非現秘怖裏話

双葉カイト

都市伝説の全貌

 




 「ふぃぃぃぃ〜……やっと今日の講義終わったよ〜……。」


 菫ちゃんが背伸びをしながら欠伸をしている。その気持ちは私もとても分かる。


 あれから、三限も四限もテスト前だからか成績に直結するような、グループワークや定期試験代わりのレポートのテーマの発表などが、あったせいで一切気が抜けなかった。


 「でもほとんどの講義が、菫ちゃんと被ってて良かったわ〜!これで味方が増えたんだし!」


 「そうよ!千秋ちゃんに凛ちゃん!まさか二人と同じ講義が、何個もあったなんて自分でも驚きよ!」


 けれどこうして共に講義を受ける仲間が、増えたことは正直に言ってとっても嬉しい。


 1人よりも集団でいた方が、安心感が大きいように、仲間は多ければそれだけ武器になる。


 「それじゃ!早いところサークルに行きましょ!そこで説明できなかった《幻想の楽園》のことを話すわ!」


 そういえば私も調べていたが、途中までしか読めていなかった。なんで匿名の書き込みが、ここまで有名になったのかまだわからずじまいだ。


 「おー!言われてみたら今日の二限の時に『夢って楽園のようなもの』って言っていた理由が、まだ分からなかったわ!教えてもらおうと思ったけど、ついつい忘れてたわ……。」


 菫ちゃんがはっとした表情で思い出していた。まぁ今日は色々立て込んでいたから当然であろう。


 「まぁ今日も疲れたし、部室にある会長のお菓子でも食べながら、ダラダラしましょうよ!凛ちゃんと菫ちゃんにも、食べさせてあげるから!」


 千秋ちゃんが微笑みながら、そんなことを言っていた。お菓子を食べながらダラダラするのはいいのだが、勝手に会長のものを食べて大丈夫なのか?


 「いいね〜。人のお菓子って自分で買ったものよりも美味しいのよね〜!」


 この会話を聞いていると、菫ちゃんと千秋ちゃんが持っている食べ物に関しての思考は、同じなんだなって思っていた。


 そして盛り上がっている2人と付き添うように、私も部室に行くことにした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「おーう!今日はいつものコンビに君も来たのかい!菫も大体ここに慣れてきたなぁ!」


 「そうですね!なんだかんだで家に居るよりも、ここで会長さんや凛ちゃんや千秋ちゃんと、色々話していた方が楽しいですから!」


 菫ちゃんが笑顔で誇らしげに言っている。


 私たちが部室に入り少し周囲を見渡すと、先にいつもの会長と机の上でうたた寝している葵さんが居た。


 もうこの風景が、デフォルトになっているような気がする。なんだかんだでここのみんなはこの部室が1番落ち着くのだろう。


 「あっ……そういえば会長も、都市伝説として有名な《幻想の楽園》の話を聞きますか?せっかくここに来たので、2人だけじゃなくて会長も参加していただければと思いまして!」


 千秋ちゃんが会長に提案していた。しかし、会長の答えは予想外のものであった。


 「あー……あの自称鬱病の人が書いたポエムみたいなやつ?私読んだことあるんだよね〜……内容もそうだけど、あまりにもリアリティがあって、その日の夜寝れなかったな〜。」


 会長さん読んだことあったらしい。しかし、あんまりオカルトや都市伝説のことを知らなそうな会長が、知っていたことに驚きだ。


 「おおっ!会長さんが知っていたなんて盲点でしたよ!もしかして実は、色々都市伝説とか知っていたりするのですか?」


 千秋ちゃんが、すごく驚いた顔で聞いていた。目上の人にする質問にはかなり失礼な気もするが、聞きたくなる気持ちはとても分かる。


 「いや〜……都市伝説系の物を読むと言ってもそんなに詳しく読んでないんよ〜……。大体名前のインパクトでどうしようかなって感じだし。」


 うん……やっぱり会長はいつも通りの会長だった。ここのサークル名しかり、妙にインパクトや、キラキラしたものにこだわる性格はたまに頭を抱えるものである。


 「都市伝説系のものって、結構かっこいい名前のものありますから、今度色々オススメのものを会長に教えますよ!でもまずは《幻想の楽園》の説明をしないと……。」


 ようやく、例の都市伝説の話に移った。と言っても途中まではネットで調べていたし、このままスマホで調べてもいいぐらいなのだが、さすがにここで話してくれるのにスマホで済ますのは失礼だろう……。


 「えーとね…まず『幻想の楽園』ってのは……。」


 自分が調べたところまでは、軽く聞き流すことにして、その間は今日のトレンドを流し読みしていた。


 そしてしばらくそれを流し読みしていると、彼女は私がネットで調べたところを全部話し終わっていて、その続きを話そうとしていた。


 「まぁ……しばらくこんな狂気的な投稿が続いたんだけど、ある日この人が


『僕は今日で気づいたことがあったんだ。わざわざこの世界にいる必要なんてないこと、そしてそれよりもいい世界があって、僕はそこにいつまでも居れることにね。


 だから僕はこれから最後の支度をして、向こうの《楽園》に行こうと思っている。もし何か質問があれば受け付けるよ。』


 って言う意味深な投稿をしたの。もちろん掲示板のみんなは、この人に対してたくさんの質問を投げかけたわ。


 例えば、『フルネームはなんですか?』とか『なんで鬱病になったの?』とか『彼女とか居たー?』とか『風俗とか……行くの?』とか『住所を開示するナリ。』とかとか……


 何やかんやで、この人に届いた質問の合計は100件以上に登ったらしいよ。」


 少なくてもこの時点では、みんな面白半分で質問していたのだろう。中には質問じゃないやつも混ざっていたし……。


 「けど彼は躊躇いもなく、自身の経歴からプライバシーの部分までこと細かく答えていたわ。


 そして彼は最後に、


『みんな今日は、こんなに質問してくれてありがとう。今まで生きてきた中で、これだけ沢山話しかけられたのは初めてだよ!こんな鬱病の僕に色々話してくれて、みんなには改めて感謝してるよ!


