあの頃のことを思い出してからはあまり仕事に集中できなくなっていた。多分疲れてきたのか…


 午後5時、職務終了。外は雨が降っていた。


「皆!今日はお疲れだった!また明日も仕事があるから各自ちゃんと休むように!」


「はい!!お疲れ様でした!!」


「では解散!」


 続々と帰っていく社員達、中には飲み会の話題を口にするものや仕事の疲れをねぎらう者達など様々だ。なんだか羨ましいようにも思える。


 俺は1人で残りの作業を終わらせると。


「そろそろ俺も帰るか。」


 最後に誰もいないことを確認してから自分の会社をあとにした。


「雨か…コンビニで傘を買わないと。」


 思った以上に大雨だった。会社の周りには人はいない。


 とその時、


 グサッ…


 自分の背後から刺されるような痛みが走った。そしてゆっくりと体が倒れていく。


「うぐっ…ぅぁ…」


 一体何があった!俺の頭の中は真っ白に染まった。


 咄嗟に声が出ない、それどころか立ち上がることや動くことさえもできない。必死に呼吸をしようと肺が震えている。


 それを嘲笑うかのようにもう1回腕に刺された。


 まだ死んではいないが、時期に死ぬだろう。今までの辛い人生が走馬灯のように流れていく。


 死にたくない!まだ死ぬわけにはいかないんだ!まだみんなを見返せてない!まだ会社を大きくできてない!


 兄弟達にまだ勝ってない!


「ぅぅ…がぁぁ…」


 自身に残された力をすべて使いまだ生きようともがいてみる。床はもう自分の血で染まってる。


 痛い!痛い!こんなあっけない人生なんて認めない!


 しかし、現実ではただ地に伏してるだけである。そしてあっけなく人生に幕を下ろすことも確定している。


 男は生にしがみついていたが、やがて限界が訪れた。


「……」


 あぁ……くそ……情けねぇ……もっと生きていたかった……。


 ザァザァと降りしきる雨の中、男は未練を残したまま意識を手放した。


 かくして新井 純英 25歳の人生はこうして終わりを告げた。

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