氷の涙と魔女の呪い

叶 望

プロローグ



 はじめに光があった。


 その光から闇が生まれ世界を形作る元となる存在が生まれた。


 人はそれを精霊と呼ぶ。


 火・風・水・土といった四大精霊が生まれ次々と新しい精霊が生み出されていく。


 精霊とはその世界を形作る仕組みそのものだった。仕組みであるので精霊には死という概念がなく人はそれを神格化して様々な形で敬い親しみをもって接した。


 その生み出された精霊に四季を司る女王達があった。


 四季とは始まりの春、繁栄の夏、実りの秋、そして終わりの冬のことだ。それぞれの季節には特色があり、その特色を表す精霊である女王もまたそれに沿った個性があった。


 花が咲き命の溢れる春の女王は名をフローリアという。


 沢山の花を編み込んで作られた枯れることのない冠を被り、幼い顔立ちで背丈も子供と変わりない大きさの彼女は、命の輝きを表す明るい金色の髪で穏やかな性格を表している。
 その性格がしっかりと髪の質にも表れており、金の髪は花弁のようにふんわりと柔らかく、蔦のように緩やかなウェーブがかかっている。赤い瞳はルビーというよりも珊瑚のように柔らかな色合いを持っていて赤というよりも薄紅色と言った方が正しいだろう。
 その性格は天真爛漫と言えば聞こえがいいが、少々落ち着きがなく常にそわそわとして、目的があるのに直ぐに目移りして見当違いなことをしてしまう癖があった。
 しかし、その欠点を補えるだけの明るさと前向きな姿勢があり多くの者たちに愛される可憐な精霊だ。


 草木が生い茂る夏の女王は名をソレイユという。


 名前が雄々しいように男勝りな性格で顔立ちも凛々しい。背丈は高く短い髪を好み赤みの混じった薄い茶色の髪は春の女王であるフローリアとは真逆で尖ったような髪質だった。
 その頭には草木で編み込んで作られた枯れることのない冠を被っており、瞳の色はその草木と同じ柔らかな緑で安心感がある。それはソレイユの性格を丸く包み込んでいるように見える。
 そして面倒見が良いお姉さん肌の優しい女王だ。少々がさつで大雑把なところがあるが、それもまたあっさりとした性格で良いと片付けられてしまう程に多くの者たちに信頼され愛される精霊だ。


 作物が多く実る秋の女王は名をノーチェという。


 木の実でできた彩り鮮やかな枯れることのない冠を被っている。おっとりとした性格で、のんびり屋な精霊ではあるが細やかな気配りができ、趣味が多くまた綺麗な物が大好きだった。深い茶色の髪で瞳の色は黄金色。食べることと寝ることが大好きで見た目も少々丸い。背丈も小さめで体の丸さと相まってコロコロとしている。髪を無造作に一つに縛っている辺りはずぼらな性格が僅かに覗く。
 そうしたところとは真逆に身の回りだけは綺麗にしておくという奇妙なこだわりを持った精霊だ。それは全て自分自身が安心して楽しく過ごす空間を作る為ではあるのだがその範囲は広い。この精霊もまた多くの者たちに親しまれ愛される精霊だ。


 生き物が眠りにつく冬の女王は名をスノウという。


 濁りのない透き通った氷で作られた溶けることのない冠を被っている。あまり感情を表に出さない為か、多くの者たちに誤解されているこの精霊は他の3人とは真逆で望まれない存在だった。あまりに多くの者たちから嫌われているので優しい性格であるのに人の願いに目を向けることを止めてしまった精霊だ。
 背丈は高すぎず低すぎず、雪のように白い肌で銀の髪は光の具合で白くも見える。青い瞳は澄んだ泉のように美しいが整った顔立ちの為、性格さえも冷たく見られてしまう。薄紫の唇がそれを助長しているのだが、元々そういった姿で生まれて来たので変えようがないのだ。


 この4人の精霊たちは季節を廻らすべく3月ごとに塔で勤めを果たしている。


 塔は精霊たちの力を広げる効果があるからだ。


 そこで精霊たちは各々の季節を廻らせるのだ。


 塔の中には巨大な砂時計があり上から砂が下に全て落ちる頃には季節が変わる目安となっている。砂時計にはある部分で線が引いてあり、これは季節の変わり目を表している。3月のうちの初めの週と最後の週は季節が交わる時期だ。その僅かな期間に精霊は次の季節を呼び込むのだ。