 じゃぁ……もうここに用はないから、早いところ僕は《楽園》に行くことにするよ。向こうのみんなも、僕のことを待っているからね!』


 って書き込みを最後に、何週間もここのネット掲示板に、浮上することは無かったらしいわ。


 ここで物語が終わりのように見えたんだけど……。」


 「何事もなくその男が、そこのネット掲示板に帰ってきたとか……かな〜?」


 菫ちゃんが雰囲気ぶち壊しなことを言った。確かにその展開だと平和的だが、話題にあがることは絶対にないと思う……。


 「うーん……その答えの方が普通なんだけど……今回は違うんだよな〜。


 その人が最後に書き込みしてからおよそ2ヶ月後に、とあるニュースが話題になったのよ。


 そのニュースのタイトルが《幻想の楽園に導かれた男性、謎の衰弱死》ってもので、もちろんネット住民は『あの書き込みをした男のことでは?』と大騒ぎしたらしいわ。


 こうしてネット上では、死んだ男の人の特定作業や詳しい経緯などが、毎日調べられたわ。もちろんデマやフェイクも、同時に流れてたけど……。


 その結果、分かったことは死んだ男のフルネームと書き込みをしていた人のフルネームが一致していたこと。


 死亡推定時刻は最後の書き込みをした時間からおよそ三日後あたりであったこと、あとは死ぬまでずっと仰向けのままの体制であったこと……。


 さらに不思議なことに、冷蔵庫の中には食料品や飲料も入っていたし、インスタントラーメンなどの保存食も残されていたのよね……。」


 話を聞いていくうちに、私はこの男の書き込みが本当のことではないかと思い始めていた。


 あの人は鬱病などで色々苦しんでいた。そんな毎日を過ごしている中で、ひょんなことから自分にとっての『楽園』を見つけて、そこに行きたいと頑張っていたのでは……。


 「ここで大きな謎を残したのは、彼が残した殴り書きの遺書らしきものと周辺にあった紙や携帯ね。


 ご存知の通り彼は、ずっと仰向けで寝ていたらしいのよ……でも人間って死ぬまで長く寝れるわけじゃないし、同じ体制でずっと寝て居られないわ。


 もしずっと同じ体制で寝てると、そこに接してる部分の組織に障害が起きたりするし、現に彼の司法解剖で、背中部分に床ずれを起こしてたらしいわ。


 そうなると激痛が走るみたいなんだけど、彼は1度も携帯で警察や消防に連絡してないばかりか、そこから1回も動いてなかったみたいなのよ。」


 「あー……それ私も不思議に思ってたんだよね〜。絶対三日間連続で寝れるわけないし、激痛なんて走ったら、じたばた動き回ると思ったんだけどな〜……。」


 会長も不思議そうに呟いていた。確かにいくら眠くても24時間以上寝たことは出来た試しがない。


 それにお腹減ったりとか喉が乾いたりしなかったのだろうか?


 そして最後の締めとばかりに千秋ちゃんが真剣そうな顔で、


 「あと遺書の中身については、


『みんな、おれはもうここにはもどらない。むこうでしあわせにくらすんだ。』


 って殴り書きで書いてあったらしいわ。このことから、ネット掲示板では『彼は《楽園》に行ってしまったのだろう』と言われたわ。


 そしてこの男の書き込みがニュースの題名にちなんで《幻想の楽園》と呼ばれるようになったのよ。」


 都市伝説ってここまで奥深かったのか……今まで適当に流し読みしていたがこれからはちゃんと読むことにしよう……。


 「改めて聞くと、とんでもなく重い話ね……もうずっと聞き入っちゃったわ……。」


 まず自分の中にあった感想はこれである。他にももっと色々なことが浮かんだが、自分の語彙力ではここが限界であった。


 「えへへ〜そうでしょ!もっと褒めてもいいのよー!凛ちゃん!」


 ただ、彼女のかまってちゃんぶりに少し腹立ったので、


 「あー……スゴイスゴイ……。」


 ついつい返しが棒読みになってしまった。


 「今ものすっごい棒読みだったよ!?凛ちゃん!?」


 そしてバレてしまい、肩をゆさゆさと揺さぶられてしまった。正直言うと、首がぐわんぐわんして気持ち悪い……。


 「ふふふっ!やっぱり2人は仲がいいな!でもラブラブカップルみたいな、絡みはほどほどにしてそろそろ定例会やるぞー!」


 私もここまで熱い絡み方は遠慮してもらいたいのだが……。


 内心ため息をつきながらも、今日も『非現秘怖裏話』の定例会が始まった。

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