 ここは精霊に愛された国、フェアリーランド。


 人々は精霊たちの恩恵を受けて暮らしていた。恩恵と言っても魔法が使えるというわけではない。魔法はとても希少で国でも使えるのは魔女や魔法使いと呼ばれる存在だけだ。
 彼らは精霊から力を借り受けていると言われているが事実は全く分からない。魔法は秘匿されているからだ。その為、人々は魔法という存在は神秘の力であるという認識でしかない。
 精霊の恩恵とは目に見えないもの。彼らは滅多にその姿を現すことは無い。しかし確実にそこに存在し、人々の生活を支えてくれている。


 それが精霊というものだ。


 あらゆるものに精霊は存在し、目に見えなくてもその力を発揮している。空から雨が降ってくれば雨の精霊、水の精霊のおかげだと信じられているし、山で火事が起これば火の精霊が怒っているのだと人々は考えた。
 そしてそれは全く見当違いということでもない。雨は水の精霊の眷族である雨の精霊がもたらしたものだったし、山火事は雷の精霊が遊んでいてうっかり雲から足を踏み外しただけだ。雷の精霊は火の精霊と近しい性質を持っているので間違えられても仕方がないだろう。
 精霊は常に世界と共にあった。そして人の隣にあった。自然と傍にいて当たり前のようにそれぞれが特性に従って現象を起こしていた。


 フェアリーランドに存在する四季の塔。


 そこでは秋の女王であるノーチェが役目を終えて冬の女王を塔に呼び寄せていた。四季の塔には不思議な守りがかかっている為、呼ばれなければ中に入ることはできない場所だ。塔の扉はあらゆる場所に通じていてそれを開くことが出来るのはその時期の女王と次の季節の女王だけだった。
 冬の女王であるスノウはノーチェに呼ばれて塔へと足を進めていた。扉が開くのは次の季節の女王がいる場所のすぐ近くだ。扉が開くと女王は自然とその場所が分かり迷うことなく進むことが出来る。
 勿論、塔まで自力で歩いて行くこともできるが、それぞれの季節の女王は一所に留まっていることは少ないのだ。扉の中へと足を踏み入れると道が現れる。その道を通って女王は塔へと向かうことになる。


 この精霊たちが使う道のことをフェアリーロードと人々は呼んでいる。


 その存在を人々が知っているのは時折人が紛れ込んでしまうため。道に迷ってフェアリーロードに迷い込んだ人間を精霊が見かけて助けることがある。勿論すべての精霊が善人ということは無く、迷い込んだ挙句にそのまま帰って来なかったという例もあるが、フェアリーロードに迷い込むこと自体が少ないのでその数はそれほど多くはない。


 スノウはフェアリーロードを重い足取りで歩いていた。


 廻る季節の精霊である為、役目を放棄するということはできないのだ。長い年月を生きる精霊であるスノウにとってこの時期はある意味苦痛を伴う時間だった。自分の季節であるはずなのにその役目をスノウは嫌っているのだ。精霊には自分に向けられた思いや願いは自然と届くようになっている。
 だからこそスノウは冬という季節を誰もが望んでいないことを知っている。本当は作物を休ませて力を蓄えさせることで次の季節に繋ぐという大切な役割であるのだが、それを知っていても人は目の前の糧の方が大切なのだ。
 冬は作物が育たない。雪が降り冷たい風が病を引き起こす。獲物も隠れてなかなか出て来ないので生きるのが大変な季節なのだ。寒さに震え命を落とす者も多い。冬なんて来なくていい。早く終わればいいのに。そんな言葉ばかりを聞いていては、どんなに優しい精霊でも耳を塞ぎたくなる。
 そしてスノウはそういった声に目を向けること止めてしまったのだ。


 春から夏、秋から冬へと季節が廻る。


 それはずっと当たり前のように続くものだと思われていた。


 それは決して変わることのない世界の仕組みそのものであったのだから。


 しかし、季節を廻らせている精霊の一柱によってそれは覆されることとなった。


 一つの声がスノウに届いた。


 それは冬の女王である彼女にとって初めての言葉だった。



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